雨宮処凛がゆく!

 あまりにも、あまりにも、あまりにも悲しい結果となってしまった。
 後藤健二さんが、殺害されたとみられることだ。
 イスラム国によって映像が公開されてから、12日。最悪の結果となってしまった。

 後藤さんが殺害されたとされる映像の中で、イスラム国のメンバーは「安倍よ、勝ち目のない戦争に参加するという無謀な決断によって、このナイフは健二だけを殺害するのではなく、お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる。日本にとっての悪夢が始まる」と語っている。
 今回の事件を受け、メディアでは「政府の対応に問題はなかったか」という検証も始まっている。2人が人質になっていることを知っていたにもかかわらずなされた、エジプト・カイロでの「ISIL(イスラム国)と戦う周辺各国に2億ドル」という発言。イスラエルとの関係強化の強調。

 2月2日の朝日新聞で、池上彰氏は以下のように述べている。
「ヨルダンは『イスラム国』への米軍の空爆に加わっている。日本はそのヨルダンに、難民支援などの人道的資金援助をしている。その分、ヨルダン政府は難民支援への財政負担を減らして、軍事資金にまわすことができる。今回、人道的支援であっても、敵とみなされることが露呈した」
 池上氏は「とはいえ、日本は人道支援を続けていくべきだ」と述べているのだが、とにかく、空爆に一切参加していない日本がイスラム国に敵視されてしまったことは間違いない事実だ。

 そんな状況の中で、安全保障にまつわる法整備が着々と進もうとしている。
 湯川さんが殺害されたと見られる写真が公開された翌日、安倍首相は「このように海外で邦人が危害に遭った時、その邦人を自衛隊が救出するため、自衛隊が持てる能力を十分に生かすことはできない。そうした法制も含めて、今回、法整備を進める」と発言。
 また、1月29日の衆院予算委員会では、自衛隊による在外邦人救出について、「領域国の受け入れがある場合は、自衛隊の持てる能力を生かし、救出に対応できるようにするのは国の責任」と述べた。
 なんだか、この事件を最大限利用する形で、そして日本中が人質事件のショックで呆然としている中で、法整備が続々と進められていく気がして不安で仕方ないのは私だけではないと思う。

 しかし、「自衛隊が邦人人質を救出」とは、一体現場でどんなことが起き得るのだろう? なんだかとても勇ましく、ヒロイックに聞こえるこの言葉の裏側には、どんな現実があるのだろう。
 ここで2004年のイラクでの日本人3人の人質事件を例にしたい。
 あの時、3人が拘束された場所にほど近いファルージャは、米軍に包囲されていた。対峙していたのは地元の武装勢力。そんな中、米軍の協力を得て「人質救出」のためにもし自衛隊が入ってきていたとしたら、どんなことが起きていたのだろうか?

 武装勢力側の視点に立ってみると、百戦錬磨の米軍よりも、自衛隊を狙うことは明らかではないだろうか。しかも、地元の武装勢力は軍服など着ていない。誰が民間人で、誰が武装勢力かもわからない。そんなところに自衛隊が「救出のために投入」されたとしたら?
 ちなみに「誰が敵かもわからない」ファルージャで米軍がやったことは、異常な恐怖心で撃ちまくり、民間人をバタバタと殺してしまうことだった。
 結局、そうしてたくさんの命が奪われ、さらに空爆によってメチャクチャに破壊され尽くしたイラクで、長い時間をかけた血みどろの混乱の中「憎しみ」が熟成された。その果てに生まれたのがイスラム国だ。03年に始まったイラク戦争で犠牲になった市民は、11年末の米軍撤退までに10万人を超えると言われている。

 安倍首相は、「自衛隊の持てる能力を生かし、救出に対応できるようにするのは国の責任」と言っている。しかし、その「責任」のための法整備がされたとしても、行くのは当然安倍首相ではない。安倍首相より確実に若く、安倍首相より確実に貧しく、安倍首相より確実に権力を持っていない誰かだ。その「誰か」が、敵が誰かさえわからない場所に放り込まれ、命を落とすかもしれないということ。そのことを、私たちはこれから進められようとしている法整備を監視しつつ、本気で想像し続けるしかないのだと思う。

 イスラム国のしたことは、絶対に許されることではない。
 だけど、憎しみの連鎖がどれほどの悲劇を生み出すかということを、戦場に通い続けていた後藤さんこそが痛感していたと思うのだ。
 今はまだ、まったく気持ちの整理ができていなくて頭の中がごちゃごちゃだ。
 湯川さんと後藤さんの死を、ただただ悼むことしかできないでいる。

 

  

※コメントは承認制です。
第325回 人質事件の悲しすぎる結末。の巻 」 に6件のコメント

  1. magazine9 より:

    今回の事件は、日本中に大きなショックを広げています。しかし、法整備ができていたら自衛隊が救出できたとは到底思えません。アメリカ軍でさえ、部隊による人質の救出作戦は成功していません。私たちが感じたのは、何よりも人の命の尊さではないでしょうか。そう思うとき、武力での対抗よりも前に、無数の人の命が失われる争いの連鎖をどう止められるのか、その方法を考えるべきではないかと思うのです。

  2. とろ より:

    雨宮さんの文章だと,国は国民助けなくていいと読めるんですけど,それでいいんでしょうか?
    今回のケースだと,テロリストに金払って解放してもらえばいいということなんですかね?
    争いの連鎖を止めることは大切ですが,起きたことへの対応を考えるのも必要では?
    ただ,自衛隊に救出できたとは私も到底思えません。

  3. ピースメーカー より:

     確かにとろさんのご指摘の通り、「国は国民助けなくていいと読める」のですが、とはいえ雨宮さんの立場からすれば、今回の事件と絡めて憲法9条改正論議を行おうとしている安倍政権への抵抗感もあるわけで、その中で「頭の中がごちゃごちゃ」となり、文章に取り留めがないのは当然だと私は思います。
     私は、今回の雨宮さんの寄稿に感心しました。
    「今回、人道的支援であっても、敵とみなされることが露呈した」という、日本の平和主義者の人にとって最も聞きたくない池上彰氏の指摘を紹介し、それを直視しながら五里霧中に陥っている姿に、知識人としての誠実さを感じました。
     池上さんの指摘に加えて、日本がイスラム圏に人道支援をすることは、「飴(インフラ整備・経済活動等)と鞭(弾圧)」の政策をしているISILの「飴」を奪ってしまう、ISILの敵になるしかないのです。
     かつて伊勢崎賢治氏が指摘した通り、平和主義に犠牲者を出す覚悟が求められるのです。

  4. 松蔵 より:

    自衛隊を投入したところで、誰も救えないどころか、他国の民間人を巻き添えにし、隊員に犠牲者が出るだけです。
    まともな対応方法では有りません。
    イスラムの敵国に対する軍事支援という理解をされる人道支援ではなく、赤十字を通じることで人道支援に限った援助をする国というアピールをすれば、ISILの誤解だと非難することも可能になりますし、攻撃の口実を与えません。
    それが今回安倍さんのうっかりイスラエル訪問という無知・暴挙から学んだ一番の対応方法ではないでしょうか?

  5. せっけん より:

    自衛隊を投入したところで解決はできません。残念ながら・・・。人道支援のみでも「敵」だとみなすISISのことは直視するしかないでしょうね・・・。国際法違反のイラク戦争とその後始末の失敗が今のイラクやシリアの混乱状態を生んでいるわけで・・・。そこから検証して次に生かしていかないと、中東全体がもっと泥沼化するだろうし、確実に日本にも影響が及ぶでしょうね。

  6. 時の河 より:

    軍事費を増やして、教育費をけずると、こういう社会が訪れる。

    奨学金返せず自己破産、40歳フリーター 月収14万円「283万円払えない」
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150210-00010000-qbiz-bus_all

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

最新10title : 雨宮処凛がゆく!

Featuring Top 10/277 of 雨宮処凛がゆく!

マガ9のコンテンツ

カテゴリー