雨宮処凛がゆく!

 もしあなたが、10代の学生にして800万円の借金を背負ってしまったらどうするだろう。

 或いは、20代前半の学生で1000万円。

 「お先真っ暗」という言葉が浮かんでしまうが、この額は、今のリアルな「奨学金」の返済額である。

 最近も、ある大学で講演した時に「自分の奨学金の返済額を知っているかどうか」尋ねたところ、19歳の男子学生が「800万円」と答えた。彼は大学2年生。まだ一度も社会に出ていない彼はそれだけの借金を背負っているのである。

 「奨学金問題が何やら大変なことになっている」
 そんな言葉をよく耳にするようになったのはここ最近だ。今年7月には、「教育の機会均等を! 学費・奨学金は問題だらけ!」というタイトルのデモが学生たちによって初めて開催された。そのデモに参加して、驚いた。デモ前集会でアピールした学生の一人が、「今の時点で返済しなければならない奨学金の額」が、なんと1000万円を超えていると発言したのだ。

 学生は大学院で学ぶ22歳。高校生の頃から奨学金を借りているのだという。

 一体、何がどうしてどうなっているのか。この日のデモのコールが今も耳に残っている。

 「大学行ったら借金まみれ!」「勉強してたら借金まみれ!」「すべての大学ブラック企業!」「学費高すぎ!」「勉強させろ!」

 そんな奨学金問題について、まさに「告発」といっていい本が出版された。それは『日本の奨学金はこれでいいのか! 奨学金という名の貧困ビジネス』(あけび書房)。「奨学金問題対策全国会議」による一冊だ。ちなみに「奨学金問題対策全国会議」は今年3月に結成されたのだが、今月、「反貧困ネットワーク」の集会で、この「全国会議」の共同代表の一人である大内裕和氏(中京大学教授)の話を聞いて、「そういうことだったのか!!」と激しく納得。それをぜひみんなに伝えなければ、と思ったのである。そうしたらちょうど本が出版されたという次第だ。

 ということで、奨学金。

 高卒の私にとって、「奨学金をもらって大学に行く」ということは、何やら「優等生」的な響きを帯びていた。が、そもそもその認識からして間違っているらしい。まず、日本の奨学金はほとんどが借金。特に大きな変化は「無利子貸与奨学金」から「有利子貸与奨学金」への移行が急速に進んだことだという。それが始まったのは1984年。以降、採用基準はどんどん緩和され、2001年には有利子が無利子の人数を上回る。

 また、2004年には日本育英会(それまで奨学金を貸与してきた特殊法人)が廃止され、「日本学生支援機構」へと組織改編される。同時に大学教員などの研究職についても奨学金の返済が免除されなくなった。ちなみに学校教員になったら奨学金の返還が免除される制度は、既に1998年の段階で廃止。

 そうして独立行政法人である日本学生支援機構は、奨学金制度を「金融事業」と位置づけ、その中身をさらに変えていく。1998年から2013年の15年間に有利子の貸与人数は約9.3倍、事業費は約14倍に増えた一方、無利子の人数は約1.1倍、事業費は約1.5倍。

 さて、それでは実際に有利子で月に10万円の奨学金を借りるとどうなるのか。4年間の貸与総額は480万円。上限利率は最大3%。それで計算すると、返還総額は645万9510円。この場合、20年かけて毎月2万6914円返していくとやっと借金から解放される。23歳から返済を始めて43歳までかかることになる。ここで本文を引用しよう。
 「返還年数が20年間というのも深刻です。なぜなら大学卒業後の20年間というのは、結婚・出産・子育てなど重要なライフイベントと重なるからです。

 結婚を考えてみましょう。大学卒業後の5年間、毎月満額しっかり返還しても、返還残額は484万4670円です。スタート時に500万円弱の借金を背負っていることが、結婚生活に与える影響は小さくないと思います。実際、Yahoo!知恵袋のQ&Aで『奨学金 結婚』とキーワードを入力して検索すると、大量の質問がヒットします」

 その上、夫婦2人ともが奨学金を借りていれば、総額は1000万。今や「昼間部学部生」で奨学金を利用している割合はなんと50%以上。その上、子どもができれば、自分の奨学金の返済が終わる前に子どもが大学生になることもある。そうしたら、子どもも奨学金を借りなければならないだろう。

 そんな奨学金、多くの人たちが返せずに困っている。なぜなら、不安定雇用は若年層の生活を直撃しているからだ。2012年の滞納者は約33万4000人。返したくても、返せない。そんな声を多くの若者から聞いてきた。

 それを受けて日本学生支援機構はどんな対策をしているのかというと、「回収やペナルティ」を強化。延滞が3ヶ月に達すると、延滞者の情報を個人信用情報機関に登録。ローンやキャッシング、クレジットカードの審査に通らない可能性が高くなる。

 また、延滞が4ヶ月に達すると、回収を「債権回収専門会社(サービサー)」に委託。9ヶ月になると自動的に法的措置となり、支払い督促が発行される。

 ちなみに回収金はまず10%の延滞金と利息に充当され、元本はなかなか減らない仕組みとなっている。2010年度の利息収入は232億円、延滞収入は37億円。

 「この金の行き先の一つが銀行で、もう一つが債権回収専門会社です。2010年度期末で民間銀行からの貸付残高はだいたい一兆円で、年間の利払いは23億円です。サービサーは同年度、約5万5000件を日立キャピタル債権回収など2社に委託し、16億7000万円を回収していて、そのうち1億400万円が手数料として払われています。

 奨学金が、銀行や債権回収会社に利益をもたらす『金融事業』となっていることがわかります」

 ここまで読んで、あなたの「奨学金」に対するイメージはどう変わっただろうか。ここまでくると完全なる「貧困ビジネス」だ。

 ちなみに「大学の学費が高い」という話をある世代以上の人とすると、「安い国立大学に行けばいい」という人がいる。が、2013年の国立大学法人の初年度納付金は81万7800円。1969年と比較すると国立大学の授業料は約44.7倍、初年度納付金は約51.1倍になっているという現実がある。

 そんなに学費が高いなら大学など行かなければいいという意見があるかもしれないが、現在、高卒で就ける仕事はあまりにも限られている。できれば正社員になりたいと望むほど、大卒という肩書きは重要だ。

 また、本書では様々なデータが詳しく分析されているが、一番わかりやすいのが「奨学金利用率の上昇と民間企業労働者の平均賃金の下降とが、ほぼ重なっていること」だ。

 「親の経済力の低下によって、『奨学金を利用しなければ子どもを大学に行かせられない』家庭が増えたことが、奨学金利用が激増した要因であることは明らかです」

 学びたい学生と、それを食い物にする奨学金という名の「ローン」地獄。

 ぜひ、多くの人に関心をもってもらいたいテーマである。

 

  

※コメントは承認制です。
第277回 奨学金地獄。の巻」 に8件のコメント

  1. magazine9 より:

    多くの学生・若者の肩に重くのしかかる奨学金返済。返済が義務付けられているこれらの制度を「奨学金」と呼ぶことがそもそもおかしい、との指摘もあります(ちなみに欧米諸国では、返済義務のない「給付奨学金」が一般的だそう)。「卒業してマジメに働けば返せるはず」といった、世代の違いによる無理解も、問題を複雑にしているようです。
    今の学生たち、若者たちを取り巻く状況はどうなっているのか? それを知るための絶好のテキストになりそうな、雨宮さんご紹介の1冊。書店には11月1日から並ぶようです(著者のお1人のブログより)。

  2. ヤナセ マリエ より:

    私の子どもは今大学生。同世代の子どもをもつ友人に「学費の高さが異常だ」と話をすると、高いことは認めつつ「義務教育じゃないんだから当然だ」と返されることが少なくない。「学費を工面するのが親の役目だ」とも言う。教育は個人のものではなく広く社会のものという思想が日本では欠如していると思う。

  3. Gennai より:

    私は、昨年国立の大学を卒業しました。現在、600万以上の奨学金の返済義務があります。今はドイツにて就学中です。ドイツでは、小学校から大学まで、基本的に学費は無料です。私立は学費かかるそうですが。日本は、本当に先進国なのか疑問です。

  4. トムテ より:

    日本の大学を卒業して、今ドイツの大学で学んでいます。ドイツでは一般的に「給付型奨学金」です。半分は返済義務がありますが、半分は完全に給付です。返済の際にも利子はつきません。利子がつくものは、ドイツではそもそも「奨学金」とは呼ばず、クレジット(貸付金)と別に呼ばれています。二つの大学(国立)を経験して、圧倒的にドイツの大学の環境の良さに驚いています。入学金・授業料自体が全く無い(※地域差があり、授業料を徴収している大学もあります。)ですし、学生が支払うのは「学生費」なる寄付金のみです。私が行く大学では半年で3万円弱。またこれを支払うことにより州の公共交通機関が無料になります。さらに様々な施設での学生割引。巨大な大学図書館は24時まで開き、学生たちはアルバイトをせずに、安心して勉学に励むことができ、大学では活発な授業が行われています。

  5. 私は、国家機関で働く者ですが、院卒の新採用者(30歳)が、「奨学金の借金」が250万円ある、と最近聞いて驚きました。毎月2万円を返済しているとのことでした。それは、労働組合について話している時に出たものですが、これが組合費が高いという話にもつながっており深刻です。また、弁護士にも法科大学院を出て1000万円の「借金」を抱えている者が結構いる、とも聞きました。新たな貧困問題として、たたかって行きたいものです。

  6. magazine9 より:

    トムテさん、貴重な情報、ありがとうございます。
    未来への投資とも言える教育に対して、国が保護をしない国というのは、本当に滅びてしますのではと思います。
    その場限りの、場当たり的な政策を繰り返す、我が国の政策に対して、税金を支払いたくない→社会保障がますます薄くなる
    そんな、悪循環に陥ります・・・。

  7. Yoshihiko Kaneko より:

    大学の授業料は無償化すべき

  8. miu より:

    教育をここまで個人の自己責任にする国、先進国で日本だけですね。ほんとに先進国なのかどーか、この国は・・・子供の出生間もないころから学資保険やら生活費を削ったりして。しかも大内教授の話が書いてある他のブログ見たら「借りたものは返すのがあたりまえ」だとか「甘えるな」とかのコメントの多さに驚いた。「それなら医学部や国公立に行けばいいじゃないか」ってのもあったけど、そりゃ生き始めてからなら給付奨学金もらえることもあるかもだろうが全員ではない。しかもそれらに浪人せず合格するには中学の時からお高い塾や予備校に通う必要もある。こんなに子供・若者に冷淡な国、このままじゃほんとにお先真っ暗だと思う(>_<)絶望感しか感じない。ほんと、ドイツや北欧のようにすべき。

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

最新10title : 雨宮処凛がゆく!

Featuring Top 10/277 of 雨宮処凛がゆく!

マガ9のコンテンツ

カテゴリー