伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2012年6月23日@渋谷校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

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講演者:平岡秀夫 氏
(衆議院議員、元法務大臣、弁護士)


山口県岩国市生まれ。
東京大学法学部卒業
1975年司法試験合格
東大卒業後、大蔵省に入省。東海財務局や国税庁、東京国税局、在インド日本大使館一等書記官、内閣法制局参事官等を経て退官。退官後は山口県(一時、広島県)で弁護士登録、岩国市で平岡秀夫法律事務所を開設
2000年第42回衆議院議員総選挙に民主党公認で初当選
2010年菅内閣で内閣府副大臣・国家戦略室長に就任
2010年菅第1次改造内閣で総務副大臣就任
2011年野田内閣で法務大臣に任命され初入閣

平岡秀夫元法務大臣は、国家公務員時代に法案の原案作成や法案審査などを担当し、国会議員になってからは議員立法による法案作成や内閣提出法案の審議に取り組んできました。法務大臣就任期間中は、死刑制度を含む様々な課題解決に向けて尽力されてきました。法律がどう作られ、どう運用されているのか。現場の経験から語っていただきました。

■法律ができるまでの基礎知識

 法律の話というと法理論や法解釈がテーマになることが多く、法案の作成や運用などは意外と語られません。法案には、内閣が作る「閣法」と国会議員が作る「議員立法」の2種類があります。閣法は内閣法制局が審査します。過去の法律と矛盾がないかどうか、あらゆる法と照らし合わせてチェックするのです。同じように議員立法は衆議院法制局、あるいは参議院法制局が審査にあたります。その後、閣法は閣議決定して国会に提出され、議員立法は各政党の政務調査会、国会対策委員長の了承を得て、国会に提出されます。国会に送られてからは各委員会、本会議の審議、採決というのが基本的な流れです。
 マスメディアでは、法案採決を巡り与野党が対決する様子が報じられますが、実は、あのようなケースは稀です。年間110本の法案審議のうち100本はスンナリ通っており、意見が対立する法案は10本程度に過ぎません。これまでの国会での審議は非常に形式的で、委員会の日程が決まるまでが勝負なのです。

■法制度の検討〜司法制度改革

 国会議員になってからは、法制度の検討に積極的に関わりました。司法制度改革はその一つです。2001年に司法制度改革推進法ができましたが、大きく分けて①民事司法制度の改革(裁判手続きの充実と迅速化)、②法曹人口の拡大(法律家の大幅増と養成制度の見直し)、③刑事訴訟への新たな参加制度(刑事裁判への国民参加)という3つの柱が掲げられました。現在はその内容が妥当だったかどうか議論されています。
 このうち、②については、難しい問題が多発しています。当初の計画では司法試験の合格者を3000人に増やす目標でしたが、2000人に留まっています。合格率も7〜8割に向上させるはずが、2〜3割で低迷したままです。ロースクールの受験生も減少しています。法律家になっても仕事がないことが大きな要因の一つになっています。本来ならば、もっと社会のなかに法律家が入って活躍する想定でしたが、なかなか広がりませんでした。今後、どのように解決するか見直しが行われています。

■法務大臣として死刑制度をどう考えるか

 私は4カ月の間、法務大臣を務めましたが、それ以前から「死刑は国民的な議論が必要だ」と訴えてきました。日本国内の世論調査によると約85%が死刑存置派といわれますが、世界の趨勢とはかけ離れています。国連決議では110ヵ国が死刑廃止、40数ヵ国が存置、30数カ国が回答を棄権という結果でした。また、OECD加盟34ヵ国中、死刑制度があるのは日本とアメリカ、そして韓国だけです。アメリカは50州中17州が既に死刑を廃止しており、韓国は15年前から死刑の執行を停止しています。
 韓国では、金大中元大統領が死刑囚だった影響から、その後の盧武鉉政権、李明博政権にも死刑執行停止が受け継がれました。韓国国内の世論調査では、約60%が死刑存置派だといわれていますが、執行がない時代に育った中高生は死刑廃止派が多いといわれます。日本でも執行を停止すると世論が変わるかもしれません。

 私自身は、死刑制度の議論を呼びかけている立場ですから、絶対的な死刑廃止派ではありません。しかし、罪を犯した人でも本当に反省したならば、社会が寛容に受け入れたほうがいい、というのが素直な気持ちです。つい最近も、大阪で通り魔事件が起こりましたが、加害者の男性は「死刑になりたかったから(殺人事件を起こした)」と供述しています。死刑が犯罪抑止になっていないということです。極刑を望む被害者や家族の気持ちは当然ですが、加害者を死刑にしたからといって救われるとは限りません。被害者救済は死刑とは別に、いっそう充実させる必要があります。

■憲法と法律の役割の違いを認識すること

 憲法改正について、私は護憲派のスタンスをとっています。 改憲派からは、教育の義務(26条)、勤労の義務(27条)、納税の義務(30条)のほかに、もっと国民の義務や責任を記載したほうがいいという意見がありますが、憲法と法律の役割が違うことを忘れてはなりません。本来、憲法は国民の側から国や権力をしばるためのものであり、決して国民をしばるのではありません。憲法はあくまで国家の理念であり、国民の国家像を形作るものです。国民が負う義務や責任について書かれているのは、法律です。

 また、憲法9条に関しても改正すべきでないと思います。改憲派からは「9条は時代に合わない」「すでに9条の解釈は時代とともに変わっている」などの指摘がありますが、9条を改正したとたん、日本の安全保障は大きく変わることでしょう。9条が歯止めになっているからこそ、現状を保つことができていると思います。
■国民投票法成立の背景とこれからの流れ

 ただ、私は護憲派ではありながら、憲法を一字一句変えてはならないと考えているわけではありません。将来的にどうしても必要があれば、直していくこともあるでしょう。改正する時に国民の声が反映されるように、憲法改正のための手続き法である国民投票法の制定には理解を示してきました。いざというとき突貫工事で議論が進まないように、平時のうちにじっくりと落ち着いて手続き法を定めておいた方がいいと思うからです。

 ところが2007年、当時の安倍晋三総理が「次の総選挙のテーマは憲法改正だ」と宣言したことで、衆議院憲法調査会の空気が一変し、与野党の対立は一気に強まりました。私も当時、憲法調査会の筆頭理事だった枝野幸男さんとともに「こんな状況下で国民投票法を制定するべきではない」と激しく抵抗しました。
 それでも、結局は強行採決で衆議院を通過。参議院でたくさんの付帯決議がついた状態で、国民投票法は成立してしまいました。

 今年に入って、自民党は新たな憲法改正草案を発表しました。憲法改正を総選挙のテーマにしようという動きも活発になりつつあります。国民投票法は、法律の公布から3年以上が経ち、すでに国会で憲法改正の発議はできるようになりました。しかし、法案成立当時、議論になっていた一般選挙の有権者と国民投票権者の年齢を18歳に統一する問題もたなざらしのままです。今の国民投票法は完全なものではないのですから、これからでも議論する必要があります。

 一方、国民投票の活用は世界的な流れでもあります。イタリアでは国民投票の結果によって脱原発が決定されました。憲法改正だけではなく、原発や死刑制度など国民的議論が求められるほかの問題でも、国民投票が適用できるように検討しなければならない時期に入ってきているのでは、ないでしょうか。

(構成・写真/越膳綾子)

 

  

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