マガ9備忘録

12月10日、作家の野坂昭如さんが85歳で亡くなった。前々回取り上げた水木しげるさんもそうだが、前線と銃後の違いこそあれ戦争の実相を直に知る人々の引退に、戦後70年の“時”を痛感せざるを得ない。

野坂さんは2003年に脳梗塞で倒れリハビリ生活となったが、その前年に出版された、野坂さん原作・黒田征太郎さん絵『戦争童話集 ~忘れてはイケナイ物語り~』(全4巻、NHK出版)が筆者にとっては忘れられない。初出は1971年「婦人公論」に12編が連載され、まとめられて現在でも中公文庫になっている。

黒田さんが野坂さんのこの作品に出あったのは1994年。読み返すうちに描かずにはいられない衝動が黒田さんの中で生まれ、次から次へと絵が生み出されたという。黒田さんはこの絵の映像化プロジェクト「忘れてはイケナイ物語り」を始め、1999年に完結させた。『戦争童話集』は、その原画を再構成して単行本化したものだ。

全ての作品は「昭和二十年、八月十五日。」で始まる。主人公は、間違えて潜水艦を愛してしまった心優しいクジラ、死に場所を求めてさまよい歩いている年老いた狼、処分される動物園の象、そして戦火の中を逃げ惑う母子など…。

平易ではあるが力強い野坂さんの文章と、さまざまな手法による黒田さんの絵が相俟って、残酷であると同時に詩的な「戦争童話」の世界に読者は吸い寄せられ、痛いほど心を揺さぶられる。

冨山太佳夫青山学院大学教授は、2002年8月18日付毎日新聞読書面で次のように記した。

野坂が『戦争童話集』四冊をまとめたことには何の不思議も異和感もない。たしかに彼の体験した戦争には、童話のかたちを借りて後の時代に伝えるしかない部分があったのだから。例えば、日本軍の軍事基地として使われた南の島に最後までひとり生き残って、そして死んでゆく若い兵士のために、その鎮魂のために、メルヘン以外のどんな文学形式がありうるだろうか。

童話の作者というのは、本来その名を記憶される必要はない。成功した童話はその童話だけが読みつがれ、語りつがれてゆくのである。私はこの四冊の戦争童話集を前にして、ためらうことなく、素直に、それを書評することを放棄する。

黒田さんに促される形で、野坂さんは『戦争童話集』沖縄篇の『ウミガメと少年』(2001年)、『石のラジオ』(2010年)をさらに発表し続けた。

戦争にまつわる野坂さんの作品は、高畑勲監督によってアニメ化された『火垂るの墓』があまりにも有名だが、この童話集も、もっと注目されてよいのではないだろうか。

(中津十三)

※ 現在入手しやすいものは、12編を1冊にまとめ、黒田さんが新たに120枚の絵を描き下ろした『小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話』(世界文化社)です。

 

  

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