ひとみの紐育(ニューヨーク)日記

1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙をめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。

*タイトルの写真は、紐育(ニューヨーク)に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。

第15回

バーニー・サンダースとミレニアル世代

 無茶苦茶でござりまするがな。
 昔々に活躍したコメディアン、花菱アチャコ(1897−1974)が生んだ流行語が脳裏をよぎる。
 まずは10月4日夜(日本時間5日朝)、米副大統領候補同士、唯一のテレビ討論会。ケイン氏(民主党)、ペンス氏(共和党)共に、冒頭から相手の大統領候補を批判、攻撃し、自分勝手に言葉を並べる。全く話にならない。
 そして9日夜(日本時間10日朝)、米大統領候補の第2回討論会は、クリントン氏(民主党)、トランプ氏(共和党)が互いを糾弾する口撃大会だった。クリントン氏の私用メール問題に関し、自分が大統領になったら彼女を刑務所に入れる、とトランプ氏。それじゃファッショの憲法違反、総統閣下の暗黒世界になってしまう、と唖然、呆然とした。
 トランプ氏の所得税逃れ、そして難民問題、イスラム教徒、テロ対策と、討論ではなく足の引っ張りあい。泥沼どころか最低のヘドロ沼仕合だった。米の政治も、私達の国のありさま同様、落ちるところまで落ちたのか。これが現実なのか。ディベートを見た過去36年間のうち、最も醜悪で後味が悪かった。
 この討論会の冒頭でトランプ氏は、2005年のテレビ番組収録中に女性蔑視の発言があったことを謝罪、釈明。この発言は蔑視どころか、おぞましくて日本語に出来ないほど、女をモノ扱いした、成人指定、性的なわいせつ表現。女性有権者の間では「彼は女の弱みにつけ込む性的搾取者だ」との声が高まる。一方、選挙戦で彼の使う露骨な暴言、放送禁止用語が年少者に与える影響が心配される。
 このみだらな発言に対し、オバマ大統領は「間違っている」と11日夕に批判。共和党ライアン下院議長は、トランプ氏の選挙運動をしない、と表明。撤退を促す党内の声に対し、トランプ氏は共和党を非難、侮辱する姿勢を強め、党との不協和音は高まるばかりだ。
 紐育(ニューヨーク)では現在、第54回NY映画祭が9月30日から10月16日までリンカーンセンターで開催中だ。スキャンダルやセンセーショナルな報道に慣れっこの地元、文化系記者仲間、特に私の先輩、60、70代の現役達までが口をそろえる。
 「こんなにひどい、程度の低い、醜聞だらけの大統領選は今まで例がない。全く先が見えない。この時代的な不透明さ、米国の有り様が世界に、文化に与える影響は大きい」と。
 クリントン氏の優勢が伝えられるが、政治は水もの、変わりやすく、予想できない。数字も、支持率もあてにならない。横の物を縦にするような報道も、頼りにしない方がいい。
 今、私達の住む世界は、良い方に、それとも悪い方に向かっているのか。何を信じたらいいのか。討論会の翌朝、低気圧一過、秋晴れの空の下、気持ちが晴れず、未来から元気を貰おう、とミレニアル世代に話を聞いた。
 ミレニアル世代とは1980年代から2000年頃に生まれた若者達。今回、18歳から36歳位の有権者の多くは、バーニー・サンダース上院議員を支持した。現在、トランプ氏、クリントン氏共に、浮動票と言われるこの世代の支持を獲得するのに躍起だ。
 「『トランプ(氏)が当選したら、私達の国は厄災、とんでもないことになる』とバーニー(・サンダース氏)が言う。しばらく悩んだが、ヒラリー(・クリントン氏)に入れなきゃ、とやっと思えるようになった」と、写真家アシスタントの女性(24)が語る。
 大統領選に向けた民主党の指名者争いで、クリントン氏と最後まで闘ったサンダース氏は、かつての敵、クリントン氏の応援演説を続けている。
 「バーニーは貧富の差、格差社会に怒り、金権政治の改革を訴える、弱者の味方だ。不公平な世の中を変えなくては、と僕ら若者の声を代弁してくれた」と言うのは、フリーター、エンジニアの男性(33)だ。
 「トランプは話にならない。ヒラリーはウォール街との癒着ぶりをとっても、エスタブリッシュメント、政治権力側、プロの政治家だから、どうしても好きになれない。バーニーに対しては情熱を感じたのに。でも、ここに来て仕方がない、とヒラリーに決めた」
 米国に於いて、新たな消費世代と位置付けされるミレニアル世代は「グレイト・リセッション」、2008年9月のリーマン・ショック以降の景気後退の影響を強く受け、政治、経済や環境問題に強い関心を持ち、堅実で現実的な世代、とのロスアンゼルス・タイムス10月10日付ネット版記事がある。
 私が知る限り、この世代はテクノロジーを駆使し、アメリカン・プラグマティズム、実際的、実益的な考え方の人達が多い。クールな、客観的なものの見方はとても参考になる。
 彼らの存在は昔々、紐育市から東に走るロングアイランド鉄道の中で出会った、ロングアイランド先端の町モントークの先住民族、モントーク・インディアンの長老が教えてくれた言葉を思い出させてくれる。
 「自分の世代特有の物差しで、子ども達を測ってはいけない。人間は、次の世代になればなるほど、進化しているのだから」
 サンダース上院議員は、激戦地アイオワ州のドレーク大学で学生達を前に語った。
 「偽善者を米国の大統領にしてはならない」
 第2回討論会の前、10月5日のことだ。
 「私には7人の孫、4人の子どもがいる。トランプ大統領の下で、彼らに育ってもらいたくない。だから、負けた相手とは言え、自分のベストを尽くして、ヒラリーが大統領になれるよう、応援しているんだ」
 この9月で75歳になった米政治家が熱く訴える道徳と正義、その倫理観は、私にとって仁義を重んじ、人の道を説くアメリカン・サムライの言葉に聞こえる。
 そして、10月11日午後(米時間)、アルバート・ゴア元副大統領は、クリントン氏の応援演説のためフロリダ州へ。16年前、ジョージ・W・ブッシュ大統領に数百票差で負けた州で、ゴア氏は自分のように僅差で負けることがないよう「あなたの一票が大切」と、環境問題を交え、ミレニアル世代に訴えた。
 醜い闘いのあげく、民衆が真っ二つに分かれたかのようなアメリカ合衆国。11月8日の大統領選まであと一ヶ月足らず。自己保身、私利私欲、自己陶酔。政治家のみならず、人の上に立つ者のエゴが増殖する日米。無茶苦茶な世の中で、ただただ人々の良心に訴え、世界の共存、共栄、平穏無事を祈るのみだ。

「ディベート・パーティ」米大統領選の第2回討論会をTV観戦する飲み会に行く途中、という紐育のミレニアル世代達(2016年10月9日夕刻 市内イースト・ビレッジ 撮影:鈴木ひとみ)

 

  

※コメントは承認制です。
第15回 バーニー・サンダースとミレニアル世代」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    完璧な候補、パーフェクトな政治なんてないと分かっていても、「応援したい人がいない」という選挙ほど頭を悩ませるものはありません。それでも一票は、一票。白票が増えれば、トランプ氏優位との報道も見かけます。バーニー・サンダースを応援した若者たちは、最終的にどう行動するのでしょうか。

  2. lovekr&jp より:

    パーフェクな政策など存在しないがおかしいことは独裁を阻止し立憲民主主義を守るため憲法守れと民主主義って何だとおかしいと弾圧や差別をはねのけ声を上げ続けなければならない。
    サンダース革命求めてデモ+投票用紙に人ではなく市民が声をあげ今すべき政策書くこと。
    生活保護不正等について国家が市民の生命身体財産の支援を怠り不正と言ってセーフティネットを切る弾圧する犯罪者扱いする政府の言う不正に疑問の声をあげ政策にnoという国際連帯が必要だわ。

  3. 樋口 隆史 より:

    下馬評な書き出しですみません。アメリカもそろそろ衰退期に入ってきているような気がします。トランプ氏はいろいろ悪く言われていますが、今までのアメリカの(悪しき)正直な一面を体現していると感じました。意外と、選挙でまさかの勝利があるかも知れません。少なくともブッシュ・クリントンの世襲政治を一時停止させたことについてだけは喜ばしいことだったと思います。

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鈴木ひとみ

鈴木ひとみ
(すずき・ひとみ)
: 1957年札幌生まれ。学習院女子中高等科、学習院大学を経て、80年NYに留学。帰国後、東京の英字紙記者に。87年よりNYで活動。93年から共同通信より文化記事を配信、現在に至る。米発行の外国人登録証と日本のパスポートでNYと東京を往還している。著書『紐育 ニューヨーク!』(集英社新書)。
(Photo: Howard Brenner)

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