小石勝朗「法浪記」

 たしかに今回は、いわゆる「リベラル系首長」にまつわる事案ではある。ただ、同様のケースが右とか左とかの政治スタンスを問わず起こり得ることは、しっかり認識しておきたい。

 東京都国立市への高層マンション建設をめぐり、開発会社の明和地所に敗訴して損害賠償金3123万9726円を支払った市が、上原公子・元市長に対し同額を負担するよう求めた訴訟である。最高裁第3小法廷(木内道祥裁判長)は12月13日、上原さんの上告を棄却する決定を出した。上原さんに請求通りの金額を支払うよう命じた2審・東京高裁の判決が確定した。

 市によると、明和地所に賠償金を支払った2008年から5%の遅延損害金(利息)が加算されるので、現在の請求額は約4485万円にのぼるという。2期8年務めた市長を07年に退いた上原さんは、この金額を個人の財産で賠償させられるのだ。

 ちなみに1審・東京地裁では、市の請求を棄却する「上原さん勝訴」の判決が出ていた。裁判所の判断も真っ二つに分れるような微妙な裁判だった。

 改めて記しておくけれど、もとの裁判で市に勝訴した明和地所は、市から賠償金を受け取った約2カ月後に全くの同額を市に寄付していて、市に実質的な損害は生じていない。また、一連の裁判で認定された上原さんの違法行為は、汚職など刑事事件に絡むような悪質なものではない。今回の裁判を市民目線で見る時に忘れてはいけないポイントだと思うが、最高裁には顧みられなかった。

 こうした点を含めて、1、2審判決までの経緯や問題点については、過去の拙稿をお読みいただきたい(コンパクトにまとめた記事はこちら▽2審判決を解説した記事はこちら)。本稿では、高裁判決が確定することの意味を考えたい。

 裁判の経緯をおさらいしておく。

 1999年 上原さんが市長に初当選して間もなく、大学通り沿いへの高層マンション建設計画が表面化

 2000年 市は大学通り沿いの建物の高さを20メートル以下に制限する条例を制定

 01年 明和地所が市に損害賠償を求めて提訴。高さ44メートルのマンション完成

 05年 2審・東京高裁判決が上原さんの営業妨害を認め、市に2500万円の賠償を命じる

 08年 最高裁で2審判決が確定。市は遅延損害金(利息)を含めて明和地所に3123万9726円を支払う。約2カ月後に同社は同額を市に寄付

 09年 一部の市民が市に対し、賠償額を上原さんに請求するよう求める訴訟を起こす

 10年 1審・東京地裁がこの請求を認める判決

 11年 市は控訴するも、交代した市長が取り下げて1審判決が確定。市は上原さんに賠償を求めて提訴(今回の裁判)

 14年 1審・東京地裁は市の請求を退ける「上原さん勝訴」の判決

 15年 2審・東京高裁は市の請求を認め、3123万9726円の支払いを上原さんに命じる逆転判決

 最高裁に上告するためには憲法違反や判例違反を理由としなければならないため、上原さんの弁護団は2審判決が憲法92条(地方自治の本旨、住民自治)に違反するとの主張を前面に打ち出した。

 上告理由書では、この裁判で問われているのが、マンション開発に伴う財産権の保障(憲法29条)や営業の自由(22条)と、景観利益や景観権の確保(13条、25条)という価値の「衝突・調整である」と位置づけた。

 景観利益や景観権は29条や22条で言う「公共の福祉」の要素にあたり、財産権や営業の自由を制約すると捉えたうえで、上原さんの施策はその制約を具体化する営みであり、「憲法92条や都市計画法、市条例などの自治規範に基づいた適法な行為だった」と強調し、2審判決には「その視点を全く欠いた憲法の違反がある」と訴えた。

 具体的には、①2審判決は、首長の権限や責務の理解について致命的な誤謬を犯したために、上原さんの当時の行為への評価を誤っており、適法な行為に対して理由を付さずに「違法・有責」と認定している、②景観保護という政策を掲げ、市民の支持を得て市長に当選し、それを実行した上原さんに対する市の賠償請求権を認めたのは、地方自治制度の否定に他ならない――を挙げた。

 また、1審判決が重視した、上原さんへの賠償請求権を放棄するとの国立市議会の議決(13年12月)を市長が執行しないままにもかかわらず、2審判決がその後の「求償権の行使を求める決議」(15年5月)に従うべきとしたことに反発。地方自治法の規定に基づいた債権放棄の「議決」を、政治的な意思表明に過ぎない「決議」でひっくり返せるとの判断は、議会の権能や議会と首長の関係の評価を根本的に誤っていると指摘した。

 しかし、最高裁はこうした弁護団の主張を一切認めず、「本件上告の理由は、違憲及び理由の不備をいうが、その実質は事実誤認または単なる法令違反を主張するもの」と切り捨て、上告理由に当たらないとして門前払いした。

 実は上原さんの弁護団は、学者や首長の意見書を12月21日に出すと最高裁に予告していたそうだ。にもかかわらず最高裁はこれを無視し、しかも市長の死去に伴う国立市長選(12月18日告示、25日投開票)の直前に決定を出した。政治に密接に絡む案件に対し、司法が選挙への影響を避けられない時期にアクションを取るのは、極めて異例のことに違いない。最高裁には、せめて学者の意見書にしっかり目を通したうえで、慎重に対処してほしかった。

 さて、上原さんは上告棄却の決定を受け、「すべての自治体に影響する重大なテーマであり裁判であるのに、最高裁が自らの判断を示さないことに失望した」と語った。

 確定した2審判決で上原さんが特に問題視するのは「明和地所が行政指導に従わないことが確認された段階で、法的な規制を及ぼす手続きのみをしていれば、国家賠償法上の違法と言われることはなかった」と言及している点だ。

 「首長は何もするな、余計なことをすると今回の上原のようになる、と言っている。でも、首長の役割は本来、住民の意を汲みながら、まちづくりを考え、その実現に向けて頑張ること。法律の隙間を埋めるために、あらゆる工夫をするのが責務で、2審判決の考え方は地方自治や市民自治に反しています」

 この裁判を起こされてから、上原さんは一貫して首長の「萎縮」を懸念してきた。審理の過程でこう発言し、地方分権の、そして民主主義の形骸化に警鐘を鳴らしてきた。

 「個人で法外な賠償金を支払うリスクは負いたくないから、首長はモノを言わない、行動しないが勝ち、となります。いかに市民の要請があろうとも、萎縮した行政しかできなくなるのは確実です」

 今回の裁判と同様の手法で、気に入らない首長を潰そうとする動きが各地で出てくるかもしれない。冒頭にも書いたが、これには右も左も関係ない。

 たとえば、築地市場の豊洲移転。東京都が移転延期で損害を受けた業者に賠償をすることになれば、違法にその原因をつくったという理由で、都知事(たとえば小池百合子・現知事や石原慎太郎・元知事)に対し、個人の財産で賠償金を負担するよう求める裁判を起こすことが可能だ。

 結果として裁判で請求が認められないまでも、提訴の可能性をチラつかせることで首長の行政運営を萎縮させる効果は十分だろう。小池氏や石原氏クラスなら動じないかもしれないが、一般の市区町村長がそうした動きを見せられれば心配せずにいられないのではないか。

 敗訴は確定したが、上原さんや弁護団は今後、この判決を素材として地方自治のあり方を考えるよう呼びかける活動に取り組む方針だ。上原さんへのカンパ募集を兼ねた全国キャンペーンや、裁判の記録をまとめた本の出版を計画しているそうだ。裁判の教訓をどう生かしていくかは、地方自治の主役である私たち一人ひとりに向けられた重要な課題に違いない。

 裁判のもう一方の当事者の国立市は、最高裁決定を受けて「今後は高裁判決を踏まえて対応してまいります」とのコメントを出した。具体的な方法は新しい市長が就任してから詰める模様で、年明け以降になりそうだ。賠償金の取り立てをめぐって市がどんな動きに出て、上原さんとどんなやりとりになるのか。一波乱ありそうではある。

 

  

※コメントは承認制です。
第76回
4500万円を元市長に負担させる判決が確定~東京・国立市の求償裁判
」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    衝撃的な判決でした。市政を私物化していたというならともかく、市民の声を受けての施策が、なぜ首長個人への損害賠償請求ということになるのか。こんなことがまかり通るようになれば、たとえば原発などをめぐっても、首長が思い切った方針転換をするのはさらに難しくなるのではないでしょうか。事実関係も入り組んでおり、なかなか把握しづらいのですが、住んでいる場所や政治的立場の違いを超えて、危機感を共有すべき問題です。

  2. 石井 幸三 より:

    沖縄の問題同様、国立の判決は深刻です。国と地方自治の問題を最高裁は真剣に考えていません。高裁のヒラメ裁判官(上ばかり見ている裁判官)に最高裁は法律論もなく従っているのは、最高裁の名に値せずです。
     最近は、安倍内閣ばかりに批判の目が行くようですが、最高裁の事なかれ主義に要注意です。もっと、司法批判をすべきでしょうし、そういう場を設けるべきです。

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小石勝朗

こいし かつろう:記者として全国紙2社(地方紙に出向経験も)で東京、福岡、沖縄、静岡、宮崎、厚木などに勤務するも、威張れる特ダネはなし(…)。2011年フリーに。冤罪や基地、原発問題などに関心を持つ。最も心がけているのは、難しいテーマを噛み砕いてわかりやすく伝えること。大型2種免許所持。 共著に「地域エネルギー発電所 事業化の最前線」(現代人文社)。

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