小石勝朗「法浪記」

とかく、「難しい、とっつきにくい」と思われている「法」。だから専門家に任せておけばいいと思われている「法」。しかし私たちの生活や社会のルールを決めているのもまた「法」なのです。全てを網羅することはとてもできませんが、私たちの生活や社会問題に関わっている重大な「法」について、わかりやすく解説してもらうコーナーです。今あるものだけなく、これから作られようしている「法」、改正・改悪されようとしている「法」、そして改正の必要があるのに、ちっとも変わらない「法」について、連載していきます。「法」がもっと身近になれば、いろんなことが見えてくる!

もはや司法の専門家だけに
任せてはいられない

相も変わらず冤罪を訴える人は後を絶たない。

足利事件、布川事件、東電女性社員殺害事件――。いったん無期懲役が確定して服役させられた後に新たな証拠が見つかり、再審(裁判のやり直し)で無罪になった事件が、2010~12年の間だけで3件(4人)も相次いだ。飯塚事件のように、死刑が執行されてから冤罪だった疑いが浮上し、遺族が再審を求めている事例もある。痴漢など量刑が比較的軽い事件になれば、たとえば5月に1審で有罪判決が出された三鷹バス事件をはじめ、潜在的な訴えを含めてもっと多いことは間違いない。

実際に再審で無罪になるケースがあるのだから、現行の刑事司法制度に欠陥があると考えるべきだろう。

一方で、無罪判決を受けたり再審開始が認められたりするハードルは、とてつもなく高いままだ。たとえ無実の罪であったとしても、一度嫌疑をかけられれば雪冤には膨大な時間と労力とお金がかかる。一般の人なら、あきらめてしまいかねない。

もちろん、そんなことが許されて良いわけがない。じゃあ、どうすべきなのか。

到達した結論は、市民自身が解決の道を探り、司法に働きかけていくことだった。裁判員裁判が定着しつつある現実を考えれば、冤罪についても、より市民感覚を反映させることが刑事司法改革の目的に合致するのは確かだからだ。

こんな狙いで6月8日、「なくせ冤罪!市民評議会」(客野美喜子代表)の設立総会が東京で開かれた。市民のスタンスで刑事司法改革へアプローチする、これまでになかった試みである。

設立を呼びかけたのは、東電女性社員殺害事件で冤罪被害を受けたゴビンダ・プラサド・マイナリさんの支援団体「無実のゴビンダさんを支える会」のメンバーが中心だ。ゴビンダさんが再審で無罪になって故郷のネパールに帰国したのを受け、会は今年3月に解散している。

しかし、支援活動を続ける中で、一つの事件で勝利したからと言って手放しでは喜べない刑事司法の構造的な問題と相対し、「他の冤罪をどう救済していくか、一緒に考えていくのが私たちの責任」と考えるようになったという。しかも、冒頭で触れた3つの無期懲役事件が冤罪と判明した後も、特に検察や裁判所の、原因究明や再発防止に真剣に取り組んだとはとても言えない無反省ぶりを目の当たりにして、危機感を募らせたのが評議会結成のきっかけだそうだ。

評議会の設立声明は、こうした状況を次のようにまとめている。

  1. 冤罪は、個々の事件が孤立した偶然の不幸ではなく、司法制度の根本的な欠陥に根ざしている。
  2. 一つひとつの事件の捜査や裁判が公正に行われるべきであるのは当然として、冤罪を生み出している司法の制度的な欠陥や、社会環境そのものの改革なしに、繰り返される冤罪をなくすことはできない。
  3. 冤罪の防止には、犯罪捜査のあり方、刑事訴訟法をはじめとする法改正や新たな立法措置、捜査官や司法関係者の再教育、市民の意識改革など多様で幅広い対策が必要である。
  4. そうした制度改革には、法律専門家(裁判官、検察官、弁護士、研究者)と市民の自主的・自覚的な運動の結びつきが不可欠である。
  5. 私自身、袴田事件の支援活動に微力ながら関わっていて、他の事件を含めた冤罪や刑事司法の現況を見聞きするにつけ、本当にその通りだと思う。

評議会の目的には「冤罪原因の究明」「冤罪防止と被害救済のための司法・行政・社会環境の改善と改革」を二本柱として掲げた。現在や過去の冤罪事件について研究・学習し、原因や背景、被害や影響について理解を深めたうえで、冤罪の防止と被害の救済のために必要な立法措置や法制度改革を提言する、と謳っている。法曹関係者や市民の意識変革を推進する、とも記している。

そして、以下のような活動目標を列挙した(カッコ内は筆者の補足)。

  1. 誤判原因の究明のための第三者機関の設置
  2. (捜査側が持つ)証拠の全面開示、取り調べの全面可視化(録画・録音)のほか、冤罪防止に必要な法制度の整備
  3. 無罪の立証を請求人(冤罪を訴えている人)に負わせる現行の再審制度の見直し、(「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則は再審請求の段階でも適用されるとした)白鳥・財田川決定が実質的に活かせる再審制度の確立
  4. (無罪判決などが出た場合の)検察官による上訴(控訴、上告など)の制限
  5. 冤罪を訴えている人たちを速やかに救済するための支援措置の拡充
  6. 冤罪被害を受けた人たちの名誉回復と、経済的・社会的損失の補填・賠償の拡充

いずれも冤罪の防止や救済のために必要な事項ばかりだ。評議会の輪が広がり、成果が上がってほしい。

私が特に共感したのは、会員は市民たる個人に限定し、法律の専門家には賛同人として加わってもらうという方式だ。たしかに、冤罪事件の判決や再審請求審の決定を見ていると、市民感覚からすれば明らかに納得しがたい理屈がすんなり通ってしまう場面にしょっちゅう出くわす。たとえばゴビンダさんのケースでも、もとの裁判の1審判決は無罪だったのに、2審で無期懲役に引っくり返された。しかも、無罪を示す証拠があったにもかかわらず、検察は再審段階まで隠し続けていた。

法曹界の常識にとらわれがちな専門家には一歩引いてもらい、まずは市民の目線で刑事司法のおかしな点を洗い出したうえで具体的な解決の道筋を提案していくことが、裁判員時代にふさわしい手法なのだと思う。客野代表は「市民ならではの新鮮な工夫をしていく」と抱負を語っていた。個人的には、再審を始めるかどうかの審理には裁判員が当たることを検討してほしい。

ちなみに評議会の賛同人には、映画監督の周防正行氏、漫画家のやくみつる氏、ジャーナリストの江川紹子氏をはじめ、冤罪の被害者、弁護士、刑事法学者、出版関係者ら、設立総会の時点で21人が名を連ねている。元裁判官が4人参加しているのも特徴と言えるだろう。実のある助言や協力を望みたい。

設立総会で講演した水谷規男・大阪大法科大学院教授(刑事訴訟法)は、最近の最高裁の判例を紹介。物証がなく有罪の証拠が被害者の供述だけという事件では、「普通の人が抱く『有罪への疑い』が残る時には無罪にせよ、というメッセージを裁判員に向けて発している」と解説していた。こうした面からも、「普通の人」たる市民自らが刑事司法の改革に対して積極的に発言する今日的な意義は大きい。

水谷さんは、市民に期待することとして、こうも語った。

「過去の冤罪を生み出した刑事司法の専門家をしっかりさせるために、監視を強める必要がある。冤罪事件に関心を持って声を上げるとともに、事件発生時の報道から『おかしくないか』という視点で見る目を養いたい」

そして、「疑わしきは罰せず」という原則を厳密に適用することによって「無罪が増えたとしても、裁判とはそういうもの、と意識を変えるしかない」とも。

そう、冤罪をなくすために何より問われているのは、私たち市民自身の意識だ。客野代表は「いったん逮捕・起訴されたり有罪判決を受けたりした人の主張を、世間はどこまでわかってくれるか。たいていの市民は、捜査や裁判の実態を知らない。そこが一番の課題です」と指摘していた。いかにして足元を固めていくか、一人ひとりが自分の問題として、しっかり向き合っていくことが不可欠なのだろう。

 

  

※コメントは承認制です。
第8回「なくせ冤罪!市民評議会」」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    やはり冤罪の疑いが強いといわれている、
    「名張ぶどう酒事件」を取り上げた映画『約束』齊藤潤一監督は、
    〈冤罪被害者は、何度司法の裏切りがあっても、
    (いつか真実を示してくれると)信じ続けるしかない〉とおっしゃっていました。
    誤った判決は、新たな判決によってしか覆せない。
    だからこそ、そこに市民感覚を活かしていくことには、
    大きな意味があるはずです。

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小石勝朗

こいし かつろう:記者として全国紙2社(地方紙に出向経験も)で東京、福岡、沖縄、静岡、宮崎、厚木などに勤務するも、威張れる特ダネはなし(…)。2011年フリーに。冤罪や基地、原発問題などに関心を持つ。最も心がけているのは、難しいテーマを噛み砕いてわかりやすく伝えること。大型2種免許所持。 共著に「地域エネルギー発電所 事業化の最前線」(現代人文社)。

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