小石勝朗「法浪記」

 事件発生から半世紀近くが経ってようやく、隠されていた事実が少しずつ明らかになっている。おかしな点がいくつも指摘されたにもかかわらず、司法は死刑判決を確定させ、再審(裁判のやり直し)の求めにも耳を貸そうとしてこなかった。やり直すにはあまりに遅すぎるけれど、やり直さないよりははるかに良い。

 一貫して無実を訴え続けてきた元プロボクサー袴田巖死刑囚(77)の再審開始を認めるかどうかの審理が、静岡地方裁判所で大詰めを迎えている。2008年4月に起こした第2次再審請求である。12月16日に袴田死刑囚の姉と弁護団、検察が最終意見陳述を行い、審理は終結。来春にも地裁の決定が出る見通しだ。

 ご存じの方も多いかと思うが、改めて「袴田事件」を振り返っておこう。

 今から47年前の1966(昭和41)年6月30日未明、静岡県清水市(現在は静岡市清水区)で起きた強盗殺人・放火事件である。被害者は、味噌製造会社の専務一家4人。この会社の住み込み従業員だった袴田死刑囚が逮捕され、捜査段階ではいったん自白したものの、裁判では一貫して犯行を否認した。しかし、1審・静岡地裁の死刑判決が1980年に最高裁で確定。事件の約1カ月半後に逮捕されて以来、袴田死刑囚はずっと囚われたままで今日に至っている。

 そもそも、裁判の経過からして怪しい点が多かった。その最たるものが「5点の衣類」(ステテコ、半袖シャツ、スポーツシャツ、ズボン、ブリーフ)だ。事件発生から1年2カ月も経って、犯行現場そばの味噌工場の醸造用タンクから、麻袋に入って味噌に浸かった状態で見つかった。いずれにも血痕があった。

 実は起訴段階では、袴田死刑囚は犯行時にパジャマを着ていたことになっていた。2次再審で証拠開示された「自白」後の本人の「供述録音テープ」でも、そういう筋書きになっている。ところが、5点の衣類が発見されるや否や、検察は犯行着衣をあっさりと変更した。自らが立てた犯行のストーリーを根底から覆すという極めて異例の対応だった。

 血液型をもとに、5点の衣類の血痕は被害者の返り血で、半袖シャツの右肩の血痕だけは被害者ともみ合った際にけがをした袴田死刑囚のものとされた。そして、このズボンと同じ布の端切れが袴田死刑囚の実家のタンスから見つかったとして、本人が否定したにもかかわらず検察は5点の衣類を袴田死刑囚の犯行着衣だと主張。裁判所も認めて、死刑判決の大きな拠り所にしてしまった。

 2次再審で袴田死刑囚の弁護団は、5点の衣類が袴田死刑囚のものではなく、犯行着衣でもないことの立証を最重点に据えた。静岡地裁の訴訟指揮によって、新たな鑑定や検察が持っている証拠の開示が行われ、これまで判明していなかった「事実」が見えてきた。弁護団は2次再審の最終意見書(229ページ)で、こうした「新証拠」を並べ、再審開始を強く求めている。その内容をかいつまんで紹介する。

 (1)シャツの血痕のDNA型は袴田死刑囚と一致しなかった

 2次再審での最大の出来事は、5点の衣類に付いた血痕のDNA鑑定が実施されたことだ。焦点は2つ。1つは、半袖シャツの血痕が袴田死刑囚のものかどうか。もう1つは、殺害時の返り血とされた血痕が被害者4人のものかどうか、である。

 血痕のDNA鑑定は第1次再審請求(2008年3月に最高裁が棄却)でも実施されたが、2000年に出た結論は「鑑定不能」だった。しかし、ここ10年余の技術の進歩は著しく、半世紀近く前の血痕でも鑑定ができると分かって実現した。袴田死刑囚の弁護団、検察の双方がそれぞれ学者を推薦し、裁判所が委託した。

 その結果、半袖シャツの血痕について、弁護団推薦の鑑定人は袴田死刑囚のDNA型と「不一致」、検察推薦の鑑定人も「完全に一致するDNAは認められなかった」と結論づけた。双方の鑑定人が「血痕は袴田死刑囚のものではない」との評価で一致したことになる。「袴田死刑囚がこのシャツを犯行時に着ていた」と断定した死刑判決の構造が否定されたと言っていいだろう。

 さらに、被害者のものとされた血痕についても、弁護団推薦の鑑定人は「被害者の血液は確認できなかった」としたうえで、「血縁関係のない、少なくとも4人以上の血液が分布している可能性が高い」と分析した。被害者は夫妻と子ども2人の家族なのに、「血縁関係のない」とされているところが注目される。被害者一家とは別人の血液が、何らかの形で事件の前か後かに付いたというわけだ。

 弁護団は最終意見書で「科学的でかつ揺るぎない無実の証拠」「決定的な新規かつ明白な証拠」と主張している。

 (2)ズボンのタグの「B」はサイズではなく色だった

 もとの裁判の段階で、1974年に5点の衣類のズボンを袴田死刑囚がはこうとしたところ小さくて入らなかったことは、広く知られている。これに対して検察は「長期間、味噌に浸かった後に乾燥して縮んだ」と主張し、裁判所も認めた。根拠として、ズボンのタグに記された「B」がサイズを示すことが挙げられていた。弁護団は1次再審で「もともと小さいズボンだった」とする繊維鑑定を提出したが、採用されなかった。

 ところが、2次再審で開示された証拠に、5点の衣類が発見された直後の、このズボンを製造した業者の供述調書があった。その中で「B」はサイズではなく、色を示すと説明されていた。ズボンは縮んだのではなく最初から小さいもので、そもそも袴田死刑囚がはけなかった=袴田死刑囚のものではなかった可能性が強くなった。

 しかも、捜査側は当時からそのことを知っていたにもかかわらず、ずっと隠し続けていた。少なくとも袴田死刑囚がズボンをはけなかった段階でその事実が明らかにされていれば、判決も違っていたかもしれない。

 弁護団は最終意見書で、繊維鑑定の結果と合わせて「ズボンのサイズは袴田死刑囚には小さすぎて適合せずはけないもので,同人のものではないことはすでに証拠により明白となっている」と強調している。

 (3)タンクには5点の衣類を隠せるほどの味噌は入っていなかった

 5点の衣類は事件発生直後に味噌のタンクに投入された、とされてきた。根拠として挙げられたのが、当時タンクには相当量の味噌が入っており、奥の方では20〜30センチの深さがあった可能性がある、ということだった。判決も「5点の衣類を隠すのは十分可能だった」と認定した。

 ところが、2次再審で検察が開示した証拠の中に「事件発生直後のタンク内の味噌の量は80キロだった」との捜査報告書があった。

 タンクは、高さ1.65メートルで、底は2メートル四方。弁護団が再現実験をしたところ、80キロの味噌だと深さは平均1.5センチにしかならず、ほとんど空の状態に等しかった。仮に味噌を1カ所に集めて5点の衣類が入った麻袋を埋めたとしても,そこだけ山のようになって不自然で、弁護団は「直後に行われた警察の捜索で発見されないことはあり得ない」とみている。

 (4)味噌に浸かった状態の衣類は短時間で作り出せる

 5点の衣類が本当に1年2カ月もの間、味噌に浸かっていたのか。人の血液を付けた衣類を味噌漬けにして変化を見る実験を、袴田死刑囚の支援団体が中心になって実施した。実験報告書は2次再審の新証拠として裁判所に提出され、中心メンバーの証人尋問も行われた。

 5点の衣類が発見された当時の実況見分調書によると、白色だったシャツやステテコは「薄茶色」になっており、血液部分の赤みは「濃赤褐色」「黄褐色や亜淡赤褐色」と表されている。2次再審で証拠開示されたブリーフの写真も、生地の緑色がはっきり分かり、付着している血液の赤みも識別できる。5点の衣類全般に着色の度合いは薄く、濃淡にムラがあったという。

 しかし、実験の結果、長期間味噌に浸けると、シャツやステテコは味噌とほぼ同じ色にムラなく一様に染まることが分かった。緑色の衣類は黒色に近くなり、元の色は識別できなくなった。いずれも、血液の赤みは完全に消失していた。

 支援団体のメンバーは「5点の衣類の発見時の状態は、20分も味噌に浸ければ作り出せる」と分析。弁護団は最終意見書で「5点の衣類は長期間にわたって味噌漬けにされたものではないことが強く疑われ、発見直前に味噌タンク内に隠匿された可能性が強く示唆される」と述べている。

 (5)袴田死刑囚のアリバイにつながる同僚の証言があった

 袴田死刑囚が疑われた理由の一つに、真犯人の放火によって起きた専務宅の火災が鎮火する頃まで姿が見えず、アリバイがないことが挙げられていた。

 しかし、この点についても、2次再審で証拠開示された事件当日の捜査報告書の中に、火災発生直後や消火活動中に袴田死刑囚を見たという証言があった。複数の同僚が「火事をサイレンで知り、表に出るとき後ろから袴田が来ていた」「袴田はパジャマ姿で(消火活動に)飛び回っていた」と語っていた。

 事件の10日後くらいから、同僚らは「袴田には気づかなかった」「姿は全然見なかった」と説明を変えていく。弁護団は「捜査機関が誘導し、最終的に公判で虚偽の供述をさせている」と批判している。

 と、主な論点だけ挙げても、これだけの新たな事実と疑問点が浮き彫りになった。

 弁護団は、ズボンと同じ布の端切れの発見過程に不審な点があることも指摘し、5点の衣類は「捏造された」と主張している。最終意見書で「本件は『疑わしきは罰せず』との刑事裁判の鉄則を適用するまでもなく、無実の者が死刑にされている冤罪である。裁判所が躊躇なく再審開始を宣言し、袴田巌が1日も早く無罪判決の日を迎えられるようにするのは、司法を担う者としての責任であると思う」と強調した。

 一方、検察は最終意見書(40ページ)で、①DNA鑑定については、試料(血痕)の経年劣化の影響などで、袴田死刑囚や被害者の血液が付着しているかどうかを判断することはできず、鑑定結果に信用性は認められない、②タンクの味噌の量については、「なるべく少なめに報告していた」との従業員の証言がある、③味噌漬け実験については、5点の衣類が浸かっていた状態を正確に再現したものではなく証明力は極めて弱い、④同僚の証言内容は火災確認後についてであり、袴田死刑囚のアリバイを裏付けるものではない、などと反論している。

 ズボンのタグの「B」がサイズではなく色だったことの事実関係は認めながらも、袴田死刑囚がこのズボンをはけなかったのは、事件当時からの「体重増加に伴う体型の変化」が原因、との論理を展開。そのうえで「弁護団が提出した証拠はいずれも明白性に欠け、無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したものとは認められない」と再審請求を棄却するよう求めた。

 それにしても、これだけ新たな疑問点が浮かんでくるというだけでも、死刑判決を下したもとの裁判の正当性はもはや失われている、と言えるのではないだろうか。しかも、ズボンのタグの「B」や事件直後の同僚の証言のように、検察が自分たちに不利な重要な証拠を隠していたことも判明した。

 5点の衣類が捏造だったかどうかはあえて問わないとしても、再審にも適用される「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に照らせば、再審開始の要件は十分に満たしているように感じる。

 東京拘置所にいる袴田死刑囚には、長期の拘置による精神障害のほか認知症や糖尿病の症状がみられるそうだ。2次再審も、保佐人である姉の秀子さん(80)が請求人になっている。しかし、その姉の面会にも2010年夏以降は応じておらず、本人の詳しい様子は分からない。

 2次再審の結審にあたり、本人の意見を聴くため拘置所を訪れた静岡地裁の裁判官に対しても、刑務官を通じて「嘘なんか言ってもしょうがない。シンイ(漢字不明:筆者注)を聞いて従えばいいんだ」「どうしたって死刑になるんだから」などと伝え、出てこなかったという。

 再審を開始するかどうかの静岡地裁の決定がいつになるかは未定だが、袴田死刑囚の健康状態も勘案して、一刻も早い判断を望みたい。

 面会ができなくても毎月拘置所に通い続ける秀子さんは、16日の最終意見陳述をこう締めくくったという。

 「巖にとっても私にとっても、取り戻すことのできない47年です。巌は固く心を閉ざしながらも、必死で生きるための闘いをしていると思います。その反対側では、張り裂けんばかりの無実の叫びであふれかえっていることと思います。どうぞ、1日も早く再審が開始できますようにお願い申し上げます」

 

  

※コメントは承認制です。
第19回
発生から47年、再審開始へ
いよいよ大詰めの袴田事件
」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    冤罪事件の再審棄却については、「ここまで有罪の根拠が揺らいでいながら、なぜ」と思うことがしばしばです。失われた時間は何をしても取り戻せないけれど、だからこそ誤りであるならば、一刻も早い判断が求められるはずなのですが…。〈冤罪をなくすために何より問われているのは、私たち市民自身の意識〉だと指摘する、著者の以前のコラムもぜひお読みください。

  2. クレヨン伯爵 より:

    とりあえずですが、袴田さんの釈放と再審開始、良かったですねえ。良かったと言っても中くらいというか、ご当人や周りの方には一生を奪われたとんでもない話ですが、それでも。マスコミも世論もとりあえずほぼ「冤罪認定」の論調のようですし。
    この件についてはこちらと、以前のどん・わんたろうさんの記事(たとえばhttp://www.magazine9.jp/don/111228/)が私の主たる情報源だったので、お祝い?をこちらに書き込んでみました。
    読めば読むほどひどい、でっち上げ丸出しの茶番劇。21世紀、平成の御世も二十年経ってまだフロッピー捏造しちゃう人たちですから、当時では当然のやり口だったのでしょうな。でっち上げた関係者もそれぞれ相当の年齢と見受けますが、無辜の人死刑台に送らずに済んだことに感謝して、ご自分が生きてる間に名乗り出られてはどうかな。
    今回は支援して来られたすべての方のお力の結実でしょうけれども、小石さんたちの記事も少なからず本件を世間につなぐ窓となったであろうこと、せんえつながら称賛をお伝えしたく。
    まずは。

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小石勝朗

こいし かつろう:記者として全国紙2社(地方紙に出向経験も)で東京、福岡、沖縄、静岡、宮崎、厚木などに勤務するも、威張れる特ダネはなし(…)。2011年フリーに。冤罪や基地、原発問題などに関心を持つ。最も心がけているのは、難しいテーマを噛み砕いてわかりやすく伝えること。大型2種免許所持。 共著に「地域エネルギー発電所 事業化の最前線」(現代人文社)。

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