風塵だより

 田中俊一氏という人がいる。
 原子力規制委員会の委員長だ。柔和な顔と穏やかな話し方で、いかにも学者然とした風貌の人である。その田中委員長の物言いが、このところ妙に乱暴になってきている。どうしたのだろう?

 2011年3月11日の東日本大震災と、それに続く福島第一原発の過酷事故。その事故の反省の上にたって作られた(はずの)原子力規制委員会委員長に、田中俊一氏が就任したのは、2012年9月のことだった。
 それまで、日本の原子力発電所の“規制”は、原子力安全・保安院という組織が行ってきた(ことになっていた)。だが、保安院という組織は、実は、原発推進まっしぐらの資源エネルギー庁内の一機関に過ぎなかった。つまり、経済産業省の管轄。“推進”する側の下に組み込まれている“規制組織”という、どう考えてもおかしな存在だった。

 事実、事故直後の原子力安全・保安院の対応は、悲劇を通り越して喜劇(むろん、笑っている場合ではなかったが)とでも言わなければならないほどの失態ばかり。情報をほとんど持っていなかったし、会見等で公表した情報はしばしば錯綜し、隠蔽・捏造も疑われ、保安院の責任者(この人も、後に女性スキャンダルで更迭されるという惨状)が記者の質問に立ち往生する場面も日常茶飯事だった。
 さらに、この時の寺坂信昭・保安院院長が責任を問われ「私は文系なので…」と言い訳したことは、今でもお笑い種となっているほどだ。これが、日本の原子力規制委機関の原子力安全・保安院の実態だったのだ。
 さすがに批判が噴出し、その後、政府から独立した機関としての原子力規制機関を設けるべきだということになり、ようやく設置されたのが前述した原子力規制委員会とその事務局の原子力規制庁である。
 そしてこの組織の長に任命されたのが、田中俊一氏だった。

 田中氏は、いわゆる“原子力ムラ”の有力な住民のひとりである。1945年、福島市生まれ。東北大学工学部で原子力工学を学び、日本原子力研究開発機構等を経て日本原子力学会の第28代会長を務め、内閣府原子力委員会委員長代理や内閣官房参与などを歴任するなど、その経歴はまさに原子力一筋の有力学者である。
 そんな原子力ムラの住民に“原発規制”を任せていいのか、という批判が田中氏の委員長就任時には大きかった。ぼくも批判の声を挙げたひとりだったけれど、実はほんのわずかだが田中氏の良心に期待していた部分もあったのだ。

 事故から20日ほどが過ぎた2011年4月1日、16名の有力な原子力関連学者たちが連名で、ある提言を発表した。
 「福島原発事故についての緊急提言」という文書だった。冒頭で、彼らは次のような謝罪の意を示していた。

 はじめに、原子力の平和利用を先頭だって進めて来た者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします。

 同文書は、事故の経過の悪化を危惧しつつ、炉心溶融や環境汚染、さらなる火災や爆発の危険性、事故に立ち向かう作業者たちの被曝などを指摘。そして、環境へ放散される放射能塵や高レベル放射能水の抑制が困難なことを認めた上で、次のように結ばれていた。

 事態をこれ以上悪化させずに、当面の難局を乗り切り、長期的に危機を増大させないためには、原子力安全委員会、原子力安全・保安院、関係省庁に加えて、日本原子力研究開発機構、放射線医学総合研究所、産業界、大学等を結集し、我が国が持つ専門的英知と経験を組織的、機動的に活用しつつ、総合的かつ戦略的な取り組みが必須である。
 私達は、国を挙げた福島原発事故に対処する強力な体制を緊急に構築することを強く政府に求めるものである。

 かなり切羽つまった息づかいの文章だ。
 事故後、まるで責任などなかったかのようにTVに出て安全性を強調したり、大したことはないと根拠薄弱な楽観論を述べたり、ひっそりと口をつぐんで風をやり過ごそうとする“原子力ムラ住人”が多かった中で、とにかく謝罪を述べ、国に対しできる限りの提言をしようとするこの16人の学者たちは、それなりの良心を持った人たちだったと思う。
 田中俊一氏も、実は、その提言に名前を連ねていたのである。ぼくが田中氏にかすかな期待を持っていた…というのは、こういう事情があったからだ。

 確かに、初期のころの規制委は、5人の委員のうちの地震学者の島崎邦彦氏が、かなり厳しい意見を電力会社に浴びせるなど、ある程度の“原発抑止力”を発揮しようとする姿勢が見えたようにも思われた。
 だがそれは、どうも「世を欺く仮の姿」だったらしい。
 今年9月、5人の規制委員会委員のうち、島崎氏と大島賢三氏(元国連政府代表部特命全権大使)が退任、代わって田中知(さとる)氏と石渡明氏が委員に任命された。
 この人事に、各電力会社は小躍りして喜んだという。なぜか?
 東北大学教授で地質学者の石渡氏はともかく、問題は田中知氏である。田中知氏は日本原子力学会の元会長というれっきとした原子力ムラの村長クラス。しかもこの田中知氏、原子力事業者から多額の寄付や報酬(判明しているだけで760万円以上)を受け取っていたことも判明している。言ってみればズブズブの原発マフィアなのだ。

 民主党政権時代に定められた原子力行政に関するガイドラインがあり、その中に「規制委員の欠格条件」というのがある。
 ここには「直近の3年間に原子力事業者等及びその団体の役員をしていた者」という項目があるが、田中知氏は2010年〜2012年に原子力産業協会理事という役職に就いていた。当然、この欠格条件に当てはまり、原子力規制委員になれるはずはなかった。
 だが、当時の石原伸晃環境相は「民主党時代のガイドラインについては考慮しない」と国会で答弁、安倍政権として平然とガイドラインを破棄した。歯止めを簡単に取っ払ってしまったのだ。
 規制委員会が、どんどん政府寄りに変質(いや、やっと本性を現したというべきか)していく。田中知氏の就任に、原発再稼働を望む各電力会社が小躍りした理由がここにある。

 かくして、ささやかな抵抗力も原子力規制委員会から失われつつある。もっとも、実働部隊の原子力規制庁の職員は発足当時(2012年9月)455名で、そのうちの351名が経産省出身者。それも、あの醜態をさらけ出した原子力安全・保安院から横滑りした者が多いというのだから、いずれこうなるのは明らかだったのかもしれない(ちなみに、アメリカの原子力規制委=NRCは、政府からは完全独立した機関で、人員は4000人を超える)。
 こんな状況の中での鹿児島県川内原発再稼働への動きだ。すでに、歯止めを失った状態なのだから、政府、電力会社、立地自治体が一体となって再稼働一直線になるのも無理はない。

 そう考えれば、最近の田中俊一規制委員長の妙に威丈高な言動もよく分かろうというもの。
 たとえば、9月10日の「報道ステーション」の田中委員長の記者会見の報道内容について、規制委は強硬な抗議文を出し、これに対しテレビ朝日側は全面的に陳謝してしまった(その内容は原子力規制委員会のHP「9月10日放送分の『報道ステーション』での報道について」で閲覧できる)。
 確かに編集に瑕疵はあるけれど、最後に田中委員長が「答える必要はありますか。なさそうだから、やめておきます」と質問を一蹴する場面はギョッとする。不愉快な質問には答えない、という姿勢がはっきりと出ていた。
 テレビ朝日側は、恣意的な編集はその前の部分だったにもかかわらず、この部分も含めて全面陳謝してしまった。取り消す部分と取り消す必要のない部分を、きちんと分けて陳謝すべきだったと思うのだが、どうにも後味の悪い結末だった。
 ここから「報道ステーション」打ち切り、などという憶測も飛び始めた。わりと安倍批判色の強い報道番組であるだけに、自民党は番組潰しの絶好のチャンスとみたのだろう。

 さらに田中委員長の傲慢な物言いは続く。
 御嶽山の噴火で多数の犠牲者が出たことを受けて、川内原発の再稼働にも噴火について多くの不安の声が上がり始めた。なにしろ川内原発は日本有数の(ということは世界有数の)火山地帯の中にあるのだから当然だろう。
 しかし、この不安の声に対し、田中俊一委員長は「御嶽山の噴火は水蒸気噴火であり、川内原発で想定される巨大噴火(マグマ噴火)とでは現象が違う。一緒に議論するのは非科学的だ」と切って捨てた。
 この田中発言こそ“非科学的”だろう。
 「A(水蒸気噴火)という現象とB(巨大噴火)という現象は、同じカテゴリー(噴火)の中だが違う現象だ。だから、Aは起きたがBは(少なくとも30年間は)起きない」というのが田中委員長の主張だ。
 ここでは、Bという現象がなぜ起きないのか、ということに関しては何の論証もない。ただ、不思議なほど自信たっぷりに「起きない」と断言し、「一緒に議論するのは“非科学的”だ」と切り捨てているだけだ。
 火山学者でもない田中委員長が、なぜこんなに自信たっぷりに「巨大噴火」を否定できるのか? それこそ学者にあるまじき“非科学的”な態度ではないか。

 まだある。
 川内原発再稼働へ着々と準備が進む中、火山学会の原子力問題対応委員会は「現在の火山学の水準では、噴火予測には限界があり、それを考慮した原発の規制基準の見直しが必要」とする規制委への提言をまとめた。これに対する田中委員長の言い分がスゴイ。
 「火山学会が今更(見直しを)言うのは、私としては本意ではない」(毎日新聞11月6日)「とんでもないことが起こると平気で言わず、必死になって夜も寝ないで観測して頑張ってもらわないと困る」(朝日新聞・同)
 まあ、田中委員長の心底を覗いてみれば、
 「川内原発再稼働がようやくうまくいくところまで来たのに、今さら何を言うか! 火山学者は四の五の言わずに黙って観測を続けていればいいんだ!」といったところか。
 あの悲痛ともいえる「16人の学者たちの陳謝の文章」の気持ちは、いったいどこへ置き忘れてきたのだろう。“変節”というには、あまりに悲しい。

 かすかにあったはずのぼくの期待なんか、まったく虚しいものだった。期待するほうがバカなんだ、と言われれば、はい、その通りでした…と頭を下げるしかないのだが。
 もはや、この国の「原子力規制委員会」なるものは、政府の単なる出先機関に堕した。独立した機関として、政府や電力会社ともきちんと対峙する、という初期の目的など、とんだ砂上の楼閣だった。
 権力に対して、はっきり「NOはNOだ」と物申す人物や機関がなくなれば、その国の民主主義は消えてなくなる……。

 16日、沖縄県知事選の投開票日だ。
 せめてここで、安倍政権に真っ向から異議申し立てを行う知事が誕生することを、ぼくは心から願う。14日から、ぼくは沖縄へ取材に入る。沖縄の人たちの闘いぶりを、この目で確かめてこようと思う。

 ここまで書いてきたら、突然、マスメディアが「解散総選挙」と騒ぎ始めた。政治が、どこかで、誰かに、弄ばれているような気がする…。

 

  

※コメントは承認制です。
5 原子力規制委員会
田中俊一委員長の悲しい変貌
」 に3件のコメント

  1. 高山徹朗 より:

    『田中俊一』の検索から、偶然にも本日(原発再稼働の日に)たどり着きました。 まだ、この記事を読んだだけですが、今後も拝読させて頂きます。  記事にはあまり関係ありませんが、目下の政治的関心事は『にっちもさっちも行かなくなって、またぞろ首相が逃げ出してしまわないか?』です。 あらゆる課題が、そういうレベルまできているように思えてなりません。 しっかり責任を取ってもらわんといかんので、ある意味、最悪なシナリオではありますが・・・。  

  2. 稲垣邦雄 より:

    田中俊一という学者、頭がおかしいとしか見えません、此れで大丈夫なんて初めから有りませんよね、
    これは大変危険な物ですから、考えられる最大の配慮をしましょう、私は其の為に此処に居るのです、
    と言うべき処で、国民は無知だからと誤魔化そう誤魔化そうと苦心しています、あの顔は国民が命を懸けて信用できる顔では有りません、態度も卑怯です、奥さんに聞けば、私も信用していませんと言われるでしょう、
    この人は信用出来ますから安心して下さいと言えば其れはお金の為に嘘を言って居ると思います、

  3. 万賀音公子 より:

    残念なことに、本日もまた玄海原発が原子力規制委員会により新基準?審査で合格したとのニュースがありました。
    こちらの記事は、田中委員長の原発事故対応についての今までの様々な言説からして、さもありなんとの思いです。
    しかも今さらながら多くの情報源から、あの皆が憧れた”アトム”の登場(昭和26年)は当に原発のプロパガンダであったのだとの思いを強くいたしております。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

最新10title : 風塵だより

Featuring Top 10/110 of 風塵だより

マガ9のコンテンツ

カテゴリー