風塵だより

 まあ、多少は有権者の揺り戻しがあったようで、マスメディアが足並みを揃えての巨大活字の大報道「安倍自民党、300議席超えも…」という予測とは、結果は少しだけ違っていた。
 それにしても、ひどい選挙だったと思う。
 史上最低の投票率!
 先週のこのコラムでも書いたように「国民に関心を持たせない」状況を作り出しておいてのドサクサ紛れの解散総選挙。安倍“猫ダマシ”戦術がまんまと功を奏してしまったわけだ。

 それでも、パンドラの箱のいちばん奥に残っていた希望、沖縄での結果が光っている。
 沖縄4選挙区のすべてで、自民党は敗北したのだ。今回の選挙の中では、まさに奇跡的な真珠の輝き。ぼくも、この結果を知った時には、思わず小さなガッツポーズを作った。
 でもねえ……。
よく考えると、ヘンなんだよ、これが。
 確かに沖縄4選挙区すべてで、反自民統一候補が勝利している。自民党候補は、ひとりも当選できなかった。ところが最終結果を見てみると、妙なことに気づく。「落選」したはずの自民4候補が、全員そろって「当選」しているではないか。ンなバカなっ!
 沖縄から合計9人の衆院議員が誕生するという、史上初の結果になった。つまり、辺野古新基地建設反対を訴えた4人の反自民候補が全員勝利したにもかかわらず、結果は、基地建設反対4人と建設賛成4人で同数、というわけの分からないことになってしまったのだ。
 これ、どう考えてもおかしいでしょ!
 沖縄県民の意志は、建設反対派4人に集約されたはず。ところが、賛成派も同数生まれてしまった。そうなれば、姑息な自民党政府のことだから「沖縄県民の意志は、賛成と反対が拮抗している。それが4対4という議員数に表れている」と主張するのは目に見えている。
 「TPP絶対反対 ウソつかない ブレない自民党」というのがたった数年前の自民党の選挙ポスターだった。こんな真っ赤なウソを平気で吐くんだから「沖縄の民意は五分五分だ」なんて、白々しく安倍が言い出したってなんの不思議もない。

 では、なぜこんなおかしな選挙結果になるのか?
 ここに、この選挙制度の根本的な歪みがある。日本で採用されている「小選挙区比例代表並立制」という制度がおかしいのだ。小選挙区制ではすごい数の「死に票」が出る、という批判に対して、泥縄式に作った弥縫策。最初からほころびている。だいたい、いったん落選した人が甦るなんて、どう考えてもおかしいじゃないか。
 もし「死に票」を少なくしようというのなら、現行制度とは逆に、小選挙区を減らして比例を増やすのが筋だろう。比例であれば、得票数に応じて議席が配分されるのだから、「死に票」は劇的に減る。
 なぜか、それを嫌がる。

 なにしろ、日本の選挙制度は、複雑怪奇、言葉を変えれば“デタラメ”なのだ。
 衆院選と参院選では、投票方法がまるで違う、ということをきちんと理解している人は果たしてどれくらいいるだろう?
 衆院選の投票では、比例区は「政党名」を書く。前述したように「小選挙区比例代表並立制」という制度だ。もし間違えて、選挙区の候補者名を書いてしまえば、それは無効票になってしまう。今回の選挙でも、そんな無効票がけっこう出ている。選挙管理委員会の人が選挙区と比例の投票用紙を間違えて渡してしまった…なんてニュースがしきりと報じられていたではないか。選管が間違えるくらい、ヘンな制度だっていうことだ。
 だが、参院の制度はもっとすげえゾ。
 参院選の比例代表制では、各政党から立候補した人の名前を書いても、それが政党への投票に換算される。つまり、個人名が政党名と同じに扱われるのだ。
 ン? よく分からないでしょ?
 だから、有名人を候補者にすれば、その政党は有利になる。つまり、ひとりの有名人が大量得票すれば、その候補が所属している政党の他の候補はほんのわずかの得票でも、タレント票のおかげで当選してしまうという、なんともすさまじい制度なのだ。
 そのため、タレントがやたら出てくる選挙になっちまうのが、この制度の特徴だ。「AKB総選挙」とどう違うの?
 同じ国会議員を選ぶのに、こんな違いを敢えて選択しているということがまずおかしい。有名人を引っ張り出すことに、何の意味がある? きちんと仕事をしているタレント議員って、誰? ほとんどが選挙運動の応援弁士が関の山じゃないか。
 テレビで顔の売れた有名人が、なぜか続々と議員になるのには、こんなカラクリがあったのだ。
 しかも、参議院の選挙区は、衆議院とは違って2~5名の複数選出区と1名のみの選挙区に分かれている。まさに複雑怪奇・意味不明・適当乱雑・権力横暴・制度難解…の典型である。
 ようするに、議員たちが寄ってたかって自分たちに都合のいいように制度をいじくりまわした結果、こんなわけの分からない代物を生み出してしまったということなのだ。

 選挙が終わってすぐ、「選挙無効」が全選挙区で一斉に提訴された。むろん「1票の格差」問題だ。すでに「違憲の目安」とされる2倍の格差が、あちこちで出てきている。ある選挙区のAさんの1票が、他の選挙区のBさんの実は0.5票分の価値しかない、なんてことが起きているのだ。
 何度、最高裁に「現在の選挙制度は違憲状態」と指摘されても、安倍首相は自分に都合がいいもんだから、根本的に定数や制度を是正する気なんかさらさらない。
 いよいよ「選挙無効」の判決が出かねない状況だ。そうなれば選挙のやり直し、選挙そのものの正当性が疑われることになる。
 そういうことになる前に、安倍は危険な戦争準備政策を推し進め、それだけでは足りず「自民党の結党以来の悲願である憲法改正に積極的に取り組みます」などと言い始めている。
 「違憲状態にある議員たちに、そんなことを言い出す資格があるのか」という批判は正当だが、むろん、そんな批判に耳を貸す安倍じゃない。
 「今回の選挙で民意は私にある」と鼻高々。

 しかし、ほんとうに民意は安倍自民党にあるのか?
 今回は、52.66%という史上最低の投票率だった。むしろ、民意は「政治に嫌気がさしている」と見るのが妥当だろう。
 ただし「その投票率の中では自民党が圧勝した」というのは事実だ。実に、それがこの選挙制度のカラクリなのだ。
 もう多くの人が指摘しているから新鮮味はないかもしれないが、こんな計算もある。
 自民党が全国で得た比例得票数は約1765万票、比例区の全投票数は約5334万票だから約33%だ。もし選挙制度が完全比例代表制だったと仮定すれば、自民党の獲得議席数は<議員定数475×33%=156.7議席>ということになる。
 同じように計算していけば、民主党は約85.5議席、維新の党74.5議席、公明党65.0議席、共産党53.6議席…となる。あとは社民党、生活の党、次世代の党…などが分け合う。つまり、きちんと「民意」を反映するならば、自民公明の与党は両党で221.7議席、過半数にも届かない。 
 はっきりいえば、これが「死に票」のない結果なのである。

 多分、こう書けば「負け惜しみを言うな。制度に従った選挙での正当な議席獲得だ。それが民主主義だ」と批判されるだろう。だが、選挙制度が「違憲状態」にあると最高裁に指摘されている状態の中で、その批判は当たらない。どうしても選挙をしたければ、まず選挙制度の抜本的な改革をしてから行うべきだろう。それが「民主主義」ではないか。

 最初に、沖縄の選挙結果に触れて「ヘンだ」と書いた。
 しかしよく考えてみると、ヘンなのは沖縄ではない。この選挙制度そのものがヘンなのだ。
 繰り返すが、投票者がよく理解できないような選挙制度が正しいわけがない。誰もが、正当に、同じ価値を持つ1票を、分かりやすい制度の中で行使できること。まずそれが民主主義の第一歩ではないか。
 一党独裁のような、乱暴な政治を防ぐためにも…。

 最後に付け加えておく。
 ネット上で出回っている恐ろしい映像がある。
 youtu.be/870gENf36U4
 選挙後に、安倍首相が日本テレビに出演した際のもの。村尾キャスターが問いかけると、その問いが気に障ったのか、やおらイヤフォンを外して村尾氏の声を自分に聞こえないようにした上で、滔々と持論を喚き立てた。人の言うことを聞こうという姿勢がまったくない。
 いったんイヤフォンをつけ直したところで、村尾氏がまた質問しようとすると、またも安倍は即座にイヤフォンを外した。その上で「なんだかうるさいね」と吐き捨てたのだ。なんだ、この男は!
 TVに出て、キャスターの問いかけにさえ答えようとしない者が、なんで国民の意見に耳を傾けるだろうか。ぼくはこの映像を観ながら、今更ながらにこの男の独裁的気質に脅えたのだ。
 ほんとうに、ヤバイッ!!

 

  

※コメントは承認制です。
10 ヘンなの!」 に3件のコメント

  1. ピースメーカー より:

    >こんな真っ赤なウソを平気で吐くんだから「沖縄の民意は五分五分だ」なんて、
    >白々しく安倍が言い出したってなんの不思議もない。

    >今回は、52.66%という史上最低の投票率だった。
    >むしろ、民意は「政治に嫌気がさしている」と見るのが妥当だろう。

    でも、沖縄県内の投票率も過去最低52.36%と、全国平均以下の史上最低の投票率なのです。
    http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=94766
    鈴木耕さんの今回の論理では、確かに辺野古移設反対派は圧勝したが、沖縄県民もまた政治に嫌気がさしていて、辺野古移設反対がオール沖縄の民意だとはいえないというような屁理屈を助勢させてしまうのではないでしょうか?
    ところで完全比例代表制が良い様な事をおっしゃていますが、自民+公明+維新+(α<21)で、過半数どころか改憲も可能なのですから、リベラル派にとっては自民党を越える政党をつくることでしか自身の目的を達することはできないのではないでしょうか?
    因みに、沖縄3区は一票の格差問題で提訴されています。
    http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=94967

  2. たかたつ より:

    私も「完全比例代表制」を支持致します。
    ところで、ピースメーカーさんは「完全比例代表制でも、自民+公明+維新+(α<21)で過半数どころか改憲も可能」と仰ってますが、どの様な計算から割り出したのでしょうか。
    私が、党派別当選者数と得票率・得票率の中で「一番比例投票の参考となる」今回の選挙で行われた「比例投票」の数字を使いました、そうすると自民+公明=229人(但し、実際の得票率×議員定数で算出した)となり、過半数にはなりますが、2/3は越えません。
    実際に「完全比例代表制」にするのは、色々難しい問題があると考えますが、基本的に「一人一票」を保障することと考えます。
    もう一つ、今回の選挙で感じたことは、「議員」は何をするために存在しているのか知らない人が居た、と言う事と政治は何のために行うのか知らない議員が居る事を再確認した、と言う事です。

  3. hiroshi より:

    「消費税の10%増税の延期の是非を問う」為に、12月の師走にいきなり行われた、(7条)解散の今回の総選挙、本当に色々考えさせられる事の多かった選挙だった様に思います。
    ・「解散は首相の専権事項だ。」=「首相がいつでも好きなときに衆議院を解散できる」なのか?ー憲法学者の木村草太さんが指摘しています。ニュース・コメンタリ―(2014年11月22日)【間違いだらけの違憲選挙】
    ・「小選挙区比例代表並立制」は民意を反映しているのか?
    ・「1票の格差」問題                    
    等、鈴木耕さんが指摘されている問題。
    他にもこんなことがありました。
    ・自民、文書で「公正に」 TV各局に解散前日要求(東京新聞11/28)
    http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014112802000123.html
    ・秘密保護法:反対の街頭活動「公選法抵触のおそれ」中止に(毎日新聞12/9)
    http://mainichi.jp/select/news/20141209k0000m040125000c.html
    ・「テレビの選挙報道が激減!?メディアにいま何が起きているのか?」(荻上チキSS22・12/11)
    http://www.tbsradio.jp/ss954/2014/12/20141211-1.html
    ・自民党滋賀県連が大阪成蹊学園に送付した文書(全文掲載)(荻上チキSS22・12/12)
    http://www.tbsradio.jp/ss954/2014/12/post-306.html
    公正中立とは?公職選挙法ってどんな法律?等、これってどうなの?と思うことが多々有りました。
    特に、マガ9でも執筆されている想田和弘さんの映画「選挙」「選挙2」でも感じましたが、公職選挙法について何も知らない事を認識させられました。これもマガ9で取り上げて欲しいなーと思いました。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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