風塵だより

 3月11日、あれから4年目の3月11日がやって来た…。
 あの日あの時、あなたはどこで何をしていただろうか? 

 ぼくは自宅2階の小さな仕事部屋で、原稿を書いていた。ものすごい揺れだった。一瞬の呆然ののち、思わず中腰で立ち上がったが、すぐに机の角につかまって固まってしまった。
 それでも揺れはおさまらない。ぼくは机の下に潜り込もうとした。
 でもなぜか「こりゃカッコ悪いな」と思って潜り込むのをやめた。いま考えれば、誰もいない部屋、誰も見ていない。カッコ悪いも何もないのだけれど、なぜかそう思ってしまったのだった。
 人間なんて、いざという時になったら、まともな思考をすることなどできないのだ、と後になってしみじみ思ったな。

 それからしばらく、ぼくは大慌て。カミさんは出かけていて留守。カミさんは当時、携帯を持っていなかったので連絡のとりようがない。だいたい、どこへ出かけているのか、ぼくは知らなかったんだ。ただ「じゃ、ちょっと出かけてくるね」と言って出て行ったのだ。自転車がなかったから、そんなに遠出ではなさそうだ。
 義母(カミさんの母、当時90歳)が近所のマンションでひとり暮らしをしていた。電話をしてみた。応答がない。揺れがおさまったのを見計らって義母宅へ行ってみた。ベルを鳴らしてもドアを叩いても返事がない。
 管理人さんに聞いてみたが、出かけたのは知っているが行き先は聞いていないという。
 義母がデイサービスに出かけていたと分かったのは、数時間後だった。とりあえず、無事。カミさんもやがて帰って来て、ホッ!

 ところが、これからが心配。
 我がふるさとは秋田。テレビの速報では、東北地方ほぼ全域が大災害だという。実家へ電話してみたが、まったくつながらない。弟一家は仙台市に住んでいる。こちらもまったく連絡取れず。
 テレビニュースは、刻々と巨大災害の惨状を伝え始めた。動悸が激しい。しかし、どうしようもない。
 娘がふたりいる。ひとりは都内。次女は名古屋。まあ、名古屋はそれほど心配ないとしても、都心に勤務していた長女はちょっと気がかり。それでも、夕刻になんとか知らせがあって、無事に自宅マンションまで辿り着いたというのでひと安心。
 夜遅くになって、秋田の実家とは電話がつながった。こちらは姉の家族だが、とりあえず大きな被害はなかったという。仙台の弟と連絡できたのは、翌12日の夕方。家族は無事だが、電気水道ガスというライフラインはすべて途絶。かなり難渋しているとのことだった。しかし、携帯電話はすぐに途切れ、詳しいとは分からなかった。でも、無事が確認できただけでも…。
 まあ、これがあの時のぼくの状況。

 ぼくは、この3・11の少し前から「ツイッター」を始めていた。ぼくはまったくの「IT音痴」なのだが、仲間がセッティングしてくれたので、ちょっとしたメモやスケジュール覚書みたいに、これを使い始めていたところだった。日記をつける習慣のない僕にとっての、日記代わりという意味もあった。
 これが意外に役立った。さまざまな情報(むろん玉石混淆だったけれど)を収集するのに、とても便利だったのだ。
 そのころに僕が書いたツイートは、いま読み返すとほんとうに生々しい。自分の文章ながら、背筋が粟立ちそうな恐怖感を伴って迫って来る。
 たとえば、3月11日、当日のつぶやき。

 六ヶ所村で、何かが起こっているらしい。六ヶ所村の情報が知りたい。六ヶ所村の再処理施設では「避難命令が出た」と言って、電話が切れたという。(略)

 福島第一原発に、原子力緊急事態宣言。事態は、ほんとうのところどうなのか? まだ避難命令は出ていないようだが、遅れてはならない。

 ついに、原発周辺2キロの住民に避難命令が出た! 不安が増す。政府はもっと詳しい情報を開示すべきだ…

 そうとうにアセっている。
 最初はむしろ、原発そのものより、六ヶ所村の核施設に不安を感じていた。六ヶ所村には核施設が集中しているし、危険な核廃棄物が集積されていて、なおかつ地形的にもかなり津波には弱いのではないか、とぼくが考えていたことによる。
 だが、すぐさま福島第一原発への不安が増していく。そして、その不安は残念ながら的中することになる。
 ぼくは、翌12日に、こう書いていた。

 浜岡原発の即時停止を!
 日本でもっとも危険な地域にあると言われている静岡県の浜岡原発。今回の福島事故をいち早く教訓に取り入れるべき。まず浜岡の、即時停止を!

 「退避勧告」ではない。「避難指示」だ。これは勧告よりも一段強い表現。事態はそれだけ深刻だということ。いまだに福島第一原発周辺住民の避難は60~80%程度。容器内の圧力は上昇中。放射線量が強すぎて、人力での圧力弁開放は難航。とにかく、一刻も早い住民の避難を。僕の悲鳴だ。

 福島原発周辺から、ついにセシウム検出。米軍でも自衛隊でも、何でも使え。そして、住民の避難を!

 もうほとんど悲鳴のような文章だ。しかしそれでもなお、ここ(東京)は大丈夫だろう…というようなかすかな楽観も見え隠れする。
 だが、時間の経過とともに、ぼくのつぶやきは悲観の色を濃くしていく。3月14日には、はっきりと「メルトダウン」に触れている。さまざまな情報から判断した結果だ。

 2号炉の燃料棒がすべて露出。メルトダウンが始まった。もっとも危機的な状況だ。背筋が粟立つ。ポンプの燃料切れ?

 信じられない、この東京電力という会社。空焚きの原子炉、放射性物質が大量に放出される。また悪夢にうなされる夜。眠りたくない。だが、起きていたくない。ニュースを見たくない。だが、見ないではいられない。

 切ないのは、現場で必死に海水注入に頑張っている作業員たち。東京電力の“お偉いさん”たちの犠牲。

 米空母ロナルド・レーガンが、震災地沖から離脱。放射能汚染を避けたという。それほど、汚染は広がっている。少なくともアメリカ側はそう判断している、ということ。
 
 「不安を煽るな」が「正確な情報でも危ないものは伏せろ」ということと同じではいけない。いま、そうなっていないか?

 そして、15日のツイッターでは、とうとうぼくはこう書いていた。

 原発さえなければ、政府もボランティアももっとストレートに救援活動に入れたはず。放射能汚染のために、救援組織が原発周辺の被災地になかなか入れない。それだけ救援が遅れる。原発のために、失われなくていい人命がどれほど失われたか。
 無神論者の僕が、祈る…

 もはや“神頼み”しかないのか。ぼくは、ほんとうに祈る気持ちで事故の収束を願っていた。
 これらのツイッター上の文章と「マガジン9コラム・時々お散歩日記」に書いたものとを併せて、2011年7月に発行したのが『反原発日記』(マガジン9ブックレット)だった。
 ぼくはこのブックレットにも、祈りを込めた。
 「原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日~5月11日」という長いサブタイトルにそれが表れている。たった2カ月間の記録だけれど、原発事故に激しく揺さぶられた一個人の「日記」である。
 このたび、この本を電子出版することにした。「マガジン9」のスタッフの尽力で、なんとか体裁を整え、出版にこぎつけた。よろしかったら、読んでください。
 研究者でもジャーナリストでも関係者でもないほんとうの素人、一個人の記録だけれど、ぼくはどうしても残しておきたいと願ったのだ。あの日の恐怖、そして原発事故を絶対に忘れてはならない、と思うからだ。

 4年が過ぎた。
 安倍首相は、いまも「アンダーコントロール」「完全にブロック」という世界的で巨大なウソを、撤回はおろか訂正すらしようとしない。最近の東電の汚染水漏れの情報隠しが発覚してもなお、菅官房長官は「汚染水は原発港湾内で完全にブロックされている」と白々しく繰り返している。
 東電の情報隠蔽の体質は変わらないし、安倍政権の虚偽発表の姿勢もまたそのままだ。

 ドイツのメルケル首相がやって来た。そのメルケル氏は、原発について次のように述べた(朝日新聞3月9日付)。

 メルケル氏は訪日直前に発表したビデオ声明で、4年前の福島第一原発事故を振り返ってこう語った。
 当時、事故の映像を見たメルケル氏は、それまでは「稼働延長」することにしていた原発の停止を即断し、2020年までの原発全廃にも踏み込んだ。(略)
 「福島の経験から言えるのは、安全が最優先だということ」と断言。脱原発や再生可能エネルギーの重要性を強調し、「日本も共にこの道を進むべきだと信じる」とも述べた。(略)

 事故の当事国である日本の安倍首相は「原発再稼働」へ突っ走り、遠いヨーロッパで事故の映像を見たメルケル首相が「原発全廃」へ舵を切った。どちらが正確に事故を把握しているか、一目瞭然ではないか。

 安倍首相は、メルケル氏との会談では原発事故に関しては、まったく触れなかったという…。
 安倍政権が続くなら、この国は危ない…と言うしかない。

 

  

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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