風塵だより

 気の滅入ることが多い。それはぼくだけではなく、かなり世の中に蔓延している気分のようだ。新聞を読んでもTVニュースを見ていても、落ち込むことばかり。不安な出来事、不穏な空気…。

 参院選の結果は「3分の2って何?」シンドローム(症候群)。
 なんだか、わけの分からない奇妙な結末。
 野党は懸命に「改憲勢力の3分の2阻止」を訴えたが、それはほとんど有権者には浸透しなかったようだ。選挙後の各マスメディアの調査によれば、6~7割の人が「3分の2」の意味を知らなかったという。
 イギリスでのEU離脱国民投票の直後に「EUって何?」という検索がネット上で2位だった、という事実に似ているという指摘もある。まさに「EUって何?」シンドロームである。
 同じように、もしも「憲法“改正”国民投票」が実施された場合、その結果が出た後で「憲法改正って何?」シンドロームが現れるかもしれない。

 しかし、きちんと伝えようとしないマスメディアの責任も大きい。作家の中島京子さんの意見に、ぼくは心から共感した。毎日新聞(7月17日)のコラム「時代の風」で、「改憲3分の2議席の意味」「メディアの責務自覚を」と題して、以下のように書いている。

 参院選後の各テレビ局の特番を見て、ほんとうに腹が立った。選挙がすべて終わったとたんに、どんな候補が出ていて、どんなふうに選挙戦を戦ったかを見せるって、どういうこと? みんな思ったはずだ。「そういうことは、選挙中にやって」って。それがメディアの仕事であり、責任だろう。公示日から投票日まで、テレビは参院選をほとんど報道しなかった。13日の本紙の報道では、3年前と比べて3割も少なかったとか。
 「改憲の発議が可能になる3分の2議席」についても、テレビはきちんと知らせなかった。ものすごくだいじなことだったのに。選挙が終わると、改憲だの国民投票だのと言い始めたけれど、また東京都知事選や天皇陛下の生前退位の話題で、早くも改憲は隠され始めている。
 麻生太郎財務相は、3年前に言った。「ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。あの手口を学んだらどうか」
 麻生さんの真意は(明白だと思うけれど)擱(お)くとしても、「憲法がいつの間にか変わっていた」という事態は、あってはならない。ましてや、国民投票で決めるものである以上、国民一人一人が、十分な知識を得るべきなのだし、メディアは全力で、周知徹底を図らなければならない。(略)

 中島さんの言うように、日本のマスメディア状況は悲惨だ。特にテレビは惨憺たるありさまだ。安倍政権(自民党)からの圧力に押し潰されて縮みあがり、政権批判につながるような発言や不都合な事実については、ほとんど幼稚園の標語「お口はチャック、手はおひざ」状態だ。
 参院選で「改憲」が争点になれば「自民党 憲法改正草案」の時代錯誤、明治憲法すら及ばないような人権無視、自由制限、軍国主義的な内容が論議されることになる。安倍政権にとっては不安材料だ。だから、憲法問題を争点にすることを徹底的に避け、テレビはそれに追随した。
 あの高市早苗総務相の「電波停止」発言に、すっかり震え上がったテレビ局。民主党政権時代には11位だった「報道の自由度」は、安倍政権になって72位にまで急落(国際NPO「国境なき記者団」発表)。それでもテレビ各局は、抵抗の気配すら見せない。もうじき、ネット右翼各位が嘲笑してやまない北朝鮮と「報道の自由度」では肩を並べかねない。
 「ナチス発言」など、かつてなら大臣はおろか議員辞職に追い込まれても不思議はないほどの大失言なのだが、なぜかマスメディアの追及はほとんどなかった。相変わらず、そっくり返って尊大な物言いの麻生氏は、悠々と生き残っている(それにしても麻生氏、会見でなぜあんなに偉そうなのだろう。頭を斜め上方に傾けてのべらんめえ調、ぼくは苦手だ)。

 反省などしないテレビは、すぐに次のネタに舌なめずり。「東京都知事選」である。微に入り細にわたって3人の有力候補者の動向を伝える。それならなぜ、参院選では同じことをやらなかったのか不思議だ。むろん、安倍政権に不利なことは伝えにくいという忖度・自粛があったことは疑いない。
 都知事選に関しては、安倍首相はほとんどタッチしない。それどころか、選挙戦の真っ最中に、なんと「夏休み」をとってゴルフ三昧。まあ、増田氏が勝てばそれでよし。小池氏が勝っても「彼女は自民党員ですから」で済ませちゃおうという腹らしい。どっちに転んでも損はない。鳥越氏に勝たせなければそれでいい。小池氏を、自民党がいまだに除名処分しない裏には、そんな思惑があるのだというのが、知人の記者の解説。

 公示日直前に立候補表明した鳥越俊太郎氏に対しては、かなりの批判が浴びせられている。ことに、最初の立候補者討論での鳥越氏の第1の公約が「がん検診100%実施」というのには、批判が殺到。さすがに、見ていたぼくも「えっ? それかい?」とのけぞった。「もっと大事なことがあるはずだ」との批判は、その通りだと思う。だけど、と考えた。
 実は、個人的なことになるけれど、言ってしまおう。ぼくの周囲はいま、まるで「がんの巣」だ。がんを含め難病を抱える近しい親族、家族の親類、親しい友人…。数え上げるには片手の指じゃ足りない。いちばん元気なのは、義母95歳(苦笑)。
 そんなわけだから、鳥越氏が4度の手術をくぐり抜けてきたと聞けば、なるほど、自身の経験から出た公約か…とほんの少しだが理解できる。
 日本人の死因の第1位はがんだ。しかも、これは毎年増え続けている。昨年は一昨年より10万人以上増えて、98万人を超えたという。2016年にはがん罹患者は101万人を超えると予想されている。そういう状況の中で、鳥越氏が都民(国民)にとっての切実な問題として「がん対策」をあげたのも、まあ、分からなくはない、と思えてきたのだ。

 鳥越氏の出馬と宇都宮健児氏の出馬取り消しに関して、そうとうの軋轢があったことは想像に難くない。民主的な選定ではない、著名人ならだれでもいいのか、政治的思惑に左右された、政党の都合だ…と、いまもなお多くの意見が飛び交っている。
 ぼくは、宇都宮氏とは、小出裕章さんや木内みどりさんなどと一緒に食事をしたこともあるし、前の都知事選ではHP制作のお手伝いもした。だから、宇都宮氏の政策や人柄の良さについては、それなりによく知っているつもりだ。それらを分かった上で、ぼくはやはり、鳥越氏を支持しようと思う。鳥越氏は「参院選の結果を見て、このままではいけない。安倍政権の危険な方向に日本を引き込んではいけない。そういう思いで出馬を決意した」と述べた。ぼくは賛同する。
 その意志は、多分、宇都宮氏も共有するだろう。
 東京は日本の首都であり、世界有数の大都市である。その都市の代表者が、安倍政権の目指す国家の方向に待ったをかけられるとすれば、それは、国会議員数百人の力にも匹敵するのではないか。
 ぼくは何度か書いた。とにかく勝つためには力を合わせなければならない、そのためにはどうあっても統一候補が必要だ、話し合ってどちらかに一本化できるなら、ぼくはその人を応援する…と。

 小池百合子氏が、根っからの改憲論者であり、日本会議の有力なメンバーであり、軍備拡張論者であり、極右団体と親密な関係にあり、ナショナリズムを煽ってきた人物であることは、周知の事実だ。
 また、増田寛也氏は官僚出身、岩手県知事時代に多くの失政のツケを残した人物であり、舛添氏で問題になった飛行機ファーストクラスの愛用者であり、新自由主義者であり、東京電力社外重役として原発推進に尽力してきた人物であることも周知だ。
 こんな人たちが都知事になったとして、今までと東京のいったいどこが変わるのか。
 東京都を「非核平和宣言都市」とし、再生可能エネルギーの先進都市とし、憲法遵守都市とし、平和都市外交の推進役となることだけでも、これまでの東京都から脱皮できると思う。
 だからぼくは、今回の東京都知事選では、鳥越俊太郎氏を支持する。

 不安は蔓延しているが、日本だけじゃない。世界中、不穏な空気に包まれている。
 バングラデシュのテロでは日本人もたくさん犠牲になった。「日本人だ、撃つな!」との叫びは、むしろ逆効果だったようだ。これまで「日本は平和の国」とのイメージで、日本人への親近感が強かった国々でも、いまや日本人だから狙われる…という状況が生まれてしまった。
 それは多分に、安倍首相の外交政策に起因していると、ぼくなどは思うのだが、そう書くと「なんでも安倍首相のせいにするバカな左翼の論法」などと、たちまち批判や罵倒のつぶてが飛んでくる。しかし、安倍首相の中東外交のツケが回ってきているというのは、多くの専門家やジャーナリストたちが指摘していることだ。

 フランスのニースでは、大型トラック(レンタカーだった)による大量殺戮。ある情報によれば「トラックはまるで波打つように上下動しながら走っていった」という。つまり、人間の体の上を疾走していったことによって、車体が上下したということ。その通過した跡には死屍累々。
 こんな凄惨な殺戮を、たったひとりの人間が、レンタカーという誰にでもできる安直な方法で実施したということに背筋が凍る。銃もいらなければ爆発物も必要ない。免許証があって車を借りられれば、この日本でだって、いつでも可能なのだ。
 世の中への恨み、個人的怨恨、他人を道連れの自殺願望…。格差社会はそんな気分を増幅させる。なぜオレがこんな不幸で、アイツラだけが幸せそうに…という殺意。
 生きる望みを見失った若者だけではなく、もう年金さえあてにできなくなった高齢者の最期の死に花。免許証さえあれば…。

 トルコではクーデター未遂。エルドアン大統領の強圧的政治への不満も背景にあったという。反乱軍は制圧されたが、不満のもとが解消されたわけではない。むしろ、反大統領派の一掃という政治的混乱が早くも始まっている。数千人の反大統領派が拘束されたとの報道もある。エルドアン独裁体制が、ますます強まるかもしれない。
 こんな政情不安のトルコへの原発輸出も、安倍首相のアベノミクスの矢の1本である。それがまた、不安の種をまき散らす可能性だってある。
 〈クーデターの 国へ 原発 売る日本〉
 という冗句が真実味を帯びる。

 アメリカ大統領選挙、一時は、サンダース候補のヒラリー・クリントン候補支持宣言により、トランプ候補に10ポイントもの差をつけたと言われたクリントン候補だが、ここにきてまた差は縮まり、ほとんど並んだと伝えられている。あの、愛国心を煽り、人種差別を平気で口にし、日本にも核武装せよなどと迫るトランプ氏が、世界の警察を率いる事態を想像すると、またも背筋に冷や汗が滴る。
 トランプ氏に呼応するように、軍備増強・核武装を声高に叫ぶ日本の右派政治家もすでに現れている。

 国会の「3分の2」の議席を得て「我が世の春」を謳歌する安倍首相に一矢報いるためにも、この都知事選は大切だと思う。

 

  

※コメントは承認制です。
83 不安と不穏の気分、「憲法改正って何?」シンドローム…」 に3件のコメント

  1. 島 憲治 より:

    (その1)
    > 選挙後の各マスメディアの調査によれば、6~7割の人が「3分の2」の意味を知らなかったという。安倍政治を下支えする人達だろう。これでは憲法講演の内容を変えなければならない。
    >参院選で「改憲」争点になれば・・・安倍政権にとっては不安材料だ。だから、憲法問題を争点にすることを徹底的に避け、テレビはそれに追随した。
    国民から離れた報道は報道ではない。広報という。民主主義の崩壊に手を貸すようなことがあっては歴史の検証に晒されることになるだろう。各人の個を鍛え、社の組織を鍛えて欲しい。
     麻生氏のそっくり返って尊大な物言いは、国会がとても居心地が良い場所なのだろう。子ども達に道徳を語る前にまず隣人へ道徳を語って欲しいものだ。

  2. 島 憲治 より:

    ( その2)
    小池百合子氏都知事選で、「立った一人の厳しい戦い。茨の道。大組織を相手に個人・女一人の戦いです」と強調されているという。
     手続きを経た結果、女、一人、の戦いになったわけではない。それを、女と一人を強調、自らをあたかも被害者のように装い、有権者の同情を誘う手法は見苦しく、汚い。彼女の人間性が満面なく出ているではないか。そこには真摯な態度、清廉性のひとかけらも感じさせない。        >世の中への恨み、個人的怨恨、他人を道連れの自殺願望…。格差社会はそんな気分を増幅させる。なぜオレがこんな不幸で、アイツラだけが幸せそうに…という殺意。    テロの萌芽はここにあるのでは。夢も希望も持てない人間が蔓延しているとすれば社会の危険は予想以上だ。だから、学校では絶対に落ちこぼれを出してはならないのだ。

  3. 島 憲治 より:

     選挙後の各マスメディアの調査によれば、6~7割の人が「3分の2」の意味を知らなかったという。「憲法改正って何?」現実味を帯びてきた。「マガジン9」の読者を増やし、どうかこの現状を打破したいものだ。         そこで、前回同様の「リーフレット」を増刷、有料で配布できないものだろうか。経費節減のおりがら、紙質は前回ほど立派なものでなくても良いのでは。           街頭でリーフレットを配布していた時ことです。女子大生が、「マガジンね。だったら貰うわ」。この言葉が忘れられない。                                                   

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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