伊藤真のけんぽう手習い塾

自衛隊のイラク、アフガニスタン派遣で生じる
法的な問題

 前回、日米安保条約に基づく地位協定の不平等性について、基地問題と関連させて指摘しました。もともと、地位協定は駐留軍の兵士などを駐留側の国が駐留される側の国から守るためのものです。ですから、一方的なものになり、不平等なものになりがちです。
 横浜弁護士会主宰のシンポジウムでは、沖縄の新垣弁護士から、自衛隊がイラクに派遣されているが、この自衛隊のイラクでの法的地位を明確にするための地位協定も必要となることの指摘がありました。
 東京外国語大学の伊勢崎賢治教授も、自衛隊がアフガニスタン本土へ派遣されることになったら、自衛隊員をアフガニスタンによる身体拘束や刑事手続きから保護する地位協定が必要となるはずだが、そうした根本的な問題が日本で議論されないことに疑問を投げかけられています。
 協議されているアフガニスタンへの自衛隊派遣では、NATO指揮下のISAF(国際治安支援部隊)に参加することになるわけですが、どのような形での参加が憲法上許されるのか、そのこと自体がまず問題となります。仮に非軍事面における支援であり、許されるとしても、現在、ISAFとアフガニスタンとの間で結ばれている軍事業務協定(地位協定のようなもの)を日本の自衛隊員にも適用するのかどうか。
 教授は、アフガニスタンで活動するISAF兵士が、重大な人権侵害事件を起こした場合であっても、国際刑事裁判所への送致自体をも免責する規定を含んでいる協定を自衛隊員に適用するのはおかしくないか。日本は2007年10月に国際刑事裁判所ローマ規定の加盟国になったのだから、このことと矛盾しないかを指摘されています。
 イラクにおける自衛隊員の地位も、アフガニスタンにおける地位もそうですが、こうした重要問題が国会で十分な議論なく決められてしまうことはとても大きな問題です。今回は、そもそも、地位協定のような条約を締結するに際して、国会の承認が必要なのかどうかを検討したいと思います。

条約締結に関する憲法の規定

 憲法は、条約に関する規定をいくつか持っていますが、重要なものは、次の2つです。
 「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」(98条2項)
 「内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。 ・・・②外国関係を処理すること。③条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。」(73条2号、3号)
 条約とは、文書による国家間の合意をいい、条約、協約、協定、宣言、憲章、議定書、規約、覚え書き、声明など名称は問いません。98条2項の条約は、あらゆる条約を含むのですが、すべての条約について73条3号但書で国会の承認が必要なわけではありません。
 条約の締結は内閣の権能ですが、条約はその内容によっては国民生活に重大な影響を与えますから、これに国会による承認が必要であるとして民主的コントロールを及ぼしたのです。こう考えると国会による民主的コントロールを及ぼすべき条約とそれが不要な条約が存在することになります。

国会承認の必要、不必要について

 どのような条約は国会の承認が不要となるのか、必ずしも明確ではありません。この点、1973年に日米原子力協定に基づく交換公文が国会の承認を経なかったことに起因して、議論が起こり、1974年2月20日に国会承認が必要な条約に関して大平外相が答弁をしたものが政府の統一見解となっています。
 それによると、次の3つのカテゴリーの条約が国会の承認が必要な条約ということです。
1.いわゆる法律事項を含む国際約束
たとえば、租税に関する条約のように当該国際約束の締結によって、憲法上、新たな立法措置が必要となるようなものです。国内法の整備が必要なため、予め国会の承認を得ておくべきだというわけです。国際人権規約のように国民の権利義務に関係するような国会の法律事項にかかわる条約もこれにあたります。
2.いわゆる財政条項を含む国際約束
すでに予算や法律で定められている以上に財政支出義務を負う国際約束の締結は、国会の承認が必要となります。経済協力に関する条約などです。憲法85条に「国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。」と規定されているからです。
3.我が国と相手国との間あるいは国家間
一般の基本的な関係を法的に規定するという意味において政治的に重要な国際約束で、発効のために批准が要件とされているもの。たとえば、日韓基本関係条約、日中平和友好条約などです。
 実際には国会の承認を必要としない条約がかなり存在し、とくに二国間条約の場合は、国会の承認を必要としないものが圧倒的に多いようです。これらの条約締結は73条2号に基づき、内閣の専権事項とされており、行政協定(行政取極)と呼ばれています。
 この問題は、憲法が条約について国会の承認を必要とした趣旨から考えていかなければなりません。条約に対する民主的コントロールという趣旨から考えると、次の条件を満たすものは、既に民主的コントロールが及んでいるため、あらためて条約に対する国会の承認という形での民主的統制は不要ということになります。
1.すでに国会の承認を経た条約の範囲内で実施しうる国際約束
2.すでに国会の議決を経た予算の範囲内で実施しうる国際約束
3.国内法の範囲内で実施しうる国際約束
 つまり、すでに国会による民主的コントロールが及んでいる、条約、予算、法律の下に位置づけられ、その範囲で運用されるにすぎない条約であれば、あらためて国会の承認は不要というわけです。
 ならば、イラクやアフガニスタンにおける自衛隊員の権利義務を規律することになる地位協定はどうでしょうか。自衛隊員をイラクに派遣する根拠法であるイラク復興支援特別措置法は、派遣される自衛隊員の特別手当や武器使用などについては規定がありますが、自衛隊員をイラク法からどう守るかについての規定はありません。
 自衛隊員の人権に関わる重大な内容をもった地位協定は、国会の承認という民主的コントロールを受けるべきものと考えます。ましてや、国際刑事裁判所ローマ規定の批准に際しては国会が承認しているのですから、これと矛盾する内容の行政協定が国会の承認なしに許されるはずがありません。
 イラクおよびアフガニスタンにおける地位協定は、自衛隊員の権利義務に関わる重大な内容をもつ条約であること、民主的コントロールがすでに及んでいるとはいえないこと、国際刑事裁判所ローマ規定との整合性をはかる必要があること、の3点から、国会の承認が必要な条約であると考えるべきです。
 イラク、アフガニスタンへの自衛隊派遣の違憲性それ自体をまず多いに議論しなければなりませんが、それと共に、こうした地位協定への国会の承認を通じて、国民がこの問題について主体的に考え、意見を述べる機会を得てこそ民主主義国家といえるはずです。

 

  

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伊藤真

伊藤真(いとう まこと): 伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長。1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。95年「伊藤真の司法試験塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。著書に『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『憲法の力』(集英社新書)、『なりたくない人のための裁判員入門』(幻冬舎新書)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)など多数。近著に『憲法の知恵ブクロ』(新日本出版社)がある。

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