鈴木邦男の愛国問答

 8月15日(金)、靖国神社に行った。騒々しかった。閉口した。戦争で亡くなった人々を静かに慰霊する、といった雰囲気ではない。これでは、戦争で亡くなった人がかわいそうではないか。そうも思った。
 「右傾化の時代」と言われるせいか、人は多い。去年よりも更に多い。地下鉄九段下駅を降りて、靖国神社まで普段は5分もかからないのに、この日は30分以上もかかる。人、人、人で身動きができない。それに、道の両側に、ビッチリと「店」が並んでいる。店といっても食べ物やみやげ物を売ってる店ではない。いわば、「思想」を売っている店だ。いや、自分たちの「主張」を売っている店だ。「中国・韓国は許せない。10倍返しだ!」「歴史教科書はおかしい。変えろ!」「全ては憲法のせいだ! 改正しよう! 署名をお願いします」…と。
 それでなくとも道は狭いし、人が多いのに、両側から叫ばれ、署名を求められる。大きなパネルも並べられている。皆、自分たちの主張を大声で言う。絶叫している。毎年、見慣れた光景だが、今年は特に多いし、特に騒々しい。やっとの思いで、信号のところまで来た。信号を渡ると靖国神社の大鳥居だ。その時、ギョッとする光景に出会った。女性が声を張り上げて、朝日新聞を攻撃していた。慰安婦問題で嘘ばかり書いている朝日は廃刊にすべきだ、と。「朝日は、そんなに日本が憎いのですか!」と。
 まあ、言論・思想の自由だから何を言ってもいいだろう。でも、「南京大虐殺はなかった」「従軍慰安婦はなかった」…と、エスカレートする。「戦争中に虐殺したり、レイプしたりする兵隊は1人もいなかった。ましてや慰安所などなかった」。そして、こう言ったのだ、「日本兵は世界で一番、道徳的な兵隊です!」。
 エッ、そこまで言うのかよ、と思った。そのうち、「戦争で1人も殺さなかった」「1発の弾も撃たなかった」と言うんじゃないか、とまで思った。「戦争もやってない。嘘だ!」とも言いかねない。まさか、そこまでは言わないだろうが、「日本兵は世界で一番道徳的な兵隊です!」の叫びは、ずっと耳に残っていた。でも、愚かだ、歴史を知らない、と切り捨てる気にはなれなかった。だって昔は、僕もそう思っていたからだ。
 右翼学生だった頃だから、45年以上も前だ。純粋な愛国学生だった。日本の兵隊たちは皆、愛国心で戦った、倫理的、道徳的な兵隊だと思っていた。「神兵」だと思っていた。それなのに南京大虐殺や従軍慰安婦などと左翼は騒いでいる。左翼マスコミも騒いでいる。こいつらは許せないと思った。国の為に戦った人たちがそんなことをするはずがない。英霊を冒涜する奴らは許せない、と思っていた。左翼が強かったからこそ、僕らは反撥して、かえって日本の兵隊を理想化したのかもしれない。
 学生時代の、そんな体験だけで終わったら、今でも「神兵説」を信じていたかもしれない。観念の中だけで、「日本兵には悪いことをした人は1人もいない」「世界一道徳心の高い兵隊だった」と信じていたかもしれない。あるいは、その方が幸せだったのかもしれない。
 学生時代は、右翼といってもアマチュアだ。卒業したら終わるという人が多い。でも僕は、その後本物の右翼の世界に入り、そして40年以上運動をやった。ちょっと長すぎたとは思うが、学んだことは多い。純粋に国を愛し、この国をよくしようと思ってる人が多い。でも、サラリーマンをやってその余暇に運動をやるだけではダメだ。朝から晩まで、毎日、運動をしたい。でも働いて金を得る時間はない。だから、カンパを求める。少しは強引に。時には法律にふれるような方法でカンパを求める。それも仕方ない、日本を救う為だから、と思う。俺たちは国のために命をかけてるのに、一般のサラリーマンは国のことを考えず、自分のことしか考えない。だから、こんな連中から金をとっても当然だ。…と考える人も出る。運動に熱中すればするほど、そういう極論に走りがちだ。
 僕らとは対極にいた赤軍派の人たちは、「資金獲得」の為に銀行・郵便局強盗をやった。「これは元々、人民の金だ。我々は人民の為に革命をやるんだ。だから、ここの金は自分たちの金だ」。そう思ったらしい。いや、そう自分に信じ込ませて、この資金奪取をやったようだ。真面目だし、私心はない。でも、強盗は強盗だ。
 愛や善意や正義感からも人は、思いつめて罪を犯すことがあるんだ、と思った。「そうか、日本兵だって同じことはあっただろう」と思った。「世界一道徳的な兵隊」だといっても、これと同じことはあっただろうと思った。人間なんだし、「神兵」で最後まで通すことは難しい。
 大鳥居をくぐって、靖国神社に入ると、広々としていた。しかし、奇妙なことに気がついた。やたらと「軍人」が多い。本物の軍人ではない。軍人の格好をした人たちだ。珍しがって見に来る人たちと記念撮影をしている。又、大きな輪を作って、皆で軍歌をうたっている。その時、ザックザックと玉砂利を踏む音がする。20人ほどの軍人が銃を持って行進している。沿道の人々は群がって写真を撮っている。外国のカメラマンもいる。これが外国に紹介されたら、「又、日本は戦争をしようとしている」と思われるのだろう。「8月15日だけの光景」なのだろうが、外国の人達はそうは思わない。日本では改憲の動きがあるし、集団的自衛権もあるし、ヘイトスピーチデモもある。〈一連の流れ〉と思われるだろう。又、書店に行くと、反韓・反中の排外的な本ばかりが並んでいる。どんどん誤解される。「いや、誤解されてもいい。これが愛国心だ」と居直る人々も多い。「にわか愛国者」が急増し、冷静な議論が成り立たない。
 夜、ロフトプラスワンに行った。毎年8月15日は、高須基仁さんが中心になって「終戦を考えるトーク」をやっている。反戦派・護憲派の人をゲストに、「戦争よりは平和だ」と訴えている。でも、最近は勢いがない。左翼、反戦派・護憲派はもう絶滅危惧種なのかもしれない。「国のためなら戦え!」「中国・韓国なんか、やっちまえ!」という発言の方が目立つ。戦争体験者もいなくなるし、証言する人もいなくなる。反対に、体験したことがないのに、観念だけで「戦争はカッコいい!」「戦え!」と絶叫する人々ばかりが増えてきた。劣勢だけど、頑張りましょう、マガ9も!

 

  

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第157回 8月15日、靖国神社の光景」 に7件のコメント

  1. magazine9 より:

    「一つも悪いことはしていない」と言い張ることだけが「国を愛する」ことなのか。過去のあやまちも含めて受け止め、だからこそそれを繰り返さないための努力をすることこそが本当の「愛」なんじゃないんだろうか。鈴木さんが靖国神社で出会った女性のような言説を耳にするたび、そうした疑問が浮かびます。軍服を身にまとった「コスプレ」にいたっては、飢えに苦しみ、けっして「カッコいい」わけでもない状況で命を落としていった人たちへの、冒涜とさえ思えてくることも。
    こんな状況だからこそ、声をあげていくことをやめるわけにはいかない。はい、頑張ります、マガ9も!

  2. 鈴木さん、その昔、松岡正剛さんの「遊」に載った、靖国神社の大鳥居をバックにした写真、滅茶苦茶ヤバそうでカッコ良かったのにー!

  3. 多賀恭一 より:

    正しい行いはカッコ悪い。
    間違った行動はカッコいい。
    古い人類の感性は本質的に間違っている。
    ああ、
    だから古い人類の大量タヒと引き換えに、新しい人類が台頭してくるのか。

  4. ピースメーカー より:

    >劣勢だけど、頑張りましょう、マガ9も!

    閑話休題。
    『ROYAL PIRATES、アイス・バケツ・チャレンジで日中韓の首脳を指名“北東アジアの平和を祈願”』
    というニュースが報道された。 
    http://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=2001939
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140822-00000144-nksports-ent
    彼らのアピールの優れているところは三つ。
    一つは、フェアなこと。
    もう一つは、聞き手の恐怖心に訴えるようなところが0なこと。
    最後は、シンプルにユーモア100%で勝負しているところ。
    だから、この記事のヤフコメを読んでみても、肯定と否定は半々だが、殺伐な批判が書き込まれていない。
    真のユーモアに、憎悪は太刀打ちできないのだ。

    ところで、マガジン9は10年以上も「平和」の為に頑張り続けたことについては、私もよく知っている。
    しかし、その10年以上の頑張りの中に足りなかったのは、ROYAL PIRATESのやったようなセンスなのだと私は考える。

  5. KR より:

    子供の頃、上野の地下道や山手線の車内で白ずくめの衣装に首から募金箱を下げた傷痍軍人を見かけたことがある。子供ながらに哀れさを感じると同時に、なにか戦争のおぞましさのようなものも身近に感じた。
    靖国神社には一度も行った事がない。皇軍のコスプレを楽しむ人たちを観察してみたいとは思うが、彼らの観客になるだけかも知れないのでやめた。スペクタクル社会の大いなるバーチャル空間としてヤスクニは在り、現実喪失した人たちのプレイランドになっている。彼らは身体表現でヤスクニの虚構を表象してくれている。

  6. 萩谷 良 より:

    私もそう思います。

  7. 秋風亭遊穂 より:

    赤軍派の強盗事件と、イスラム国の強盗事件が、その狂信さにおいて奇妙な一致を見てとれる。
    キリスト教の歴史を見ても少数宗派、異教徒への弾圧があるわけで。排他的になる人々の他者排除の熱狂は実に古くて新しい。
    靖国に熱狂する人々も将来武装勢力とならない保証はない。また、それに抵抗する武装化集団が発生するかもしれない。小規模なテロが草の根化するのである。
    かつてそのテロは関東大震災で朝鮮人に対する虐殺にもあったが、デマを鵜呑みにする民衆の思考停止は大変恐ろしいわけで、この恐ろしさは嫌中韓本が売れている現実の中に進行している。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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