鈴木邦男の愛国問答

 8月15日(月)、夜、新宿のロフトプラスワンに行って来た。毎年、この日に高須基仁プロデュースとして「終戦記念日イベント」をやっている。もう15年以上も続いている。塩見孝也、三上治…といった元新左翼の幹部たちと右翼をぶつけて左右激突をやったこともある。僕も何度か出たし、その頃は人も多かった。ところが最近は左もいないし右もいない。右はネトウヨか保守派になってしまった。だから最近は高須さんの出版記念会をやったり、関係する平和・戦争関係の映画の紹介などをやっている。「右左激突」はなく、やけに文化的になっている。客はかつての十分の一だ。でも、僕はこの方が好きだ。
 この日はテレビ番組『フィンランドで見つけたBUSHIDO〜新渡戸稲造と平和の島〜』(BSフジで8月20日午後2時から放送)。その予告編の上映と番組の案内役を務めた女優の松本莉緒さんがゲストで登場し、「フィンランドと新渡戸」について話した。

 新渡戸は、著書『武士道』が有名で、全世界で翻訳され読まれている。と同時に、キリスト教徒として世界平和のために尽くした人だ。国際連盟事務局次長を務めて、太平洋のかけ橋になろうとしたし、世界中に日本を理解してもらえるよう努力した。宗教を持たない日本で、なぜ、やってこられたのか。欧米の人々の疑問に答えた本が『武士道』だ。だから西欧の学者の引用が多いし、キリスト教的な説明も多い。武士だけでなく、一般の人々も「武士道的な精神」をもち、それが人々の倫理・道徳になっていた、と新渡戸は言う。
 武士道研究をし、武士的、戦闘的な人間のように、新渡戸は思われることがあるが、台湾で経済活動に力を尽くしたり、フィンランドでは多くの島々の「領有権」紛争を調停している。
 この8月15日、日本では、韓国の議員団が竹島に上陸したとテレビで報道されていた。尖閣諸島でも、連日、中国船が押しかけ、「領有権主張」だ。それに対し、日本は島の問題には、たとえ1ミリであろうとも譲らない。そう言っている。100年前のフィンランドもそうだった。スペインと領有権でもめていた島々がある。それを国連に提訴し、新渡戸に担当させたのだ。今なら、誰もやりたがらない。必ずどこかから憎まれる。しかし新渡戸はそれをやり「新渡戸裁定」と呼ばれた。これはすごいことだ。どのようにして100年前のこの裁定が出来たのか。また、今、新渡戸がこの日本にいたら、尖閣・竹島問題をどう裁定するのか。中国、韓国を相手にどうやって解決するのか。そんなことを考えてしまった。
 新渡戸のことをもっと勉強してみようと思った。このテレビを撮影し、作ったのは岩手めんこいテレビの工藤哲人さんだ。案内人として主演した松本莉緒さんも来てたので、僕も質問して聞いた。今でもフィンランドの人々は、新渡戸裁定に感謝しその後、100年の平和は新渡戸のおかげだと言っている。僕も行きたくなった。今、最も必要とされる人だ。「そんな人は今いませんか」と聞いたら、東大、京大の先生の名前を何人かあげる。でも今の日本は「闘う人」が好きなんだ。「俺は中国と闘ってるぞ!」「韓国なんか、やっつけろ!」と怒鳴る人がウケている。「そうだ、そうだ!」と拍手する国民も多い。今、新渡戸が生きていたら、人気はないし批判されるだろう。「中国、韓国と話し合うなんて、売国奴だ!」と言われるかもしれない。

 そしてこの日、靖国神社に行って来たが、やたらと好戦的で騒々しかった。その話をした。地下鉄の九段下を出ると、人、人、人の波だ。せまい道の両側には出店がびっしりと並んでいる。政治的な出店だ。「憲法改正する署名を!」 「歴史教科書を変えよう!」「中国、韓国を許すな!」といった看板や旗が立っている。「盗人国家韓国、竹島を返せ!」「日本侵略を許さないぞ!」など。銃を構えている男の(映画の看板だろうが)写真が大きく引き伸ばされ「そこの朝鮮人! 竹島を返しなさい!」と書かれている。また、憲法改正しよう! という署名運動も。狭い道の両側から大声で呼びかけられ、なかなか通れない。やっと靖国神社に着く。大きな看板が立っている。「英霊及び靖国神社を誹謗・中傷する者の境内への立ち入り及びその侵入を禁止します」と。
 「ビラ、パンフレット等の頒布、旗、幟(のぼり)、幕などを表示する宣伝活動、集会、集団街宣行動」、これらを禁止すると書いている。これは当然だ。静かに参拝するべきだし。
 しかし、境内に入って驚いた。旧日本軍の格好をした人たちが、多数いる。又、軍服を着た人が大勢で行進している。そして日章旗や旭日旗を持っている。「大東亜戦争は聖戦だ!」「安倍首相は8月15日に靖国神社に公式参拝せよ」「占領憲法を破棄しろ」などと書かれているが、「英霊及び靖国神社を誹謗・中傷」しない旗であり幟なのか。これはいいのか。又、大東亜戦争を聖戦だと思っている集団の行進や宣伝だから、許されるのか。
 世界中の記者やカメラマンは、こうした「異常事態」を撮りまくっている。又「軍人」の格好をした人間を撮っている。そして世界に配信する。それを見た人々は「日本はまた、戦争をしようとしているのか」と誤解する。それはマズイ。やめさせるべきだ。コスプレのつもりで面白がってやっている若者もいる。だらしなく軍服を着て、歩いている若者もいる。そんな「軍人」たちが演説をしている。「中国、韓国をやっつけろ!」、「憲法改正しろ!」と。日本はますます劣化していると思った。夜、ロフトで新渡戸の話を聞いたのだけが、冷静に考えられる時間だった。しかしお客さんは10人もいなかった。「終戦の日」なのに、皆、戦争をしたがっているんだろうか。闘うのはかっこいいんだろうか。

 

  

※コメントは承認制です。
第204回「闘う」のはそんなにカッコいいのか」 に7件のコメント

  1. magazine9 より:

    8月15日の靖国神社での「異常事態」を、許容しているのは、何故なのか、そのことについて深く考えてみないわけにはいけません。個々人の宗教や表現の自由はもちろんあると思いますが、「面白いから」「カッコいいから」ということだけでは、許されない気がしています。靖国に参拝する大勢の国会議員については、さらにそう言えるのではないでしょうか。

  2. 鳴井 勝敏 より:

    > 日本はますます劣化していると思った。
    私は、先般行われた都知事選を見てその感を強くした。選挙が民意の反映ではなく、情緒の反映であったからだ。その背景に、考えることを止めた民衆の存在、そして、底流に言葉が奪われてきた民衆の存在があると考えられるのだ。例えば、言論抑圧、萎縮に伴う自粛。戦前非国民、今国益等だ。これは民主主義を破壊、独裁政治、全体主義を生み出すマグマである。                 これに拍車をかけるツイッター。「なぜ」が空洞なのだ。しかも一方通行。 更に拍車をかけるメディア。孤軍奮闘を表面に打ち出し、当選者の政治スタンスをほとんど伝えることはなかった。
    「歌を忘れたカナリヤ」「言葉を忘れたメディア」そして「民衆」。先に見える風景が徐々に視覚に入ってきた。

  3. ken より:

    防衛するために憲法改正することが、好戦的という事になるの? 領海侵犯も、領土の不法占拠も、全て相手側がやっている事なのに、それを非難するといけないの? 意味不明だわ。

  4. 塚本清一 より:

     兵士や庶民の死、その死者がなぜ生まれたかを問わずに、なぜ、本心はどんな気持ちで死んでいったかを想像せず「英霊」に感謝するのは当然とかいっている。物事のよって来たるところの背景や原因を考え、対策を思考するのが普通です。靖国神社に集まる好戦的な人々が余りにも単純なのが怖ろしい。すべて感覚で、+1か-1かのコンピュ-タの原理で生きているのが心配だ。

  5. 色平哲郎 より:

    すばらしい!!
    ただ、オーランドの問題での相手はスウェーデンです

  6. 多賀恭一 より:

    死に近いところにいる者はカッコ良く見える。
    未来のない話だ。
    人間というのは度し難い。

  7. toshi_tomie より:

    kenさん。
    もう読まないでしょうけれど。

    >防衛するために憲法改正することが、好戦的という事になるの? 
    >領海侵犯も、領土の不法占拠も、全て相手側がやっている事なのに、それを非難するといけないの? 
    >意味不明だわ。

    1.日本の領土に来ている外国の軍隊は、米軍だけ、ではなかったでしょうか?

    2.領海侵犯とは、中国の船のことでしょうが、先方は、自国の領海と思っているのですから、出ていけ!と日本から言われてすごすごと出ていくと、情けなさ過ぎますね。自分の主張だけが正しい、と思うのは危険で、相手の言い分をよく聞かないと、危険なことになりそうです。

    3.領土が侵されたとき、相手を単純に非難するのは、非難するだけで相手が引き下がってくれない場合に、有効な手段ではなく、ほかの有効な方法を考えるべき、と言う、大人の判断からの言葉はあり得ますが、怒ることを、非難する人はいないと思います。

    4.大きな誤解があると思います。「防衛」には、憲法改悪は不要です。他国に出かけて行って、他国を先制攻撃したり、他国の乱れを正してあげたり、するために、専守防衛ではないことをするために、専守防衛の憲法を変える必要がる、のだと、私は、理解します。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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