鈴木邦男の愛国問答

 不思議なものだ。「これはタイムリーだ。今こそ発言しなければ」と思い、書いたものが売れるとは限らない。逆に「何を今さら…」「そんなテーマじゃいやだよ」と思い、いやいや書いたものが思わぬ評判を呼び、売れることもある。自分の「意気込み」「思い込み」だけでは、ダメなんだろう。何回も、いや何十回もそんな体験をした。

 もしかしたら、映画の世界にも当てはまるのかもしれない。アクション映画やヤクザ映画で大ヒットした俳優がいる。でも本人は「こんなものでは満足できない」と思っている。もっと人間の心に訴えかける本格的な映画に出たい、と思っている。でも、そんな企画はまわって来ない。しびれを切らし、本人が監督をやる。そして主演する。「自分のことは自分が一番よく知っている」「俺はこういう映画をやりたい」「これこそが俺の魅力を一番引き出してくれる」と確信をもって、映画をつくる。今まで、何人、何十人という俳優がそれに挑戦してきた。そして、結果から言えば、ほとんどすべてが失敗してきた。

 「自分のことは自分が一番よく知っている」。それがまず間違いだ。自分という存在は、社会的な存在であり、いろんな人から「見られている存在」だ。その「魅力」「面白さ」をファンは見ている。自分自身の「意気込み」「思い込み」なんか小さいのだ。

 これは、モデルの世界でもあるだろう。ある時、ある雑誌のイメージキャラクターを選ぶ審査員を頼まれた。有名なカメラマンや編集者にまじって、僕も審査員になったのだ。応募の書類、写真をたくさん見る。次に、その本人に会う。普通の格好や水着、又、本人のパフォーマンスをやってもらう。それで選ぶのだ。その時、アレッと思ったことがある。書類に出している写真と実際の本人の印象が余りに違う人が何人かいたのだ。「写真うつりはいいが、本人は地味だ」。逆に「写真うつりは悪いが、本人はとても明るくて可愛い」。当然、後者の方に高い点数をつける。実際はこんなに可愛い子なのに、なんで写真は悪いんだろうと思いながら、採点をしていた。

 でも、その主催者の人が言った。「鈴木さん、それは違いますよ。実物よりも写真うつりのいい子を選んで下さい」。変なことを言う人だな、と思った。でも、次の言葉を聞いて納得した。「読者は、直接そのモデルを見ることはほとんどありません。皆、写真で見るのです。写真にうつっている子だけが、リアルなんです。だから、写真うつりがいい人が美しい人なんです」。

 そうなのか、これは他のカメラマンもそう言っていた。多分、皆そう割り切って審査しているのだろう。「本人はずっと素晴らしいのに、写真うつりが悪いせいで損をしている。かわいそうだ」と思ったら、審査員は出来ない。疑問を持ってしまってからは、その手の仕事はもう来なくなった。昔、『パピヨン』という映画があった。刑務所に入れられている囚人たちは鏡を持ってない。一切、見ることもない、だから、自分の顔が元気そうか、元気なさそうか、分からない。だから、房から顔を出して、隣の房の人に聞く。「おい、俺は元気そうか?」と。自分が元気かどうかさえも、「他人の目」にかかっている。

 モデルも、俳優も、そして我々の書く文章も、他人の目にさらされて、初めて存在する。いくら書いたって、家に置いている限り、それは日記だし、個人的なメモだ。本という形で世界へ出し、他人の目にさらされ、批判される。その時、「これは自分の本当に書きたいものだ」「自分のことが一番よく出ている」と思っても、本を買う人がそう思ってくれるとは限らない。「いや、これは違う」「こんな人ではない」と思うかもしれない。

 今週初めに本を出した。これも、その点で悩みに悩み、迷ったまま書いて出た本だ。『これからどこへ向かうのか』(柏艪舎)だ。はっきり言って、僕は反対だった。企画の初めから反対だった。でも、柏艪舎の山本代表は「いや、これは評判になります。売れます」と言う。「売れっこないですよ。やめましょう。僕自身のひとり言になりますよ」と反対した。でも、企画はどんどん進み、本になってしまった。本の表紙にはゴーギャンの絵が載っている。ゴーギャンの有名な絵だ。「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」という長いタイトルがついている。

 その絵にヒントを得て、山本代表はこの本の企画を考えついたのだろう。3章から成っている。第1章は「鈴木邦男はどこからきたのか」。第2章は「鈴木邦男はなにものか」。第3章は「鈴木邦男はどこへいくのか」。

 そうか、長い間、右翼運動をやってきて、やっと時代が右よりになり、自分たちの方に風が吹いてきたと思っていた。そんな時に、なぜか、この男は、その立場を捨てようとしている。むしろ左より、リベラルな方向へ逆行している、なぜなのか。昔からの仲間からは、「堕落した」「転向した」…と批判されている。なぜなのか。そこのところを書いたのだ。今まで少しずつその理由は書いてきたが、今回は、それをまとめて書いたのだ。けっこうキツかった。楽しい仕事ではない。いやだな、もうやめよう、と何度思ったか分からない。出来ても、「こんな本が書店に並ぶのかな」「誰も買わないだろう」と不安だった。いや、どうせ売れないし、その方がいいやとも思った。でも、変なもので、いやな思いで書いた本なのに、けっこう評判になっている。ラジオ、テレビ、新聞からも、もういくつか取材されている。昔の学生運動仲間で、今は日本会議でがんばっている人もいる。その時代の「成功例」と「失敗例」の代表として、取り上げられているのかもしれない。いや、時代が大きく変わり、そこについていけない人も多いのかもしれない。そんな人たちが「こいつもそうか」と思って同情してくれているのか。どうも理解できない状況だ。

 

  

※コメントは承認制です。
第206回悩みに悩んで書いた本が出た」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    『これからどこへ向かうのか』の第3章では、列挙された質問に鈴木さんが答えていく形式になっています。「あなたにとって、天皇とはどのような存在ですか」「今日のネット右翼についてどう思いますか」から「老後が心配では?」まで…。思わず読み込んでしまいました。このほか、鈴木さんの近著としては、11年前に書かれた佐藤由樹さんとの共著に加筆・修正した『「皇室典範」を読む / 天皇家を縛る「掟」とは何か』(祥伝社黄金文庫)も発売されたばかりです。

  2. 樋口 隆史 より:

    おはようございます。初めはブックレットのことをおっしゃっているのかと思いましたが、別に新刊があったのですね。さっそく注文しました。わたしは日本の場合は右も左も民権活動から始まっていると思い込んでいるので、イデオロギーは看板に過ぎない国だと思っています。でも、それだって悪くないと思っています。

  3. 多賀恭一 より:

    <「自分のことは自分が一番よく知っている」。それがまず間違いだ。>

    同感です。結局最後まで分からないのは自分自身で、それが宇宙の法則なんでしょうね。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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