鈴木邦男の愛国問答

 アイドルグループ「欅坂(けやきざか)46」がコンサートで着た衣装が、ナチス・ドイツの軍服に酷似していると報じられ、イスラエル大使館からも抗議された。たしかに、似ている。かつてコミケ(コミック・マーケット)でもこんな問題があった。しかし、今度は人気アイドルグループだし、影響力もけた違いに大きい。体にピッタリした、カッコいい軍服を追求したら、ナチスの軍服に似てくる。だからこそ、気をつけなくてはならない。日本人から見ると、そこまでやるのかと思われるくらい、イスラエルはナーバスになっている。

 たとえば、日本人観光客の点呼がある。どこでもある光景だ。「山口さん!」「ハーイ」「佐藤さん!」「ハーイ」と、添乗員が名前を呼び、呼ばれた人が元気に返事をする。でも、これはダメなんだ。誤解される。「山口さん!」と言われ、「ハーイ」と答えた時に手を上げる。ここにいますよ、という表示だ。でも、これは「ハイ」が「ハイル」に聞こえることがある。そして片手を上げている。まるで「ハイル、ヒットラー」じゃないか。少なくとも、昔のイヤな記憶を呼び覚ます。そんな誤解を与える。それで、今はヨーロッパでもこうした点呼はやっていないと言う。そこまでやるのかと思うが、それだけ「ナチス体験」は重くて残酷なのだ。日本のように、ヘイトスピーチも野放しの国とは違う。戦争を徹底的に反省し、二度と同じようなことが起きないように、気をつけているのだ。
 
 日本の人気アイドルグループに関しては、周りの人たちが余りに無神経だったと言えよう。日本のことだけを考えていていいわけじゃない。「欅坂46」の所属レコード会社の親会社、ソニー・ミュージックエンタテインメントは謝罪コメントを出した。〈私どもの認識不足により、衣装の色やその他を含む全体のデザインが、そのようなイメージを想起させる部分があり、ご不快な思いをさせてしまったことに対し、心よりお詫び申し上げます〉と。これは当然だろう。事の大きさにネトウヨたちも沈黙している。「外国の圧力に屈するな」などとは言わない。それだけ重い問題だからだ。

 もう20年近く前か、あるいはそれより前か、コミケでも同じような問題があった。僕も「当事者」だったからよく覚えている。当時、マンガ雑誌でマンガ評を連載していた。そこのスタッフと一緒に、コミケに行った。僕も一度は見てみたいと思っていた。「じゃ、皆でコスプレして行こう」となった。ほとんどがアニメのコスプレだ。「鈴木さんは右翼だから、軍人がいいですね」となった。でも、日本軍の軍服に格好いいのはない。日本の場合、格好よさを求めないのだろう。むしろダブダブの服で、ズボンもダッサイ。軍服に美しさなどは求めない。逆に言うと、きわめて実用的だとも言える。服もズボンも十分に余裕があって、誰でも着られる。中国も似ている。
 
 その点、ナチスや社会主義国の軍服は格好いい。体にピッタリとしていて、遠くから見ても分かるし、格好いい。三島由紀夫が「楯の会」の制服をつくった時も、どこかナチスと似ている。フランスのド・ゴールの軍服をデザインした人が「楯の会」のデザインもやった。今見ると、よくもこんな服を着られたよなと思う。「楯の会」は100人近くいた。皆、制服をつくってもらった。一人ひとり、体を測ってつくったのだ。三島事件以降も、制服は皆、大事にとっている。でも、一人として着られる者はいない。余りに体にピッタリしていて、今では誰も着られない。

 あの当時だって、ワイシャツを着たら制服は入らない。ランニングシャツか何かを一枚着て、そして制服を着る。このド派手な制服を着て、定例会などに行く。家から着て、電車の中でも着ている。「軍人」になりきっているから、電車の中ではいくら空いていても座らない。「でも、電車の中では、はずかしかったでしょう」と当時の「楯の会」の人に聞いた。実際、はずかしくて大変だったと言う。

 軍人の格好をしたら、「人殺し!」といって左翼の人に罵声を浴びせられる。それがこわいし、はずかしいのだと思った。ところが、この時は学生運動も左翼運動も低調だった。「敵」に襲われるわけがない。「実は、グループサウンズに似ているので、はずかしかった」と言う。そうか。当時のグループサウンズの制服は格好よかった。でも、ナチスに似ているものもある。

 そうだ、ここで本文に戻ろう。20年以上前に、コミケに出たという話だ。全国から多くの子ども、大人たちが詰めかけた。我々は全員で6人ほどだった。「鈴木さんは、これしかないでしょう」とナチスの軍服を着せられた。そんな服、どこで借りてきたんだろう。コミケ専門の店があるのだろうか。僕はナチスの軍服で、ほかにも何人かいた。又、チョビひげをはやしている人もいて、その人はヒトラーになりきっていた。ナチスの軍服を着て、写真を撮り、コミケ会場を見て回った。

 ところが2、3日後に「ヒトラーみたいな奴がコミケ会場を荒らしている」とマスコミに報じられた。イスラエル大使館からも抗議があったという。これが原因になったのだろう。コミケは中止になってしまった。(*)

(*確認したところ「コミケ中止」の事実はありませんでした。お詫びして訂正します。編集部/11月13日)

 僕は、もう一度抗議を受けたことがある。いま週刊誌「アエラ」で連載をもっている。その中で重信房子の本を書評した。かなり好感をもって書いた。テルアビブ事件のことも書いた。「それは間違っている」とイスラエル大使館から抗議がきた。「僕も行きます」と言ったのだが、「いいや、来ないほうがいい」と言われ、編集部の人だけが大使館に行って謝り、話し合いをした。謝罪文ではなく、大使館の文章を載せることで合意した。

 そんなことがあったので、今回の人気グループの「事件」は他人事ではない。それにしても、まったく教訓を得てないな、と思った。僕にはそんなことを言える資格はないのだが。「ただ面白ければいい」「奇抜な衣装なら何でもいい」では通じないのだ。重いテーマだが、我々はこの戦後という世界に生きている。それは忘れてはならないと思った。失敗の体験があるので、なおさらのこと、そう思っている。

 

  

※コメントは承認制です。
第210回人気アイドルグループの「事件」と20年前のこと」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    音楽業界の市場は国内だけではないはずなのに、今回の衣装が問題だと気づけるスタッフがいなかったことが驚きです。自国の歴史はもちろん、他国の文化や歴史背景を知り、そして尊重することができなければ、経済ばかりグローバル化だと煽っても、結局はうまくいかないのではないのでは、と思います。

  2. 樋口 隆史 より:

    以前はそういうことにストップをかけるというか、「気づく」ことができる方が各界にけっこういらっしゃったと記憶しています。でも、最近はそうでなくなりつつあるように感じています。ここ数十年は常識や良識を破壊することの連続でしたが、これから世の中どうなっていくのか、恐ろしい限りです。

  3. PUNKちぇべ より:

    「そんなことに目くじらを立てることか?」「日本のことに口出すな」とネトウヨたち。国益とは何か? そもそもそれを守ることは金科玉条か? 疑問は多々あるけれど、少なくとも、隣人たちの神経を逆なでして、日本のイメージを悪くしてまでやるべきことなのかは立ち止まって考えるべきですね。これは靖国問題にも通じることだと思います。

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

最新10title : 鈴木邦男の愛国問答

Featuring Top 10/89 of 鈴木邦男の愛国問答

マガ9のコンテンツ

カテゴリー