鈴木邦男の愛国問答

 「じゃ、憲法はどうするんですか。改正すべきですか?」と言われて、「いや、このままでいいです」と答えてしまった。瞬間的にそう言ったのだ。随分と思い切ったことを言っちゃったと思った。司会者も驚いていた。「えっ? 鈴木さんは護憲派になったんですか?」と言う。「転向じゃないですか」「もう左翼ですよ」と言う人もいる。

 2月27日(月)の夜、六本木のテレビ朝日で行われた討論会でのことだった。自分としては、かなり思い切った発言だ。問題発言だし、衝撃発言だと思った。大騒動になるかと思ったが、皆、冷静に聞いていたようだ。「第一回・保守派サミット」と銘打った討論番組だったが、結構、紳士的に大人のトークをする番組だった。

 それに、テレビ朝日の大きなスタジオで生放送だったが、地上波ではない。BS朝日でもない。よくわからないが、テレビでは見られないという。スマホやパソコンでしか見られない。「Abema TV」の番組で「Abema Prime」いう。「スマホで取材し、スマホで見る」というコンセプトを用いたスマホ向けの日本初の番組だという。この不思議な番組には前に一度出た。その時は、「居酒屋トーク」といって、新宿の居酒屋の個室を借り切ってやった。小さな部屋でビールを飲みながら「右翼ってなんだ」「左翼はどうなっている」という話を2時間やった。堀潤さん、村本大輔さん、原田曜平さんなどと、ワイワイと話し合った。

 同じ「Abema Prime」だから、今度も居酒屋でやるのかと思っていたら、六本木のテレビ朝日だった。大きなスタジオで、とてもきれいだし、スタッフも多い。こんなに大々的にやりながら、テレビには一切映らない。地上波でもBSでもやらない。もったいないと思うが、スマホで見る人は多いのだという。それに、居酒屋だけでなく、こういうスタジオでもやるトークや、ニュースなどもあるんだ。

 僕の出たのは、2月27日の夜9時から11時。初めはニュース番組だ。金正男暗殺について、脱北者で韓国にいる人が解説をする。詳しい。又、国内のニュース解説などもする。10時からは「第一回・保守派サミット」だ。えっ、僕は「保守派」じゃないよ。日本がこのままでいいとは思っていないし「改革派」だと思ったが、まあいいか。竹田恒泰さん、古谷経衡さんなどと共に出る。「今、保守とは何か」「では、アメリカとはどう付き合うのか」「日本の歴史・伝統をどう保守するのか」「天皇の退位をどう思うのか」が論じられた。そして、「憲法改正をどうすべきか」の問題に入ったのだ。

 僕は、右翼学生だった頃からずっと憲法改正運動をやってきた。だから、「今こそ憲法改正をすべきだ!」と発言する、と思われたようだ。それなのに「護憲発言」だ。皆、驚いたようだ。これじゃ、「保守派サミット」に出る資格はない。いや、僕の「変身」については、かなり知っている人もいたのだろう。別に隠していることではないし。いろんなところで発言している。最近は、『憲法が危ない!』(祥伝社新書)という本まで出している。この本は、初めタイトルが『憲法改正を急ぐな!』だった。ところが、こっちの方がいいだろうとなったのだ。そして、表紙にはこう書かれている。

〈改憲運動に半生を捧げた理論派右翼は、なぜ今、異議を申し立てるのか〉

 さらに、この言葉も書かれている。

〈「自由のない自主憲法より、自由のある押し付け憲法のほうがまだいい」〉

 安倍政権や日本会議、日本の保守派は、皆、憲法改正を叫んでいる。占領中の自由のない時に、この憲法は押し付けられた。それを、「自由のある」今こそ、改憲するのだと言っている。でも、自主憲法をつくるといいながら、アメリカに追随し、アメリカの戦争に参加する国になるように改憲する。そのために、個人の人権や自由が制限される。それでは、自主憲法とはいえない。だったら、「押し付け憲法」の方がまだ個人の人権や自由が認められているし、この方がいいと思うのだ。

 それに、国民の不満や怒りが憲法にだけ向けられたら大変なことになる。国の守り、家族問題の不安、若者問題、老人問題、介護・看護、治安、教育…など、あらゆる問題が「憲法を変える」ことで、解決できると思われたら大変だ(昔は僕もそう思っていたが)。実際、「今の若者は公共心がないから、徴兵制をしいて軍隊に入れろ」「核を持て。その方が経済的だし、世界に対して睨みがきく」「結婚には両親の承諾が必要だと書け」「父親の権利を強くするべきだ」「子どもにまで投票権があるのはおかしい。父親が代表して一票でいい」「夫婦別姓なんてとんでもない」、そんなあらゆる不満、反対意見が、憲法に向かう。「それも憲法に書け!」となる。声の大きな人間の意見が通り、それで憲法改正されたら大変だ。冷静に憲法問題が論じられないなら、これは一時棚上げにした方がいいだろう。時間をおいて、冷静に考えられるようになってからでもいい。

 20年ほど前、「朝まで生テレビ!」に出た時のことを思い出した。テーマは、「憲法改正」だった。それまでは「日本の右翼」の時もそうだが、右翼の何人かの一人として出た。自分が答えられなくても、他の人がフォローしてくれる。そういう安心感があった。でも、「憲法改正」の時は、たった一人だ。自分で納得したことしか言われない。「右翼はそう主張しています」といっても、自分で納得がいかなかったら論破される。この時、憲法9条について、司会の田原さんに、「戦争をしない、平和を守る。この9条をどう思いますか」と聞かれた。「理念としては素晴らしい」と言った。「これを保障する政治状況をつくるように我々は努力すべきです」と言った。あっ、「一線」を越えたな、と思った。終わってから、右翼の人たちに随分と叱られた。「9条はインチキだ。そんなもので平和は守れないと言うべきだ」「この憲法を護るのか、お前は!」…と、もう散々だった。

 今回は、「Abema Prime」でさらに、一線も、二線も越えた。もう右翼でもない。保守でもない。「これからどこへ向かうのか」と自分でも思っている。

 

  

※コメントは承認制です。
第218回僕は、これからどこへ向かうのか…」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    以前に、マガジン9でも紹介した憲法カフェのトークの中で、弁護士の太田啓子さんが自民党の改憲草案を例にあげて、〈『家族で助け合え』と憲法に書いたら、子どもの貧困が解決するのかというとそうじゃないですね〉と話していたことを思い出しました。憲法は魔法の道具ではないので、書けばいいというものではないのは当然です。立場を越えてみんなが冷静に話し合えるようになるには、まだまだすべきことがあるように思います。

  2. 鳴井 勝敏 より:

     私は、現憲法を押しつけ憲法とは理解していない。が、問題は中身である。
    >「自由のない自主憲法より、自由のある押し付け憲法のほうがまだいい」
    本当にそう思う。
    >あらゆる問題が「憲法を変える」ことで、解決できると思われたら大変だ。
    国民はまだこの幻想に取り付かれているのだろうか。そのままでは、沈黙により不自由な憲法を奨励する側になる。それはあなたが望んでいることですか。

  3. 樋口 隆史 より:

    間違ったことを言っているのかも知れませんが、日本は右翼も左翼も民権運動を軸にして始まったと認識しています。イデオロギーは目的ではなくて手段だと思います。そのあたりを悪用している「右翼」の方々の言動を見るに付け、昨今の鈴木さんの発言には溜飲が下がる思いです。わたしたちひょっ子には、鈴木さんは希望の星です。頑張って下さい。

  4. 多賀恭一 より:

    日本の総理大臣が戦争をしたら、憲法違反で死刑になる。
    つまり憲法9条の真の意味は、
    総理大臣の命と引き換えに戦争できるということだ。
    外国とは、所詮、邪悪な国の方が多いのだから、日本に対する侵略は起こるし、それに対しては憲法9条違反を覚悟しなければいけない。その対価が総理大臣の命だ。自衛隊員が国外で次々と死んでるのに、権力者は安泰?このようなことを許さないために憲法9条が必要だ。
    「総理大臣になることは、死ぬことと見つけたり」だ。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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