松本哉ののびのび大作戦

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 今回はちょっと、中国の広州に行ってきた。
 広州には、今年の9月に東京で行ったイベント「NO LIMIT 東京自治区」の時にも遊びに来てくれた、『馮火』という雑誌を作っているグループがいて、せっかく知り合ったので、彼らのところへ遊びに行ってみた。

 で、この雑誌がまたとんでもなくて、売値がなんと1元(人民元/約15円)。今や中国の都市部は日本と比べてもそこまで物価が変わらなくなってきているので、この価格はアホみたいな激安価格! なんでこんなに安いかというと、広州は大きな問屋街があるので、なんでも卸値で手に入る。紙は卸売市場から巨大な紙を買い、それをA4サイズに裁断して使う。さらに市販のプリンターを改造して大きい業務用インクボトルを使ってタダ同然で印刷できるようにしてるので、印刷コストは無いに等しいぐらい。しかし、それにしても1元は安すぎる!!
 内容は、芸術だったり詩だったり完全に訳のわからないものだったり、なんでもあり。で、意外とこの雑誌が有名で、北京やら上海やら、いろんなところに置いてある。特にオルタナティブスペース系の面白い場所でも実際によく見かけるので、結構界隈では浸透してる感じ。地元広州では、その辺の本屋にも突如置いてあったりもした。
 広州滞在中、せっかくなので『馮火』の中心人物の一人、朱さんに話を聞いた。

「もうからないのが一番面白い」と朱さん

 まず、いちばんの疑問点の値段。結構いろんなところに置いてあったり、かなり積極的にやってるみたいだけど、値段は15円。いったいこれはどういうこと!!??
 聞くと当然のように「いや〜、全くもうかってないし、利益を出そうって気もない」という。例えば、この雑誌、北京のある店に送るときの送料は15元(約225円)、20冊送って売上は販売店と馮火で折半。つまり、完売しても20元を半分ずつにするので取り分は10元(約150円)ずつ。するとなんと、完売して5元(約75円)の赤字! なんだそれ!!! さらに基本的に販売委託ではなく買取制なので、売る方も半分以上売らないと赤字に!!! 20冊扱って完売したとしても5元(150円)しか手元に残らない。いまどき5元じゃご飯も食べられない。屋台で何かつまみ食いして終わりぐらいの金額。

 そんな感じなので、最初『馮火』を始めて販売店を探すとき、いくら知り合いでも「いやいや、そんなの面倒くさいよ!」と嫌がられてたみたいだけど、しぶとく続けているうちにだんだん評判になり、面白がって置いてくれるところが増えて来て、今や中国各地に置いてある。売る方としても、この謎の雑誌を扱うことによって、おもしろい友達などができたりするからいいという。

 そうなってくると発行部数が増える。数百部も自分たちで印刷しないといけないから、毎月毎月、大騒動。編集だけでも大変なのに、印刷して製本して、丁寧にビニールでパッケージまでして、最後に発送作業まである。仲間総出で作業しても毎月5日間はかかるという。

書店に並ぶ『馮火』。1元

 朱さんいわく、利益を生まない分、マヌケな友達がどんどんできるからこんな面白いことはないという。利益を生むようになったら、それが仕事のようになってしまい、いろんな対価が求められたり、人間関係もお金を通した関係になるので全然面白くないという。う〜ん、すごい! なので、もちろん執筆者にも気持ちよくビタ一文払わない。朱さんいわく「もし、原稿料を支払ったら、そこにはわずかでも上下関係ができてしまう。そうしたら、お金をもらう執筆者の人たちは、自分たちのことをボスだと思い始めるかもしれない。それは一番つまらないことだ」。さらに、何か面白いことをやるときにリーダーができたら、急に全然面白くなくなるという。平等なポジションを極力維持し続けることで、みんなが自由にのびのびと実力を発揮できて、訳のわからないものだったり、すごいものだったり、大マヌケなものだったり、面白いことが続々と発生する。うーん、これを3年以上続けてるというから、これはなかなか筋金入りの素晴らしいマヌケなのかもしれない!

 もちろん、文章自体に価値があって書き手に原稿料が支払われることは、世の中一般として全然悪いことじゃない。本でも雑誌でも、何か面白いものや意味のある紙媒体を作って、それの販売を通じて金銭的にも持続させていくっていうのが、従来の出版っていうもの。しかし、この『馮火』は、それとは全く次元の違うことをやろうとしてる。もちろん、毎月の作業がすごい大変なので、何度も断念しそうになるけど、この雑誌のおかげで今や中国中に面白い友達が大量にできてるので、なんだかんだと病みつきになってるとのこと。う〜ん、大変かもしれないけど、超楽しそうだ!!!

バックナンバーも大量にある。儲けはゼロ

 いうまでもなく、中国は一応社会主義。本来は「金もうけばかり優先して弱肉強食の競争社会になって、貧乏人がひどい目に遭うのはよくない」という発想のはず。
 30年ほど前まで、中国では金もうけを考える人は「投機分子」と呼ばれ、自分だけ金もうけを目論む資本家的な発想で反革命の悪者ってことだった。しかし、その後は資本主義をどんどん取り入れて、経済システムもだいぶ変わって来た。「いまは逆に、もうけに走らずに全く金にならないことを熱心にやってる方が『あいつら何を目論んでるんだ』って怪しまれるぐらいだよ〜(笑)」と朱さん。
 ま、確かに、金もうけってすごいわかりやすい行動パターンだから、中国に限らず、日本でもアメリカでもどんな国でも、管理もしやすいし一番扱いやすいのかもしれない。でも、利益や採算はどうでもいいから、やりたいことをやってみたり、面白い仲間がたくさんできるのが一番いい、っていう、この『馮火』の発想、まさに「マヌケ」の真髄かもしれない!!!

 資本主義も行きすぎて世界では貧乏人が虫けらのように死んでいってる時代。かといって社会主義の「平等な社会」をやろうとしても、うまくいったためしなど今のところ聞いたこともない。かといって昔のような絶対王政の時も、立派な王様のうちはよくても、油断してたら突如バカ息子が跡を継いで大パニックになったりしてた。ダメだこりゃ、結局人任せにしてたらどうにもならないや。う〜ん、こりゃやっぱり勝手にマヌケに生きるたくましさを身につけるのが重要だね〜
 「どう計算しても、採算合わないじゃねえか!」と言いながら3年以上も続いてる『馮火』。やってることもマヌケだし、「金がねえ!」とてんやわんやになりながらも持続してる様子もマヌケ。しかも、友達もたくさんいるし、なんだかやたら楽しそうだ。
 すぐにお金お金とみみっちいことを言い出す現代社会。『馮火』に学ぶものは多いはずだ!

原稿募集の投稿BOXは高円寺「なんとかBAR」にも設置されている!

 

  

※コメントは承認制です。
第96回中国広州の謎のマヌケ雑誌『馮火』に続け!!」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    年の暮れに、またまたなんだか楽しい気分になってくる原稿が届きました。日本でも世界でも、効率だのスピード感だのばっかりが要求され、お金にならないものは「無駄」として切り捨てられがちなこのごろ。でも、そこから一歩抜け出してみたら、全然違う面白い景色が広がっているのかも。今年も来年も、やっぱりマヌケで自由なたくましさ、重要です!

  2. 樋口 隆史 より:

    コミケがビジネスに支配されてしまってしまった日本の同人誌の世界ですが、昔は肉筆回覧同人誌なんて代物があって、実物を見せてもらったことがあってそれはもうメチャクチャだったけど楽しい読み物でした。わたしの拙い知ったかはさておき、こういう文化が中国にあるって初めて知りました。いいですねぇ。こういうの。

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まつもと はじめ:「素人の乱」5号店店主。1974年東京生まれ。1994年に法政大学入学後、「法政の貧乏くささを守る会」を結成し、学費値上げやキャンパス再開発への反対運動として、キャンパスの一角にコタツを出しての「鍋集会」などのパフォーマンスを展開。2005年、東京・高円寺にリサイクルショップ「素人の乱」をオープン。「おれの自転車を返せデモ」「PSE法反対デモ」「家賃をタダにしろデモ」などの運動を展開してきた。2007年には杉並区議選に出馬した。著書に『貧乏人の逆襲!タダで生きる方法』(筑摩書房)、『貧乏人大反乱』(アスペクト)、編著に『素人の乱』(河出書房新社)。「素人の乱」公式ホームページ

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