森永卓郎の戦争と平和講座

 1月29日に日銀がマイナス金利の導入を発表した。これは、直接的に、私たちの銀行預金の金利をマイナスにするというものではなく、銀行が日銀に預けている当座預金の金利をマイナスにするものだ。銀行は、あまったお金を日銀に預けていて、それには0.1%の金利がついている。昨年末までに預けた残高については、これまで通り日銀から0.1%の金利が付与されるが、今後、当座預金の額を増やした分については、マイナス0.1%の金利を適用するというのが、今回のマイナス金利政策だ。
 日銀の思惑は、日銀に預けるお金を増やすと、マイナス金利というペナルティが与えられるから、銀行は企業への融資や海外投資に資金を振り分けるだろうというものだった。企業に資金が回れば、設備投資が増えて、経済は拡大する。また、円の金利を引き下げるのだから、海外投資が増えて、円安に誘導できるという見通しも、持っていたと思われる。

 しかし現実は、真逆のものになった。為替は大幅な円高になり、株価も急落してしまったのだ。日銀の誤算は、どこにあったのか。

 まず、現実には、銀行が海外投資を増やそうとは思わなかった。中国は経済が失速する一方だし、欧州の経済もよくない。絶好調だったアメリカも、ゼロ金利解除以来、経済が低迷を始めている。そんな状況で、安易な海外投資拡大などできない。結局、銀行は安全資産である国債投資に走った。そのため、国債価格が高騰(=流通利回りの低下)して、ついに歴史上初めて、国債金利がマイナスに陥る結果になってしまったのだ。
 これは、マイナス金利の導入以上に銀行経営を圧迫した。銀行は、国債を買うことで資金を運用し、収益を稼いでいるからだ。経営が圧迫された銀行は、預金金利の引き下げに走ったが、もともと雀の涙しか金利を払っていないから、引き下げには限度がある。当面、我々の預ける預金金利がマイナスになることはないが、将来的には、我々の預金金利もマイナスになる可能性はある。また、すぐに影響がでてくるのが、保険だ。国債で資金を運用している生命保険などの保険料は、値上げされることになるだろう。
 そして、日銀の最大の誤算は、マイナス金利で銀行が融資を増やすだろうとみていたことだ。銀行が貸し渋りをしている状況では、マイナス金利は効果があったかもしれない。しかし、いまは経済が低迷をしているので、企業に設備投資のニーズがない。資金の需要がないから、銀行は融資を増やそうにも増やせないのだ。
 なぜ企業が設備投資をしないのかと言えば、消費が増えないからだ。「家計調査」によると、昨年12月の実質消費支出は、前年比で4.4%も落ちている。その最大の理由は、実質収入が2.9%も落ちているからだ。
 アベノミクスの前提は、金融緩和で円安を進めれば、輸出産業を中心とした勝ち組企業が潤い、それが中小企業や一般国民にも滴り落ちて、景気が拡大していくという「トリクルダウン」理論だった。しかし、アベノミクスで大企業や富裕層は大いに潤ったが、彼らは成長の成果を独り占めした。大企業は、従業員の処遇は改善したが、下請け企業への発注単価を引き上げることはなかったのだ。この分配の不平等が、庶民の所得を引き下げ、それが消費の下落をもたらしたのだ。消費が落ちれば、企業が設備投資をするはずがない。結果的に、いくら日銀がマイナス金利の導入に踏み切っても、何の効果も発揮できないのだ。
 日銀のマイナス金利導入政策の失敗を受けて、多くの経済評論家が、金融政策だけではだめで、規制緩和など思い切った構造改革が必要だと主張している。しかし、それは、マイナス金利の導入以上に大きな過ちだ。そんなことをしたら、ますます格差が拡大して、消費の低迷をもたらすだろう。
 私は、いまの状況を救う最も賢明な政策は、法人税率を民主党政権時代の水準にまで高めて、それを財源に消費税率を8%から5%に戻すことだと思う。しかし、日本共産党でさえ、消費税率の引き下げは主張していないから、政治的に実現は不可能だろう。
 結局、このままでは、確実に日本の景気は失速する。我々にできることは、大不況に備えて、ひたすら貯蓄を増やすことで、冬越えの資金を作ることだけではないだろうか。

 

  

※コメントは承認制です。
第69回 マイナス金利は何をもたらすのか」 に7件のコメント

  1. magazine9 より:

    トリクルダウンにしても、マイナス金利にしても、政府や日銀が格差の広がるばかりの現状を正しく認識できていないことからの誤算、ということなのでしょうか…。「勝ち組」ではない多くの市民にとって、政策の失敗は、生活や命に大きくかかわることを肝に銘じてほしいものです。「大不況に備えて…」という締めくくりに、なんとも不安になります。

  2. お園 より:

    大不況に備えて、一層財布の紐を固くします!。

    政府の言う事はもう何も信じません!!。

  3. うまれつきおうな より:

    果たして貯蓄でなんとかなるんでしょうか?歴女としては吉宗時代のデフレを何とかしようと金融と大商人に頼って農民の食べる米まで売り飛ばし、人手不足で(みんな餓死したので)ますます経済が回らなくなり、都会では賃金が高騰してるのに貧乏人があふれ(物価上昇>賃金上昇なので)スタグフレーションで政権崩壊、藩札が紙くずにという恐ろしい図が浮かんでしまう。上つ方は自民党と大企業と数字さえ守れば、道にホームレスや餓死者が転がっていても世界の投資家は支持してくれる、日本の価値は下がらないと思っているようだが、世の中そんなに甘いだろうか。かといって節約以外の手段も思いつかないし。

  4. どんなに金融緩和しても1%の人たちのためにしかならず、官僚たちは庶民の事を理解していない。
    まずは99%の人たちのための政策を。その後にはじめて金融緩和と思います。
    まずは日本がインフレでもデフレでもなく「スタグフレーション」という状況を正しく認識するべき。
    消費税撤廃、大企業の法人税アップ、連結納税廃止、ガソリンの違法税金廃止、高速道路無料、天下り禁止、天下り特殊法人廃止、全ての選挙制度の見直し、など等諸々改革が必要と思います。

  5. かさ より:

    マイナス金利を受けて、資金の受け皿として長期の株式を発行する会社があるそうですが
    そういう会社が今後出てくるとすれば、
    株式発行で得た資金を資本金に組み込んでさらに内部留保が増えるのでは。

    若年層が「お金を使っても生活がどうにかなる!子供を育てて成人させられる!」と思うくらいの賃金か生活保障があれば、すごい金額を使います。借金して家を建てる気にもなるでしょう。
    生活の先行きが不安になれば、たとえマイナス金利でも借金を背負う気にはなりません。

  6. Yasushi Matsumoto より:

    う~ん、毎月の500円もチャリんした方がいいのかなw

  7. 多賀恭一 より:

    「大不況に備えて、ひたすら貯蓄を増やす」
    ???
    スーパーインフレに備えて貴金属を購入した方が良い。

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森永卓郎

もりなが たくろう:経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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