森永卓郎の戦争と平和講座

 大方の予想を裏切って、ドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領に当選した。選挙期間中、トランプ次期大統領は「日本がアメリカの防衛力にただ乗りをしている」という主張を繰り返してきた。一時は、日本が自主防衛をするために、核武装することを容認するとまで言った。もちろんそれは本音ではないだろう。
 トランプ次期大統領は、「日本が引き続きアメリカに防衛してもらいたいのであれば、駐留米軍経費負担を大幅に増やすべきだ」とも言っている。おそらく、そちらのほうが本音だろう。駐留米軍は、日本を守るために駐留しているのではなく、アジアから中東地域に米軍が進撃するための前線基地として置かれているものであり、日本を軍事拠点として無料で使えるという利権を、やすやすと手放すとは到底思えないからだ。
 おそらく安倍政権は、多少の抵抗を試みながらも、結局、米軍への拠出を増やすことで、米軍の傘の下にいるという戦略を継続するのだと思われる。しかし、私には、少なくとも経済の観点からみる限り、それが正しい選択だとは思えない。このまま行ったら、日本経済がまたデフレの悪夢に悩まされるようになってしまうからだ。
 アベノミクスの当初の三本の矢は、①金融緩和、②財政出動、③成長戦略だった。しかし、私の見立てでは、アベノミクスが成功した要因の99%は、金融緩和だった。
 いまから4年前、日本経済は最悪の状態に陥っていた。為替レートは1ドル=70円台、日経平均株価は8600円というまさに経済崩壊に近い状況に追い込まれていた。そうなった理由は明白だ。リーマンショック後に先進各国が資金供給量を数倍に増やすなか、日銀だけがまったく資金供給を増やしていなかったからだ。世界のなかで円だけが足りないから、円が高くなる。経済学の教科書に書いてある通りのことが、起こったのだ。その結果、日本の製造業は壊滅的な被害を受けた。
 そこで安倍政権は、日銀総裁を白川総裁から黒田総裁に交代させ、大規模な金融緩和を実施して、為替レートを本来の100円台の水準に戻したのだ。為替レートは、表向きは、為替市場での自由な取引のなかで決まることになっている。しかし、本当はそうではない。為替は、両国の資金供給の比で決まる。つまり、中央銀行が資金供給を拡大すれば、その国の通貨を安く誘導できるのだ。
 トランプ次期大統領は、選挙戦のなかで、こう発言している。「安倍は米国経済の殺人者だが、ヤツはすごい。地獄の円安誘導で、米国企業が競争できないようにした」。トランプ次期大統領が批判したのは、日銀の金融緩和政策、つまりアベノミクスそのものだったのだ。
 もちろん安倍政権が無断で金融緩和を行ったのではない。日本はアメリカの属国だから、金融緩和をするのにも水面下でアメリカの許可をとる必要がある。安倍政権は、TPPへの参加や集団的自衛権行使、辺野古での新しい米軍基地建設など、さまざまなアメリカへの貢物を積み重ねて、それと引き換えにアメリカに金融緩和を認めてもらった。それがアベノミクスの本質なのだ。

 しかし、トランプ次期大統領は、その円安誘導を非難している。だから、これ以上の追加金融緩和を日銀が行うことを認めないだろう。その結果、何が起きるのか。それは4年前の民主党政権末期の経済状況の再現だ。強烈な円高が日本を襲い、株価は下落、製造業は海外移転を加速し、日本中を派遣切りの嵐が襲うのだ。
 そうした事態を防ぐ手立ては、たった一つ、イギリスがEUの離脱を決めたように、日本もアメリカからの離脱を決断することだろう。もちろん、EUと違って、日本がアメリカに隷属することに何ら法的根拠はない。だから、決断さえすれば、いつでも実行できるのだ。日本は独立国として、国際法や条約に反しない限り、あらゆる政策を独自に判断して、実行に移す。もちろん、金融政策もそのなかに含まれる。いちいちアメリカの顔色をうかがうことなく、日本独自の判断で金融政策を決めることができれば、日本が再びデフレ地獄に落ちることもないのだ。
 当然、その場合、日本はアメリカの防衛力の傘の下から出ることになる。「そんなことをしたら、すぐに中国が日本を攻めてきて、日本は中国の植民地になってしまう」といった極論を言う人がいるが、私はそんなことは起きないと思う。すでに、そのことはフィリピンのドゥテルテ大統領が実証しているからだ。
 フィリピンはアメリカに反旗を翻した。しかし、フィリピンは、西側から抜けるということではなく、アメリカへの隷属体制を止めることを選択しただけだ。アメリカとも、中国とも、ロシアとも対等に付き合うというのが、ドゥテルテ大統領の外交戦略なのだ。そうした戦略を採った結果、フィリピンが中国の侵攻を受けたという事実はまったくない。しかもフィリピンは、日本のわずか20分の1の防衛費で、自国の安全を守っている。日本は、フィリピンが採用した外交戦略を採用するだけで済むのだ。
 もちろん、日本がアメリカの軍事力の傘の下から出ても100%侵攻されることがないことを保証できるのかと言えば、そうではない。ならず者国家が攻めてくることは、可能性としてはある。ただし、そうしたことを恐れて、膨大な防衛力を整備したら、いまより防衛費が増えてしまうことさえ考えられる。

 私のアイデアはこうだ。まず、自衛隊を「災害救助隊」に改組する。自衛隊の本務を災害救助に変更するのだ。だから日常的に行う活動や訓練は、災害救助だけにする。ただし、災害救助隊は、日本の本土が侵略された場合には、国土を守る任務を別途持つことにする。つまり災害救助隊は、副次的に、有事の際の本土防衛に限定した機能を持つのだ。だから、災害救助隊は、海外には災害派遣以外の目的では行かないし、装備も災害救助のためのものを最優先し、武器は本土防衛に必要なものしか保有しない。イージス艦は持たない、空母も持たない、敵軍を攻撃したり、敵地を侵略するための兵器は一切持たないのだ。イメージとしては、海上保安庁と同じだ。
 そんなことをしたら、防衛力が一気に落ちてしまうと思われるかもしれない。それはそうだろう。そこで、万が一日本が侵略を受けた場合には、国民全員が抵抗すればよいのだ。
 例えば、フランスがナチスドイツに占領されたとき、ドイツ軍が一番恐れていたのは、フランス市民のレジスタンス、つまり住民による散発的、非組織的な抵抗運動だった。ベトナム戦争でも、アメリカ軍はベトコンというゲリラの抵抗に敗れたのだ。
 私は、徴兵制を敷けと言っているのではない。70年以上続いているアメリカによる支配から独立するために、国民一人ひとりが、いざとなったら正当防衛の実力行使をする覚悟を持つべきだということだ。
 もちろん、この案が唯一絶対ではない。トランプ次期大統領の誕生は、日本がアメリカから独立する最大のチャンスなのだから、どのような形で独立するのか、いますぐ議論を深めていく必要があると私は考えている。

 

  

※コメントは承認制です。
第74回 トランプ大統領誕生は日本独立のチャンスだ」 に7件のコメント

  1. magazine9 より:

    トランプ氏が次期大統領に決まったことの評価はともかくとして、今後の日米関係を見直す機会になるのかもしれません。森永さんの案をはじめ、さまざまな意見を出しながら、議論をしっかり深めていくことが必要とされています。

  2. L より:

     大いに賛同します。
     ここで日米2国間について論じていますが、現実化においては周辺国との協議も行われるでしょうから、単純な日米安保破棄という話にはならないでしょう。周辺国の軍縮や不可侵条約、平和条約を伴うことでしょう。
     アメリカに誘われたりアメリカをダシにしてイラクをはじめ中東に首を突っ込んだあげくに「日本人だから許してやる」の9条ボーナスを喪って「日本人という罪」でジハーディストの攻撃・報復の対象になってしまいました。
     安保を破棄して前文と9条に基づく外交に変えれば核攻撃も「テロ」攻撃も恐れずに商売や観光他に励めるというものです。「国益とは綺麗ごとではなく、我儘なもの」好きのウヨクはよもや国際軍事貢献がーと言いますまい。今時、先進国で旧宗主国でさえないのに海を渡ってPKOなどに首を突っ込む国は稀有ですからね。
     いざというときの1億総レジスタンスもウヨクの大好きな”1億総特攻、♪顧みはせじ大君の辺”ですから文句はありますまい。

     ただ、細かいことを言えば
    >EUと違って、日本がアメリカに隷属することに何ら法的根拠はない。
    には、疑念があります。
    安保条約2条に
    「締約国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の間の経済的協力を促進する。」とあり、力関係的にアメリカに引きずられる形で経済や外交をアメリカに合わせることになって来たからです。日米構造協議だの対日要望書だのTPPだのは安保条約2条が根拠だと言います。
    もちろん、日本の対共産圏外交・経済政策に見られたように、安保条約はより直接的に外交を縛ります。

     まあ、安保破棄は通告すれば1年後に成立しますから、EU離脱と違って?手続き的には簡単ですが。

  3. なると より:

    > そこで、万が一日本が侵略を受けた場合には、国民全員が抵抗すればよいのだ。
     
    すみません、一つ教えていただきたいのですが、ここの『よいのだ』ってどういう意味ですか?
     
    たとえば『隣町に行きたいなら電車に乗ればよいのだ』という文なら、『よいのだ』は『隣町に行くという目的を果たすことができるのだ』という意味ですよね。では、森永氏がここでつかっている『よいのだ』はどういう意味なのでしょう。
     
    まさか、銃を見たこともないよう、そのへんのおじさんおばさんが棒を振り回して防衛力を担保できるという意味ではありますまい。となると、国民全員が抵抗することで得られるだろう利益や、果たされるだろう目的がわからないのです。
     
    私は、大事なのは第一に国民の命や財産を守ることだと思っています。しかし、「みんなでゲリラ戦をすればいいよ」という森永氏の考えでそれが果たされるようには思えない。となると、違うところに利益や目的があるのでしょうか?
     
    難しいことを聞いているつもりはありません。森永氏がどういう意味で『よいのだ』と書いたのか、それを知りたいのです。

  4. より:

    フィリピンと言えば、たしか十数年前に、複数の巨大米軍基地を追い出すことに成功しましたよね。日本の報道機関はほとんど、その顛末を詳しく報じなかったように思います。これも森永さんのおっしゃる隷属のせいかもしれませんね。

  5. 鳴井 勝敏 より:

     安倍氏のトランプ詣で、自主外交能力の脆弱さを世界中にアピールした、と私には映った。政権が稼働しているわけでもない。各国の指導者が訪れているわけでもない。日本の行動が突出しているからだ。               >自衛隊を「災害救助隊」に改組する。自衛隊の本務を災害救助に変更するのだ。賛成です。             国際貢献=武力貢献ではない。被爆国日本。憲法9条を持つ日本。国際貢献を武力以外の貢献を強調できるのは世界中日本だけである。この貴重な位置を放棄してはならない。戦争は人殺しである。一体人類はいつになったら戦争の呪縛から解放できるのか。攻撃は人の本性などと言っている場合ではない。
     トランプ大統領の登場は、戦後レジームを推進、民主主義を一層進化させ、立憲主義の根を拡散、独自外交に転換する絶好のチャンスである。日本はいつからアメリカ合衆国日本州になったんですか。これは,北京で裁判所視察の際、京都大学で学んだ地元の弁護士が述べたのだ。

  6. 多賀恭一 より:

    トランプ大統領はドル安政策。
    安倍総理は円安政策。
    二人の政策は矛盾する。

  7. 樋口 隆史 より:

    有名なコミック『AKIRA』でも、ラストはアメリカへの隷属に対する否定の道と問題定義で幕が下ろされていました。20世紀はほんとうにいろいろありました。ガラリと世の中、変わりすぎてしまったのではないかと個人的に考えています。でも、極端な変化には揺り返しがつきものです。21世紀になりました。大きなうねりがやってくる予感がします。その中、森永さんのご意見には大胆さを覚えました。でも、決してあり得ない選択肢ではない、そう思います。武器の世界でも、EMI型兵器の開発推進によって、ますます高度で複雑な電子回路を持つようになってきた相手の兵器を使用不可能にする技術を開発すべきだと思っております。

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森永卓郎

もりなが たくろう:経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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