森永卓郎の戦争と平和講座

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 11月14日、APEC首脳会議が、域内の経済統合を目指す「横浜ビジョン」を採択して、閉幕した。会議のなかでは、域内経済統合の基礎として、加盟国間の関税を相互撤廃するTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が採り上げられ、日本政府もTPPへの参加を検討する方針を表明した。

 日本の世論は、TPP参加に好意的だ。関税がなくなったら、物価が安くなるし、日本の輸出産業も関税がなければ、輸出がしやすくなると単純に思うからだ。

 確かに、経済産業省の推計によると、TPPに参加しない場合は「2020年時点で実質GDPが1.53%、10.5兆円減少」するとされている。TPPに参加しないと、例えば韓国からは米国に無税で乗用車が輸出できるのに、日本の乗用車には関税がかかってしまって、競争上不利になるからだ。

 また内閣府は、世界経済モデルを使ってシミュレーションを行い、TPPに参加すれば「実質GDPが2.4兆円から3.2兆円増える」と推計している。この推計は、日本経済全体の効果を捉えていて、安い輸入品が買えるようになるという消費者のメリットも、効果に含まれている。

 こうした試算だけをみると、TPP参加には大きな問題がないようにもみえるが、最大の問題は、日本の農業が壊滅的な打撃を受けるということだ。農水省の試算によると、関税が撤廃されれば、農産物の生産額は4.1兆円減少し、食料自給率が現在の40%から14%へと低下、雇用が340万人減少するとしている。

 農水省の推計は、19品目の主要農産物について、関税が即時撤廃されたときの影響を試算したものだが、関税を撤廃すると、日本のコメだけでなく、小麦、砂糖、バター、チーズなど、多くの農産品が壊滅的な状態になることが明らかにされている。

 この推計に対しては、悲観的すぎるという意見もある。日本の農業は、高付加価値化していけば、十分生き残れるというのだ。果たしてそれは正しいだろうか。

 例えば、コメの場合は、現在778%の関税がかかっていると報道されているが、それは現在のコメの国際価格をもとに関税率を逆算するとそうなるということで、現実のコメの関税は1キロ当たり402円という従量制になっている。しかし、関税は10キロで4020円という高額だから、この関税を支払って国内に輸入されている外国産米は、ほとんどないのが実情だ。しかし、もし関税がなくなれば、いまコメの国際価格は10キロで500円程度だから、国内の流通経費を加えても10キロ1000円程度で買えるようになるだろう。もちろん、外国産米に新潟産コシヒカリのような美味しさはない。しかし、米不足のときに輸入されたタイ米がパサパサだったのは、品種が長粒種だったからだ。日本のコメの関税がゼロになれば、当然日本向けに短粒種のコメが海外で栽培されるようになる。そうなったら、普通の消費者は、価格が3分の1の外国産米に流れていくだろう。もちろん、日本のブランド米や有機米は生き残るが、そうしたコメを買える消費者は全体の1割だ。農水省の推計でも国産米の生産は10分の1に激減すると見込まれている。つまり、日本の水田は放っておけば、やはり壊滅してしまうのだ。

 それでも、コメはまだましかもしれない。農水省の推計では、小麦は国産100%小麦粉(生産量の約1%)を除いて全て外国産小麦粉に置き換わり、砂糖は、国産糖のすべてが外国産精製糖に置き換わり、バターやチーズも、ほぼ全量が外国産に置き換わると予想されているのだ。

 もしこれが現実になったら、日本の国土は荒れ果てるだろう。日本の水田や畑の多くが消えていくのだ。それは日本の田園風景を変えてしまう。実はそのことは、林業で先行して起きている。安い外国産材が入ってきたおかげで、国産材が売れなくなった結果、日本の山が手入れされなくなり、山が雑木で荒れ果てている。間伐をしないから、下草が生長せず、保水力が低下し、地滑りも起こりやすくなっている。TPP参加で、農業対策を打たなければ、耕作放棄地が激増するのだ。ただ、その対策のためには、数兆円のコストが必要であり、対策の財源をひねり出すのは容易ではない。

 そもそもなぜ日本が、TPPに参加しなければならないのだろうか。現在、TPPの参加国は、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国と新たに加盟を表明しているオーストラリア、ペルー、アメリカ、ベトナム、マレーシアの5カ国を合わせた合計9カ国だ。

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 ところが、この9カ国のうち、関税の原則撤廃を基本とするFTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)を日本とすでに結んでいる国は、シンガポール、ブルネイ、チリ、ペルー、ベトナム、マレーシアの6カ国だ。また、オーストラリアとは、EPAの締結交渉中だ。つまり、TPPに日本が参加することによって、関税の無税化に向かうのは、アメリカとニュージーランドだけなのだ。

 そう考えると、どうしても気になることがある。アメリカが日本にTPP参加を呼びかける本当の理由は、TPP参加によって、日本への農産物輸出を急拡大したいという思惑なのではないかということだ。もちろん、日本の輸出産業の利益を代弁する日本経団連もTPPへの参加を強く望んでいる。

 民主党政権のなかで、TPPに熱心なのが、財界寄りで親米派の前原・野田グループであることとも、このことは整合的だ。

 もちろん、環太平洋の国々との付き合いのなかで、日本に必ずしも利益をもたらさないTPPへの参加が、避けられないという事情があるのかもしれない。しかし、その場合は、農家の所得補償をどのように、どれだけの規模でするのか、その財源も含めて、早急に詰めるとともに、どうしたら日本の農業を維持発展できるのかというグランドデザインを描いておかないと、TPP参加は、日本の農業に深刻な影響を与えるだけに終わってしまうだろう。

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森永卓郎

もりなが たくろう:経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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