森永卓郎の戦争と平和講座

 野田佳彦総理は、8月10日に参議院で消費税増税法案を成立させた。政治生命をかけると言っていた法案が成立したのだから宰相の地位に未練はないのかと思っていたら、どうやらまだまだ総理大臣の椅子に座り続けたいようだ。民主党の代表選挙に立候補したからだ。細野豪志環境大臣が、若手議員に推されて対抗馬として出馬しそうになったときには、一瞬のあせりもあったかもしれないが、結局、細野大臣の不出馬決断によって、野田氏の民主党代表と総理大臣の地位は揺るがない見通しとなった。

 これで、自民党の谷垣禎一総裁が、9月26日に投票される自民党総裁選挙で勝利すれば、野田総理と谷垣総裁の二人が思い描いたとおりに選挙後の政界は再編されることになるだろう。すなわち、自公民の連立政権だ。

 解散総選挙で民主党が惨敗するのは確実だ。子ども手当や高速道路無料化など、マニフェストに掲げた基本政策をことごとく反故にしてきたのだから、当然だろう。代わって比較第一党に躍り出るのは、ほぼ間違いなく自由民主党だ。いくら維新の会に勢いがあると言っても、地方の小選挙区での苦戦は確実だから、いきなり第一党にはなれない。そこで、自民党、公明党、民主党の3党で連立政権を作るというのが、野田総理と谷垣総裁の密談で合意されたことなのではないだろうか。選挙後、総理大臣のポストは谷垣氏に交替するが、野田氏も重要閣僚として権力の座に居座り続ける。自公民の3党が連立すれば、衆参の双方で過半数を確保することができるから、政治は安定する。この体制は、財務省にとっても最高のシナリオだ。財務大臣OBである谷垣総裁、野田総理の二人が政界のトップに君臨し続けるなかで、消費税率を10%から20%、あるいはもっと高い税率へと、引き上げ続けていくことができるからだ。

 ところが、政界の一寸先は闇とはよく言ったもので、思わぬ伏兵が現れた。谷垣総裁に引導を渡したのは、出身派閥の領袖、古賀誠会長だった。古賀誠会長は、9月3日に、「もっと若い人を支持したい」と、総裁選で支持しないと谷垣氏自身に通告したのだ。このことで谷垣総裁は、総裁選立候補に必要な20人の推薦人集めにも、苦労する立場に追い詰められてしまった。もちろん、財務省の支援を受けて、谷垣総裁が巻き返す可能性はゼロではない。だが、谷垣総裁の再選が、相当厳しくなったことは事実だ。

 その一方で、現時点で自民党総裁に一番近づいているとみられるのが、安倍晋三元総理だろう。一回目の投票では石原伸晃幹事長に負けるかもしれないが、決選投票の際は、石破茂元防衛大臣と連携して、逆転勝利できるだろう。

 安倍元総理が自民党総裁になれば、連立の相手が変わってくる。安全保障面での右派思想で共通する橋下徹大阪市長と連携するのは、ほぼ確実だろう。もしかしたら自民党と維新の会の間で、選挙協力が行われるかもしれない。都市部に強い維新の会と地方部に強い自民党が手を握れば、大部分の選挙区で、民主党を殲滅することができるだろう。

 もちろんその場合は、民主党と野田総理は、政権のなかに残ることができない。政権の財務省支配も大きく後退する。何しろ反官僚の橋下氏が権力を握るのだから、財務省の思いのままにはならなくなるのだ。私は、可能性としては、7割方、この安倍・橋下政権の誕生になるのではないかと思っている。

 それは一見よさそうなことにみえるが、私は、安倍・橋下政権のほうが、中長期的にはずっと怖いと思う。この政権が誕生すれば、すぐに取り組むのは、防衛費拡大と憲法改正だろう。安倍氏は、総理時代、もう少し在任期間があれば、「現行憲法下でも集団的自衛権の行使は可能だ」という総理見解を発表していたはずだ。アメリカという親分がやられたら、日本は一緒に戦いに加わる。日本はそうした国に変わるのだ。

 大きな問題は、こうした大きな路線転換が、国民の選挙による選択ではなく、自民党内の総裁選挙で決まってしまうということだ。しかも、もっと問題なのは、日本の未来の選択肢のなかに、リベラル勢力の名前が一切出てきていないという事実だ。

 どの選挙予測をみても、次期解散総選挙で、小沢グループ(国民の生活が第一)が壊滅するというシナリオは揺るがない。また、社民党や共産党が大躍進するという予測もない。わずか3年前に、国民は、「民主党」というリベラル勢力に圧倒的な支持を与えて政権交替を実現した。その直後、民主党内の右派、前原・野田グループの国会議員の数は、民主党全体の6分の1を占めるに過ぎなかったのだ。それが、鳩山総理の辞任、小沢一郎氏の裁判、そして消費税増税法案の強行突破による小沢グループの離党という形で、民主党というリベラル政党が、いつのまにか自民党よりも右派の保守政党に変貌してしまった。

 さらに、野田総理は、小沢氏率いる「国民の生活が第一」に選挙目当てで耳ざわりのよい政策を掲げる野合の集団といったイメージを貼り付けることにも成功した。冷静に考えれば、政権交代を実現する際の原動力となった2009年マニフェストから、一番ぶれていないのが誰かということは、すぐに分かるはずだ。

 そのことに国民がはやく気付かないと、日本は再び戦争への道をまっしぐらに進むことになるだろう。

 

  

※コメントは承認制です。
第55回 解散総選挙後の政治体制がみえてきた」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    解散総選挙も近し、との空気に、あいもかわらず「政局」ばかりを追った報道が目立ちます。
    でも、重要なのはその「政局」のプレイヤーたちが、それぞれどんな政策を取ろうとしているのか? ということ。
    森永さんも指摘しているように安倍・橋下政権が誕生すれば、脱・平和主義、そして社会保障切り捨ての方向性への暴走は明らか。
    なんとかそれを止められるのは、ほかならぬ私たち自身だけなのです。
    ご意見・ご感想をお寄せください。

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森永卓郎

もりなが たくろう:経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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