時々お散歩日記

 あれっ、もう7月だ。2013年も半分が過ぎたわけだ。このごろ、月日の経つのが妙に速い。ちょっとグズグズしていると、1週間なんてすぐに過ぎてしまう。
 誰かが言っていた。
 「60歳の人間にとっての1年は、人生の60分の1でしかないが、10歳の子どもにとっての1年は人生の10分の1。だから、歳をとればとるほど時間は速く過ぎ去るのだ…」と。
 うーん、そうだなあ。僕の時間もどんどん過ぎていく。残された時間はもう、そう長くはないということだ。長くはない、と意識すれば焦る。時間が尽きる前に、なんとか「これだけは」…、などと考えるからだ。

 2011年3月11日以来、僕はこのコラムのほとんどの部分を「原発問題」に費やしてきた。当初は、とにかく現象を追うことで精一杯だった。だが、実態は少しも改善されていない。改善どころか、このところの動きはまさに逆回転、以前の悪夢をもう一度甦らせようとする連中が、我が物顔に跋扈するようになってきた。
 それに歯止めをかけるべきマスメディアの報道も、かなり下火になりつつある。火が小さくなれば、受け止める人々の意識も小さくなる。まるで原発問題は終わったかのよう…。
 だから、僕も少し焦っているのかもしれない。焦ると、時間はよけい速く過ぎ去る。
 <時は流れ、ぼくはとどまる…>と書いたのはアポリネールだったか。うむ、僕もじっくりととどまって物事を考えよう。焦ったら、悪巧みの連中の術中に陥るだけだ。

 各マスメディアの世論調査などを見ていると、アベノミクスとやらに煽られた「経済問題」が今回の参院選での注目点の第1位だという。ほとんどの人が景気回復など実感できていないにもかかわらず、なんとなく気分でアベノミクスとやらを支持する。「おかしいぞ」という声はなぜか小さくしか扱われない。
 「原発輸出もアベノミクスの重要な柱」という安倍内閣の方針も、マスメディアはそのまま報じる。そして、そんな安倍自民党が参院選でも圧勝しそうだとの報道を繰り返す。それが「安倍はおかしいぞ」と思っている人たちの心を萎えさせる。
 まるで「選挙なんて行っても無駄だよ。結果は見えているんだから」と、マスメディアが言っているみたい。「このままだと安倍自民党が大勝するよ。それでいいのか? とにかく選挙へ行こう」となぜ書かない?

 「両論併記」という日本のマスメディアの悪しき慣習が、どれだけ人々から批判の牙を抜いてきたか。
 「原発輸出は間違っている。安全性確保などできていないではないか」と、徹底的に事故収束論のウソを暴くべきだろう。
 「いや、そういうこともかなり報じているよ」と、マスメディア側は必ず反論する。確かに「かなり報じている」のは事実だ。だが一方で「こういう別の議論もある」と、輸出容認論を並列に(同じ分量で)報じる。これが日本のマスメディアが陥っている罠。あっちが正しければこっちも正しい。
 そんなバカなことがあるものか、と僕は思う。「こういう意見もあるが、それは間違っている」と書けば(言えば)いいじゃないか。お前には意見はないのか、と記者の本音を聞いてみたいことがあまりに多すぎる。
 典型的なのがNHKニュースのシメの言葉だ。
 「これは、国民すべてが考えなくてはならない問題ではないでしょうか」てなコメント。
 お前はどう考えてんだよ、NHKの見解はどうなんだよ、それでいいと思ってんのかよ、と思わず突っ込みたくなる常套句。
 とりあえずこう言っとけば問題はないだろう、という究極の曖昧ごまかしコメント。NHKのキャスター教育の成果は、権力批判はまったくせずに、問題を「国民すべて」に丸投げするという、まことに権力者にとって都合のいいものになっているようだ。

 それでも時折、そこを引き出してくれたか、という胸のすくような記事もある。これを、政府や自民党へ直接ぶつけてくれよ、と思うような記事だ。毎日新聞がまず6月29日夕刊で一報。

新潟知事、新基準を否定
柏崎刈羽原発 再稼働困難に

 新潟県の泉田裕彦知事は、29日までに毎日新聞の単独インタビューに応じ、原子力規制委員会の新規制基準は不十分で「(同県内に立地する)東京電力柏崎刈羽原発が新基準を満たしたとしても安全を確保したことにはならない」との認識を示した。立地県の知事が原発の安全性に疑問を投げかけたことで、東電が目指す早期の原発再稼働は困難な見通しとなった。(略)
 政府は、規制委の新基準を満たした原発は安全性が確保されたとみなし、順次再稼働させる方針を示している。しかし、実際に再稼働させるには地元自治体の了解も必要。泉田知事は。柏崎刈羽原発の再稼働の是非については「福島の事故の検証・総括が先」などと直接的な言及を避けたが「規制委の新基準では県民の安全を確保できない」との認識を鮮明にしており、仮に規制委の基準を満たしても再稼働を認めない公算が大きい。(略)

 泉田知事はかねてから、同様の意思表示をしていたが、ここでついにはっきりと言明したわけだ。その言葉を、規制委の新規制基準が施行される直前に引き出したという時期的な意味において、毎日新聞のスクープというべきだろう。
 続いて翌30日付では、インタビューの一問一答を掲載。より詳細に、中身を伝えている。

(略)規制委に地方自治の専門家が一人も入っていない。事故時に原子炉の圧力を下げるベントをする場合は、放射能を含んだ水蒸気を放出するため住民の避難が必要になるが、規制委は新潟県の意見を一切聞かずに基準を作った。原発の安全管理に関する県の技術委員会も意見を表明したが、まるで耳を傾けてくれない。こんなデタラメなやり方は初めてだ。規制委の田中俊一委員長は、私の質問に「答える義務はない」と発言した。外部に説明するつもりがない基準など評価に値しない。(略)
 規制委は100万年に1回の確率で事故は起きると言っている。新基準は(事故を起こさないための)安全基準ではなく、「規制を実行すれば、後は知らない」といっているようなものだ。(略)
 柏崎刈羽原発はBWR(沸騰水型)で、新基準を満たすにはフィルター付きベント施設が必要だが、設計すら終わっていないと聞いている。(略)

 ここまではっきりと規制委の新基準を批判し、異議を申し立てた地方首長は初めてだろう。これに対して、規制委がきちんと回答したとは聞いていない。規制委は「デタラメ」とまで批判されたのだから、不安と不満を払拭する義務があるのだが、それには答えない。
 それ以上に、これまで「規制委の新安全基準を満たし、地元の皆様のご理解を得た上で再稼働を」と繰り返し、原発再稼働に狂奔(!)してきた安倍や経産省・政府自民党は、これに“誠実に”回答しなければならないはずだ。
 もし、泉田知事の批判を無視したままで再稼働へひた走るなら、自民党の選挙公約「地元の皆様のご理解を得た上での原発再稼働」というのは、まったくのウソだということになる。
 まあ、ウソをつき放題についてきたのが自民党の原発政策なのだから、今度も適当にごまかしてやり過ごそうとするだろう。だが、そんな逃げ方を許してはならない。毎日新聞は、これを単なるインタビューに終わらせずに、政府首脳や自民党幹部に直接ぶつけて、しっかりした返答を吐き出させるべきだろう。
 いい加減な「両論併記=あっちも正しいし、こっちにも理はある」なんてバカな記事ではなく、このインタビュー内容の規制委の新基準批判や、それに伴う政府自民党の原子力政策の破綻をはっきりと指摘し、安倍に迫らなければならない。
 そこまでやって、ようやく真のジャーナリズムといえると、僕は思う。

 だが、県知事の意思にまるで水をぶっ掛けるような反応を示したのが、やっぱり東京電力だった。同じ毎日新聞(7月2日夕刊)が次のように伝えている。

柏崎刈羽 再稼働申請へ
安全審査 東電、今夏にも

 東京電力は2日、柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼働を目指し、原子力規制委員会の安全審査をできるだけ早く申請する方針を固めた。(略)
経営再建には再稼働が不可欠と判断したためで、今夏中の申請を念頭に置く。だが、新潟県の泉田裕彦知事は、原発の新規制基準を否定するなど再稼働に慎重姿勢を示しており、早期の再稼働は依然、困難な情勢だ。(略)
 これまで東電は、安全対策設備の設置に対する県の了解が得られるまで申請を先送りする検討をしていた。(略)

 つまり東電は、安全対策設備の設置よりも、経営の再建を優先したわけだ。現在、東電は資本的にはほぼ国の支配下にある。実質的に「国営」といっていい状態だ。その東電が再稼働申請するということは、すなわち安倍政権の意志と考えてもいいことになる。
 安倍政権下の経産省は、国民の反対の多さなど歯牙にもかけず「国民がアベノミクスで浮かれている間に、さっさと原発を動かしちまえ」と動いているのだ。

 マスメディアの「ジャーナリズム」としての真価が問われる。
 安倍や東電社長に直接取材をして「泉田知事の意見を無視しても再稼働するつもりか」と、はっきり問い質すべきではないか。
 僕は、泉田知事のインタビューを載せた毎日新聞のジャーナリスト魂に期待したい…。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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