マガ9レビュー

(2013年米英独/アントン・コルベイン監督)

 チェーンスモーカーで、ウイスキーの小瓶を持ち歩き、高層ビルのカフェで注文したコーヒーにもどぼどぼと注ぐ。だぶついた腹は日頃の不摂生の「賜物」だ。ドイツの諜報員、ギュンター・バッハマンは、同じスパイでも、007のジェームス・ボンドやミッション・インポッシブルのイーサン・ハントとは似ても似つかない、しかし、極めて優秀なスパイである。「自分たちは表には出てこない人間であり、人々からも好かれていない」と彼はいう。

 バッハマンが働くドイツのハンブルクはイスラム過激派のスパイの拠点のひとつといわれている。物語はロシアのチェチェン共和国から逃れてきたイスラム教徒の若者、イッサが密入国するところから始まる。バッハマンらはイッサをマークし、彼の亡くなったロシア人の父親(母はチェチェン人)がハンブルクの銀行に莫大な金を預けていることを突き止め、そこからテロリストに資金を提供していると思われる人物が浮かび上がってくる。

 バッハマンは、しばらくイッサらを泳がせて、資金のルートを明らかにし、組織の根絶を狙うべきという考えであった。一方、彼の上司やCIAは、そのリスクの大きさを危惧し、いま目の前にいる容疑者を拘束することを優先しようとする。
 盗聴、盗撮、監禁と何でもありの世界。違法行為に対するエクスキューズは「世界の平和」のためである。

 バッハマン演じるフィリップ・シーモア・ホフマンはこれが遺作となってしまった。彼の特異な演技は、共演者を圧倒するよりも、バイプレーヤーの存在感を引き立たせている。バッハマンの秘書役のニーナ・ホス、盗聴・盗撮機械のエンジニア役のダニエル・ブリュームは、それぞれ『東ベルリンから来た女』『グッバイ・レーニン!』で、東ドイツの若者を演じ、私たちに強い印象を残した。できれば全編英語ではなく、ドイツの諜報部員同士の会話はドイツ語にしてほしかった。そうすれば、ドイツとアメリカの諜報員の確執がより伝わっただろうと思うからだ。

(芳地隆之)

 

  

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