立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

国会の運用ルールは、55年体制の遺物

 いつの日からか、“国会改革”の必要性を誰も唱えなくなりました。
 ここでいう国会改革とは、議員定数の削減とか、報酬を●割カットするとか、選挙制度を変えるといった、議員の身分やその選出方法に関する内容ではありません。あくまで、「立法」の府として、いかにして法律案の審議を質的、量的に充実させるかという課題に対峙し、与野党が知恵を出し合って国会の運用ルールを見直していくことです。

 成文化されたルールとしては、「国会法」、「(衆・参)議院規則」が存在します。しかし、法案審議を質的、量的に充実させるため、各議院の委員会、本会議をどうやって動かしたらいいかということについては何も教示していません。国会の運用はまさに、与野党各会派の裁量に属する問題であり、知恵の出しどころなのです。それにもかかわらず、第189回国会は、常会として史上最長の延長会期になったものの(2015年1月26日〜9月27日)、ひとえに国会改革に関しては、内外から何一つとして議論が起こりませんでした。

 衆参両院で現在通用しているルールは、いわゆる55年体制の下、その形が固まってきたものばかりです。党首討論や、内閣総理大臣が出席して答弁を行う法律案の数を絞り込むルールの導入は、2000年のことです。以後、今世紀に入って、議院運営に不平不満を述べる人は多く居ても、残念ながら、国会改革として目ぼしい成果は見当たりません。審議の効率性、議論の深度、ともに現在の運用では不十分であり、何とかこれを改善しなければならないことは、与野党問わず、国会関係者がみな認識していることです。とりわけ、「議員が、その所属する議院に提出した法律案を、審議の土俵に速やかに乗せる」という法案審議促進の課題は、常識的感覚にも添ったものであり、一日も早く実現しなければなりません。

法案が、ただちに委員会付託されない謎

 一例を挙げます。2014年11月14日、日本共産党、社会民主党・護憲連合、無所属の糸数慶子さん、山本太郎さんが共同して、「特定秘密の保護に関する法律等を廃止する等の法律案」(以下、「廃止法案」と記します)を参議院に提出しました。

 法律案が提出されると、参議院議長はその当日、これを審査するに相応しい「委員会」に送らなければならないことになっており(国会法56条2項。この手続きを「付託」といいます)、廃止法案は11月14日付で参議院の内閣委員会に送られなければなりませんでした。しかし、実際にはそうならず、廃止法案は山崎正昭参議院議長の机の上に置きっぱなしになっていました。

 なぜ、こんなことが起きたのか。それは、山崎議長が廃止法案を内閣委員会に付託しようとするのに「待った」をかけて、しばらく保留するよう、議長に要求した会派があったからです。

 この「待ったの要求」は、参議院の慣例で、所属議員が10名以上の会派だけが行うことができます。廃止法案に対しては、自由民主党、民主党・新緑風会、公明党、みんなの党及び維新の党の5会派が「待ったの要求」をかけました。

 廃止法案に「待った」がかかったまま、誰も、どの会派も、「待った」の要求を解く手続きを行わず、衆議院解散と同時に(2014年11月21日)廃案となってしまいました。無論、参議院内閣委員会では一度も、審査の機会がなかったことになります。

「待ったの要求」をかける意味は?

 「待ったの要求」は国会でも長い歴史があります。国会法56条の2という規定に基づくもので、先例もありますが、一言でいえば、提出された法案の趣旨、内容をすべての議員に周知するため、というのがその本来的な意義です。法案をいきなり委員会に付託するのではなく、本会議でその趣旨、内容を提出者から説明してもらって、その内容に対する質疑を行って、それが終わってから委員会に付託し、審査を始めよう、というものです。

 今回の例にあてはめて言えば、参議院内閣委員会にいきなり廃止法案を付託しても、内閣委員会に所属する議員20名はその内容について知識を深めつつ、議論に参加することができますが、内閣委員会に所属しない残り200名以上の議員はそれが出来ません。内閣委員会の議論がよく分からないまま、本会議の採決に臨まなければならなくなるというのは不都合です。そこで、委員会に付託する前に、まずは、議員全員が一堂に会する本会議で、提出者から廃止法案の趣旨を説明してもらおうではないかと、それで「待った」をかけるわけです。

 ここまで説明すれば、5会派による「待ったの要求」に応じて、参議院本会議をすぐに開いて、廃止法案の提出者4名からその趣旨を説明してもらい、質疑を行えば済む話ではないかと思われるでしょう。確かに、そのとおりです。

「待ったの要求」の濫用が常態化している

 しかし、現在の運用では、「待ったの要求」を解くことが出来る権限を持っているのも、所属議員が10名以上の会派に限られています。本会議で法案の趣旨を説明してもらうかどうかを実質的に決定するのは、参議院議院運営委員会の理事会ですが、所属議員が10名以上の会派でないと、理事会のメンバーに就くことができません。

 つまり、「待った」をかける主体と、それを解く主体とが、同一化してしまっているのです。誰がどう考えても、法案審議を簡単に止めることができる運用になってしまっています。政府与党は言うに及ばず、別の対案の提出を目論む他の野党からも、委員会に付託されては困る法案として「待った」がかけられてしまうのです。「待った」が一度かけられてしまうと、よほど気変わりしない限り、その先の法案審議に進むことができません。

 「待った」の本来的意義は、すべての議員に提出法案の趣旨、内容を周知することだと先ほど説明しましたが、それはあくまで法律上、先例上の「建前」にすぎません。廃止法案の提出者から趣旨の説明を聴こうと、前記の5会派が参議院本会議の設定に勤しんだという話を聞いたことがありません。何より、廃止法案が委員会に付託されるのを「阻止」し、葬り去るためだけに行ったと言っても過言ではありません。

 衆議院は政党本位に、参議院は個人本位に、それぞれの運営を行っていくのが理想と考えます。参議院では、思想、立場がいかにあろうとも、議員個人の活動がもっと尊重されるべきです。現在の運用が当たり前のように続いていけば、山本さん提出の法律案は今後、何回提出されようとも、委員会の付託に漕ぎ付くことは絶対にないでしょう。これが、憲法、国会法の理念に沿うものかどうか、与党と野党の両方を経験した多くの議員が在職する今だからこそ、真剣に考えてほしいのです。

 現在、参議院において「待ったの要求」をかける会派、それを解く会派は、自由民主党、民主党・新緑風会、公明党、維新の党及び日本共産党の5会派です。野党再編の影響が今後あるかもしれませんが、いずれも参議院の運営に大きな責任を持っている会派です。参議院が変われば、衆議院も変わらざるを得なくなります。引き続き、今後の動きを注視していきます。

※「待ったの要求」は、永田町の業界用語では「吊るし」と呼ばれます。ただ、「吊るし」だと、一般には意味しにくいので、表現をあえて変えました。

 

  

※コメントは承認制です。
第79回 山本太郎さん提出の法律案は、なぜ参議院で審議されないのか?」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    自由な議論が保障され、少数意見をどう尊重していくのかを考えることが民主主義だとすれば、「待った」のルールはまるでその反対です。今回の安保関連法案の審議をみていても、市民感覚の常識では、とても通用しないような国会運営が行なわれているように感じました。選挙制度にしても、国会運営にしても、慣例や通例だから…と済まさずに、一から見直す時期に来ているのではないでしょうか。

  2. 高瀬智恵子 より:

    熱意がひしひし伝わる山本太郎議員がとても素敵です!皆が貴方について行きたいのですよろしくね!

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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