立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

9年前、国会は強行採決の嵐だった

国会正常化の3党申合せを報じる、毎日新聞朝刊(1967年8月7日)

 ふと、2007年上半期の国会情勢が思い出されます。
 夏の参議院選挙を控え、実績づくりに焦っていた(第一次)安倍内閣と自民党は、毎週のように衆議院の委員会で法案の強行採決を行い、参議院に送り付けるという乱暴な議事運営を繰り返していました。当時、社会問題になっていた“消えた年金記録”への対応、いわゆる教育三法の改正など、衆議院だけでも13本の法案について、強行採決を続けていたのです。

 昨年、労働者派遣法の改正案を審査していた衆議院厚生労働委員会では、渡辺博道委員長が突如として質疑を打ち切ったため、委員会が激しく混乱しました(2015年6月12日)。渡辺委員長はこのとき首をねん挫し、法案採決のとき、コルセットを巻いて臨んでいた姿が記憶に新しいところです。また、安保関連法案を審査していた参議院平和安全保障特別委員会では、鴻池祥肇委員長が、自民党議員による「人間かまくら」に取り囲まれる中、委員長の発言がまったく聴こえない状況であったにもかかわらず、修正案を含む採決が有効に成立したことになっています(2015年9月17日)。議事が混乱した後、手続上の瑕疵(かし)を問わないまま、何事も無かったように仕切り直しに(責任があいまいに)なってしまうのは、現在の国会運営の決定的な問題点だといえます。

 通常国会の召集から3週間が経ちました。2月中旬からは、予算案と並行して、内閣が提出した法案の審査が始まっていきます。そしてここにきて、甘利明大臣の政治資金問題が浮上しました。野党が対決姿勢を強めていくにつれ、政府・与党は、法案などを出来るだけ早く成立させることに意識が集中するため、これから、どんどん追い込まれていくでしょう。焦った挙句、「TPP承認」などの重要案件について、質疑を突然打ち切り、強行採決に踏み切るであろう、そんな悪い予感がします。
 
 昨年の通常国会も相当荒れましたが、過去をみると、現在とは比べられないほど長時間にわたって、激しい対決(肉弾戦)が繰り広げられました。そんな時代もあった故に、議員間の激しい言葉の応酬、野党議員による物理的な抵抗を国会審議の「華」とみる、古臭い政治観が残り、知らずと伝承されている面があります。他方で、新しい政党や、若い年齢の議員が多く誕生している昨今、議事運営における暴力的な手法は、議会制民主主義を内側から破壊する振る舞いとして、これを忌み嫌う空気が生まれていることも事実です。プロ野球の乱闘シーンと同じく、国民から見ても、強行採決は心地いいものではありません。

 いまから半世紀ほど前、毎日が大混乱だった第56回臨時国会(1967年7月27日~8月18日)で、委員会での強行採決を二度と繰り返さないための、ある秘策が検討されていました。“国会改革のヒント”を得るべく、今回、一昔前の知恵をひも解いてみたいと思います。
 

健保国会、混乱の毎日

 1967(昭和42)年8月1日。衆議院社会労働委員会では、「健康保険法及び船員保険法の臨時特例に関する法律案」(健保特例法案)の審査が始まりました。健保特例法案は、政府管掌健康保険(政管健保)の昭和42年度赤字745億円を補てんするために、保険料率を上げ、初診と入院時の患者自己負担割合の増分、薬代の患者自己負担分を新設するという内容で、当時の佐藤栄作内閣が最重要法案と位置付けていました。他方で、野党の社会党、民社党、公明党、共産党はこぞって反対姿勢を強めており、到底、波穏やかな環境で法案の審査が進められる状況ではなかったのです。

 混乱は、まもなく発生しました。1日の社会労働委員会では、坊秀男厚生大臣(当時)が健保特例法案の内容を説明していますが、委員会室がかなり騒然としていたことは、当日の会議録から明らかです。川野芳満委員長(当時)が開会を宣言すると同時に、野党議員が委員長席に駆け寄り、議事進行を阻止しようとしていた状況がうかがえます。

川野芳満委員長(自由民主党) 委員会を開会いたします。(発言する者、離席する者多し)
 ……(聴取不能)を議題として、当局の説明を求めます。坊厚生大臣。
坊秀男厚生大臣 両案の説明をいたします。
 ……(発言する者多く、聴取不能)特例法案は……(発言する者多く、聴取不能)とするものであります。
 ……(発言する者多く、聴取不能)本改正案は……(発言する者多く、聴取不能)
 何とぞ御可決あらんことをお願いいたします。(拍手)
川野委員長 これにて説明は終了いたしました。
    ―――――――――――――
川野委員長 これより質疑に入ります。
  〔発言する者多く、議場騒然〕
  〔委員長退場〕

(1967年8月1日 第56回国会衆議院社会労働委員会会議録1頁)

 翌2日、法案の審査がやっと始まったところで、自民党議員が突然、質疑打切りの動議を提出し、そのまま強行採決に至っています。会議録からも、動議のあと、相当な混乱が生じたことが把握できます。「聴取不能」と記されている間に、与党議員の誰かが政府原案に対する修正の動議を提出し、採決が行われていることも読み取れます。しかし、その内容や、採決までの過程について、会議録からはうかがい知ることはできません。

佐藤観次郎委員(日本社会党) 先日、わが同僚の島本委員への本会議の答弁で、先ほど水田さんが言われたように、保険は保険のたてまえだということで、盛んにそういうことを………
天野光晴委員(自由民主党) 委員長、議事進行。委員長、議事進行について発言があります。質疑打ち切りを願います。
  〔発言する者、離席する者多し〕
川野芳満委員長(自由民主党) ……(発言する者多く、聴取不能)起立多数。………(聴取不能)
坊秀男厚生大臣 ただいまの修正案については、政府としては……(発言する者多く、聴取不能)ものと考えます。
  〔発言する者多く、聴取不能〕
 〔委員長退場〕

(1967年8月2日 第56回国会衆議院社会労働委員会会議録8頁)

国会正常化策として考案された、議長の「差戻し権」

 社会労働委員会で2日、健保特例法案が“可決”したことを受け、次は衆議院の本会議で、いつ採決を行うかという日程闘争に移行するわけですが、法案を速やかに審議し、可決しようとする政府・与党と、あらゆる合法的抵抗手段を用いてそれを阻止しようとする野党との攻防が、まもなく頂点に達しました。当時、野党第一党であった社会党が、国務大臣の“不信任決議案”を連発し、本会議場で「牛歩戦術」を徹底して行ったのです。土・日も続けられました。当時の新聞に「審議不在」「国民不在」の見出しが躍る中、衆議院は、完全なデッドロックに陥っていたのです。

 激しい混乱と著しい審議停滞を打開しようと、石井光次郎衆議院議長(当時)のあっせんで、3党(自民、民社、公明)は2項目からなる「国会正常化申合せ」で合意しました(1967年8月7日)。社会労働委員会で強行採決が行われてから、5日後のことです。

 3党の国会正常化申し合わせ(1967年8月7日)
 自民党、民社党、公明党の各党は、国会の正常化をはかり、現在の混乱した国会を収拾することとし、これに伴い議長ならびに各党は、次の申合せを誠心誠意尊重し、その実現をはかることとする。
一、議長が委員会における採決を不適当(一方的な質疑打切り、強行採決など)と判断した場合、その採決を無効とし、委員会に差し戻す権限を議長に付与する趣旨の国会法の改正を行なうこととし、近い国会において成立させることに、各党は責任をもつ。
一、委員会、本会議における少数党の発言については、各党はできるかぎりの機会を与え、国会が正常な状態で審議が尽くされる場合においては、物理的抵抗は行なわない。

 注目すべきは、第一の項目です。議長が不適当な委員会採決を認めた場合に、これを無効とし、委員会に法案などを「差戻す」権限を与えることで合意されています。その旨、国会法の改正を各党が確約することも盛り込んでいます。申合せ事項に基づき、衆議院の法制局は、次のような国会法改正案をまとめました。

第○条 議長は、委員会の採決を著しく不適当と認めたときは、その案件を委員会に差し戻して、更に審査させることができる。この場合、議長は、委員会に必要な指示をすることができる。

 この「議長差戻し権」こそ、委員会での強行採決を二度と繰り返さないため、当時考案された秘策だったのです。
 議長が差戻し権を行使するかどうかは、政治的な裁量によるところが大きいものの、適切に行使しない場合においては、与党は当然、議長の政治責任が問われ、ひいては与党に対する批判が強まる事態を回避しようと考えます。この条文があることで、与党は自ずと「著しく不適当」な採決を回避しようと努めるインセンティヴになります。

議院代表である議長の責任を、しっかり問う社会に

 これまで、議長というのは“お飾りの名誉職”で、議事運営の混乱に関してはどこか傍観者的で、個別に責任を取らないことが当たり前でした。市民の側も、議長というのはそういう存在であると、思い込んでいるところがあります。安保関連二法案の審議、採決に関して、政府批判はあっても、議長の責任を問う声はあまり聞こえてきません。一票の較差是正に関する選挙制度改革についても同じで、議長に対する責任追及はある意味で「のれんに腕押し」であり、別の意味で「タブー視」されるところがあります。しかし、議長の差戻し権を明確にすれば、議長から法案の付託を受けた委員会との間に、いい意味での緊張関係が生まれ、議事運営の責任主体としての立場が明確になります。差戻し権を適切に行使しなかった議長に対しては、次の国政選挙で有権者が適切に審判を下すことができます。

 両議院の慣例で、議長は与党第一会派から、副議長は野党第一会派から選出されています。これに着目して、副議長に一定のチェックを担わせることも考えられます。つまり、議長が差戻し権を適切に行使しない場合に、副議長は、議長に対して差戻し権を行使するように「進言」することができるようにすればいいのです。通常であれば、議長の諮問を受けて、議院運営委員会(略して「議運」)という組織が、議院の運営全般に目配せし、決めるべきことを決めていますが、混乱が生じるということは、議運が機能しなくなるということなので、この意味で副議長が唯一のチェック役になるでしょう。

 石井衆議院議長は、健保国会から2年後に行われた健康保険法改正案の審議のさい、衆議院本会議で記名採決を避けて、“起立採決”による強行突破を図って議場が大混乱した責任を取り、議長を辞任しています(1969年7月16日)。議事の混乱で、議長の首が飛ぶ時代があったとは、隔世の感があります。

 ある委員会の不正常な運営が原因で、その後、議院全体が不正常と化したり、その不正常さが他の議院に飛び火することは今後も避けられません。しかし、「いざとなったら議長の首が飛ぶぞ」という緊張感が生まれることで、現場の混乱には歯止めがかかると考えます。昨年秋、安保関連二法案の審議がすべて終わったところで、衆議院でも参議院でも、前記のような「申合せ」を行っておくべきだったでしょう。

 読売新聞(1967年8月7日)朝刊3面に、「よみがえれ政治」と題する緊急特集記事が掲載されています。「自、社両党とも、旧態依然とした国会対策に、このへんで再検討を加える必要があるのではないか。そして多党化時代にふさわしい、新しい国会運営のルールを作り出す努力こそ、緊急な課題だろう」と、政治への注文を付けて、記事は結ばれています。

 残念ながら、「新しい国会運営のルールを作り出す努力」は滞ったままです。
 健保国会から50年近く経ちましたが、いま一度、委員会の強行採決を許さない「議長の差戻し権」という秘策に注目し、与野党で紳士協定を結びつつ、国会法に盛り込むべきです。非民主的で、非生産的な議事運営が行われることがないよう、いまこそ制度を思い切って見直すときです。冒頭申し上げたように、議事が混乱した後、手続上の瑕疵を問わないで、その都度仕切り直すことを繰り返していては、議会政治の発展はありません。

国民無視の審議混乱を批判する、読売新聞朝刊(1967年8月7日)

 

  

※コメントは承認制です。
第87回 委員会の強行採決を許さない、50年前の秘策とは」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    昨年の「人間かまくら」での安保関連法案の強行採決に、この国の議会政治はどうなっているんだろうと感じた人も多いのではないでしょうか。議論ではなく、ただ人数や力まかせで決めるのなら議会なんて必要なくなります。喉元過ぎれば…とさせないように、「こんなことを常套手段にするのは許さない」と私たちが最後まで責任を追及して変えていくしかありません。

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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