立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

安倍内閣不信任決議案 (岡田克也君外3名、2016/5/31提出)
 (理由)
 第一に、立憲主義と平和主義を否定する安倍内閣の姿勢は、断じて容認するわけにはいかない。安倍政権は昨年、多くの憲法学者が違憲と指摘する安保法制を、審議を尽くさないままに強行採決したばかりか、わが国が戦後歩んできた道を踏み外し、憲法改悪を推し進めようとしている。
 第二に、安倍内閣の経済失政の責任は極めて重大である。アベノミクスの失敗がもたらしたものは、国民生活の破壊と格差、貧困の拡大である。とりわけ、先進国の中でも最悪の水準と言われる「子どもの貧困」や待機児童問題など、将来世代に対する安倍内閣の対応は冷淡そのものである。その上、G7伊勢志摩サミットにおいて、自らの経済失政を新興国経済の問題にすり替えるという詭弁は、わが国にとって恥ずべきものと言うほかない。
 第三に、安倍内閣は、国民の声に耳を傾けない強権的な政治を続けている。安倍内閣は昨年、憲法に基づく臨時国会の開会要求を黙殺、TPP交渉過程も全面黒塗りにするなど、国会に対する責任を放棄している。また、安倍内閣では、政治とカネの問題で憲政史上かつてないほど閣僚の辞任が相次いだが、口利き疑惑が浮上した甘利氏を三ケ月以上にわたって隠匿し、ひたすら事件の風化を待つばかりである。さらには沖縄問題への対応について、民意に背く姿勢に終始している。
 以上のとおり、安倍内閣には、もはや政権運営を担う資格はないことは明白である。
 これが、本決議案を提出する理由である。

消費税増税の再延期!?

 5月30日朝から昨晩までのあいだ、永田町のあわただしい動きをみていると、G7伊勢志摩サミットでの安倍総理の発言「世界経済はいま、リーマン・ショック前の状況に似ている。よって、消費増税は再延期する」が、いかに、度が過ぎた一人芝居だったことがよくわかります。安倍総理は週明けから急に、麻生財務相、谷垣幹事長、山口公明党代表などを相手に、根回しの上に根回しを重ねてきました。実質二日間の説明、説得が功を奏したのか、政権与党内部においては、メディアが期待するような大きな対立、政局的な混乱は生じることなく、消費増税再延期の合意があっという間に整ったところです。

 私は、この数日間、野党の動きをじっと観察していました。G7サミットが閉幕した後、通常国会の会期末(きょう)まで、安倍総理の政治責任を追及する時間は、わずかしか残されていません。きょうまでに、衆議院、参議院で予算委員会(集中審議)を開くことを与党側に要求し、委員会の場で消費増税再延期をただすことができるのか、あるいは「安倍内閣不信任決議案」を提出し、衆議院の解散・総選挙の流れを作ることができるのか、野党の本気度が問われた数日間であったことは言うまでもないことです。

 ご承知のとおり、きのう(5月31日)、野党4党(民進、共産、社民、生活)は、安倍内閣不信任決議案を提出したものの、同日夕刻、衆議院本会議であっけなく否決されました(賛成124票、反対345票)。私は、内閣不信任決議案の提出をめぐって、野党の動きは煮え切らず、不甲斐ないと、ずっと感じていました。内閣の暴走を止めるための有効なツールであるはずの内閣不信任決議案が、上手に、理にかなった使い方がされなかったことに不満を持っています。

不甲斐ないと思う理由

 野党は当然、内閣不信任決議案が衆議院で可決されることを想定して提出するわけですが(そのはずですが)、一部の野党(幹部)は、衆議院の解散、総選挙ではなく、あくまで「内閣総辞職」を要求することに終始、こだわっていました。なぜ、解散、総選挙ではなく、内閣総辞職なのか。この点が、理解に苦しむ最大のポイントです。

 確かに、参議院の通常選挙に加えて、衆議院の総選挙もできるのかという問題はあります。とくに、4月の熊本地震の被害は甚大で、復旧・復興に転ずる重要な時期であるだけに、現地では衆参同日選挙などやっている場合ではないかもしれません。しかし、解散、総選挙ではなく、内閣総辞職を強調すればするほど、内閣に対する“解散回避の要請”のメッセージと、逆に受け止められ、「いまは、総選挙をしたくない」という野党の本音として、政権与党につけ入る余地を与えてしまうのです。

 仮の話ですが、安倍内閣が野党の要求に従って、大人しく総辞職をしたとします。内閣総辞職を受けて、国会を一時、休会にして、自民党の総裁選挙を行って、新しい総裁を選んだ後、衆参両院で新しい内閣総理大臣の指名議決を行い、新内閣を組むと考えるのが普通かもしれません。「衆議院議員安倍晋三君」は将来にわたって、二度と、内閣総理大臣の指名を受けないと想像するのが常識的でしょう。しかし、実際には、このようなストーリー展開になるとは限りません。内閣は一度、形の上で総辞職さえすれば、間髪入れず、衆参両院で「衆議院議員安倍晋三君」を再び、内閣総理大臣として指名することが可能だからです。先例はありませんが、制度上は、こういうトリックが可能なのです。如何せん、総選挙を行っていないので、衆議院の多数派が入れ替わることはなく、野党の望み通りに政権が移ることはありません。

 憲法69条は「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」と定めています。条文を読むと、内閣総辞職という対応が原則であるかのような解釈もできなくはありません。しかし、内閣不信任決議案は過去55回提出され、うち4回、可決されていますが、いずれも衆議院が解散されています。内閣が総辞職した例は、憲政史上、1例もありません。

 内閣不信任決議案が可決され、衆議院の解散、総選挙が行われたとします。結局のところ、「…衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があったときは、内閣は、総辞職をしなければならない」とする憲法70条の規定に従い、総選挙の後、初めて召集される国会の冒頭で、安倍内閣は総辞職することになるのです(この点は、憲法上避けられません)。当初から内閣総辞職だけを念頭に内閣不信任決議案を提出することは、冷静に考えてみると、政治的にはほとんど意味がないことなのです。野党4党は今回、この点をどこまで考えていたでしょうか。

与党議員に対する訴求が足りなかった

 野党4党は、えげつないと思われながらも、与党議員に対してもっと、内閣不信任決議案に対する賛成を呼びかけるべきだったと思います。与党議員は、2017年4月の消費税増税について、再延長は絶対にないという政策方針が評価されて当選を果たしてきているはずで、今回の再延期表明を以て、その民主的な存在意義を厳しく問われてしかるべきだからです。最後の可決例である宮澤内閣不信任決議案(1993年6月18日)は、自民党内で多くの議員が同調したことが援軍となりました。5年前、いわゆる“菅おろし”のさいには、当時与党だった民主党議員の一部が同調の動きをみせたことがあります。野党による、政治的、仲良しパフォーマンスと思われがちな内閣不信任決議案は、与党議員の良心に響いて初めて、立憲政治の上で意味あるものになります。

「国民は後回し」を、続けてはいけない

 安保法制のときもそうでしたが、安倍内閣は、重要な政治案件について、まず対外的な説明から始まって、日本国民に対する説明、説得は一番後回しになります。馬鹿げたことに、安倍内閣の施政方針として、この点だけはずっと一貫しています。

 衆議院の先例集にも掲載されていますが、サミットなど重要な国際会議に閣僚が出席した場合には、本会議でその概要の報告を行い、各会派による質疑が行われることになっています。直近では昨年4月、安倍総理がアメリカ合衆国議会の両院合同会議に出席し、スピーチを行った件(⇔議場で、安保法制の整備を公言しました)について、5月に入って、本会議報告と質疑が行われています。今回のG7サミットに関しては、通常国会の会期末が間近に迫っていたため、本会議報告と質疑は実現していません。

 夏に召集される臨時国会では、参議院選挙の結果を受けて、いったん仕切り直しになりますが、野党は徹底的な論戦を仕掛け、内閣不信任決議案をいつでも提出できる態勢をとってもらいたいと思います。言うまでもなく、内閣に対して、総辞職ではなく、解散、総選挙を求めるためです。

(内閣不信任決議案と衆議院の解散、総辞職)
第69条 内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。
(内閣の総辞職)
第70条 内閣総理大臣が欠けたとき、又は衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があったときは、内閣は、総辞職をしなければならない。

 

  

※コメントは承認制です。
第95回 煮え切らず、不甲斐ない
“安倍内閣不信任決議案”
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    与党議員には数の力に驕ることなく、不信任決議案が出された理由をいま一度、かみ締めてほしいと思います。もっとこうした議論が市民にも広がるといいのですが・・・。野党にもっとがんばってもらうためには、次の選挙に向けた私たち一人ひとりの行動も重要になってきます。

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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