立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

 参議院議員通常選挙の結果、いわゆる改憲勢力の議員が全242名中、165名に達しました。憲法改正の発議には、参議院で162名以上(全242名中、3分の2以上)の議員の賛成が必要で、しかも、所属議員が最も多い第一会派(自由民主党)から議長が選出され、議長自らは慣例に倣い、憲法改正発議の採決に加わらないことを踏まえると、広い意味での改憲勢力は、議長1名分を別に計算に加え、最低でも163名いなければなりません。今回の選挙結果で、参議院史上初めて、このハードルを超えたため、連日、“3分の2”という数字が、ニュースを賑わせています。しかし私は、“3分の2”ないし“163”を超えても、国会は憲法改正の発議に向けた動きをすんなりと進めることができないと考えています。

憲法改正案の原案を、合理的な内容に分けるルールが未確立

 国会が、憲法改正の発議に向けた動きをすんなりと進めることができないというのは、「自由民主党 日本国憲法改正草案」に象徴されるように、憲法改正案として国民に提案される内容がよろしくないから、という理由ではありません。憲法上の規定をどう改正するかという内容の話に立ち入る前に、憲法改正論議の初めの一歩となる「原案の出し方」について、衆議院でも参議院でも、明確なルールが共有されておらず、深堀りがなされていないということです。

 上の表で、憲法改正の発議までの流れを改めてご覧いただきました。

 通常の議員立法と同じように、衆議院で、改憲提案議員(テーマによりますが、1つの提案に賛成する各会派から1~3名くらいが参加し、総勢10名くらいになると思います)が憲法改正原案を提出するシーンを想像してみてください。この場合、改憲提案議員による「原案の出し方」については、国会法という法律で、「内容において関連する事項ごとに区分して行うものとする」と、簡単に定められているだけです。これを、内容区分ルールと呼びます。

 私が、内容区分ルールにこだわる理由は、これが私たち国民投票の有権者にとって、憲法改正案に賛成か反対か正確な意思を示すことができるかどうか、つまり国民主権がないがしろにされないかが常に問題となりうるからです。言い換えれば、投票の機会の回数の問題であり、投票用紙の枚数の問題にかかわるのです。

 たとえば、先日の参議院議員通常選挙で考えてみましょう。制度上は、選挙区で選出される議員と、比例代表で選出される議員の2種類が存在することが知られていますが、仮に、これらをまとめて投票してくださいと言われたらどうでしょうか…。これが無理なことは自明ですね。「選挙区選出議員選挙」と「比例代表選出議員選挙」が別のものとして行われ、選挙の有権者は、それぞれについて1枚の投票用紙の交付を受けて、投票を行います。つい先日、読者のみなさんも体験されたはずです。

 改憲提案議員による憲法改正原案の提出に対して、内容区分ルールをあてはめてみると、たとえば、「集団的自衛権をフルに容認する規定を新設する案」、「緊急事態の章(条項)を新設する案」、「環境権の規定を新設する案」の3本を、「集団的自衛権をフルに容認する規定、緊急事態の章(条項)及び環境権の規定を新設する案」として1本にまとめ、有権者に対し1枚の投票用紙で、賛成・反対を問うてはならないということになります。この点、自由民主党憲法改正推進本部が2015年4月に発行した漫画『ほのぼの一家の憲法改正ってなぁに?』においては、「しかも改正案はテーマ別に提案されるんじゃ」「えー」「そりゃそうだろ」「いろいろゴチャマゼじゃ賛成も反対も決められるわけない」「人権は人権、地方自治は地方自治、分けてひとつずつ議論するんじゃ」という家族の会話が紹介されていることから、同党は少なくとも、憲法改正原案はテーマごとに分けなければならないという理解を以て、読者に伝えようとしていることがうかがえます。

大きなテーマを、さらに区分する作業を考えなければならない

 しかし、内容区分ルールに関して、改憲提案議員の側も、有権者の側も、このような大ざっぱな理解をしているだけでは不十分なのです。憲法改正のテーマが大きければ大きいほど、より細かく、さらに区分することも考えなければならないからです。

 具体的な例として、「自由民主党 日本国憲法改正草案」で示されている緊急事態の章を、改憲提案議員が1本の憲法改正原案として提出する場合を考えてみましょう。第8章「地方自治」と第9章「改正」の間に、第8章の2「緊急事態」という新たな章を設け、第95条の2(緊急事態の宣言)、第95条の3(緊急事態の宣言の効果)という規定を設ける内容として捉え直し(草案中にある「地方自治体」の語は、現行憲法との整合性を図るため、「地方公共団体」に直しました)、私が議論のたたき台として作成した「日本国憲法改正原案」をご覧ください。見出しが頭に来て、2本の規定が続き、附則で締められています。憲法改正原案はおよそ、このような形式になることをご理解ください。

→緊急事態条項A案(PDF/36.8KB)

 読者のみなさんは、この憲法改正原案を、たった投票用紙1枚で丸ごと、賛成・反対を問われることに、違和感を覚えませんか。内容面は、よく知られているように、(1)内閣総理大臣による緊急事態の宣言、(2)国会の承認、(3)宣言の解除、(4)国会の承認に関する衆議院の優越、(5)内閣による、法律と同効力の政令の制定、地方公共団体に対する指示、(6)国その他公の機関の指示に従う義務、(7)衆議院の解散の制限、両議院の議員の任期の特例と、多岐に及んでいます。1枚の投票用紙で「賛成」の意思を示すことができるのは、(1)から(7)まですべての項目に納得する有権者に限られるはずです。

 しかし、総論として賛成でも、各論で反対する部分があるというのが、常識的な見方であり、考え方だろうと思います。主権者は国民なのですから、賛成か反対か、その意思を丁寧に問うプロセスを経なければなりません。そうだとすると、憲法改正原案の体裁、形式として、テーマとして1本に括ってしまって、有権者の意思をさらに細かく問うことをしないという国会の姿勢が許されるのかということを、改憲提案議員に対して問わなければなりません。

 念のため申し上げますが、内容が7つに分かれているのなら、憲法改正原案を7つに分けて、投票用紙の枚数を7枚にすればいいというわけではありません。原案の提出のさい、立法技術的にこの問題をクリアしたとしても、国民投票の結果、(1)から(7)まで、賛成・反対の結果が疎らになり、不統一になるおそれがあるからです。たとえば、(1)だけ承認されたとしても、日本国憲法全体から見れば、おかしな(内容的に浮いた)章(規定)になってしまいます。有権者の過半数の承認を得た案だけ、日本国憲法の中に形式的に編入しても、体系が整わず、言葉の論理がおかしくなり、内容に矛盾が生じることがあるのです。

 とくに、緊急事態のような、新しい章を設けようとする場合には、その内容以前の問題として、「第8章の2 緊急事態」という見出しが初回セットとして、日本国憲法の中に設けられるということを想定しなければなりません。この見出しがない状態で、「自由民主党日本国憲法改正草案」における緊急事態に関する規定が、日本国憲法の中に突飛に追加されることはありません。したがって、改憲提案議員が、憲法改正原案として「緊急事態」をテーマとして選択するのであれば、善い悪いは別にして(!)、緊急事態の要件を定め、その効果を必要最小限に定める(たとえば、衆議院の解散を制限し、両議院議員の任期の特例規定を置くことに限定する)ことからしか、その議論はスタートできないはずです。

→緊急事態条項B案(PDF/55.6KB)

 そして、国民投票で過半数の承認を得て、日本国憲法に「第8章の2 緊急事態」という章立てが出来たところで、第2弾の改正として、政令の制定であるとか、地方公共団体に対する指示、といった事項を憲法改正原案としてさらに発議し、時間をかけて順に賛成・反対を問うのが、国民主権をないがしろにしないやり方ではないでしょうか。

 ここまでの議論は、私なりに一つの考え方を提示したにすぎません。しかし、衆議院でも参議院でも、内容区分ルールについてさらに深堀りすることが必要ですし、国民の側から深堀りを求めることが、雑で無駄な改憲発議に対する有効な歯止めになることを知っていただきたいのです。国会が憲法改正の発議をするプロセスには、いま、内容区分ルールの未確立という落とし穴があります。秋の臨時国会から、憲法審査会で実質的な改正論議がスタートすると誤解し、そうしたベクトルの議論に安易に流されることがないよう、くれぐれもご留意ください。

 7月8日(金)、毎日新聞夕刊2面「参院選後に安倍首相が動かす?『憲法審査会』とは何なのか」に、私のコメントが掲載されました。ぜひご覧ください。

 

  

※コメントは承認制です。
第99回 “3分の2”超でも、憲法改正がすんなり進まないと考える理由」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    前回は、国民投票運動のルールづくりの必要性について寄せてくれましたが、憲法改正発議の可能性が報じられる一方で、実際には、その前にまだまだ決めなくてはいけないことがあることがわかります。そもそも、問題点の多い緊急事態条項については、その内容や危険性がきちんと周知されているとは思えず、例にあげられたような改憲案が出て来る事態にならないことを願うばかり。まず「憲法を変えるとはどういうことなのか?」――そこからの共有理解と議論が必要のように思うのですが…。

  2. 7.1 より:

     日本会議政権は憲法53条の臨時国会開催規定さえ、軽やかに無視する憲法クーデター政権です。国会内部については裁判所も含めて掣肘する外部権力がない以上、全てのルールと実践は多数派のご都合主義によって決まるでしょう。3分の2があればアヤをつけて野党議員を除名することさえ可能です。いわば「戒厳令」を憲法に組み込もうとしている連中が流石にやりすぎとか、適正手続がとか躊躇うと考えるのはナンセンスです。
     ですから、最も都合の良い形と時期で審議や発議、国民投票を仕掛けてくるでしょう。

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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