立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

 2016年8月23日。党名を「日本維新の会」に復活させたその日、松井一郎代表は、「臨時国会(9/26~11/30の見込み)の期間中、参議院に法案を100本提出する」と公言しました。

 国会法の規定、参議院の先例に従えば、議員数が11名以上である会派は単独で、法律案を提出することができます。同会は、参議院議員選挙の結果、12名の議席を得ました。会派単独提出の要件をクリアしたことから、“法案提出100本作戦”は、政党としてのポテンシャルを掘り起こす意味も込め、急きょ設定されたプランではないかと思います。

 じつにチャレンジ・スピリットに充ちているようですが、私など、わずかでも永田町の実務をかじった者から見ると、一つの会期で、しかもたった2カ月間しかない臨時国会で、100本にも上る法案を提出することなど無理だし、発想としてありえないだろうと、まずは疑ってしまいます。参議院では6年前、第三極政党として「みんなの党」が躍進し、議員数が11名になったことがありましたが、法案提出をひたすら多発(濫発)したことはありませんでした。

 それでも、日本維新の会による“法案100本提出作戦”が本当に実行されたとすれば、憲政史上初めてのこととなるはずです。国会改革の視点からすれば、法案提出の先に潜む“根深い問題”に、作戦がどのように功を奏するか、奏しないのかがポイントです。参議院内を只々、かく乱して終わってしまうのか、それとも、国会改革の奇策となりうるのか? 同会を支持するかしないかはいったん横に置いて、作戦の進捗を見届ける必要があると思います。

法案提出だけでは意味がない

 “法案提出100本作戦”がその名のとおり、参議院に法案を提出することだけを狙って、委員会(内閣委員会、厚生労働委員会、国土交通委員会など、所管ごとに分かれています)で審議が行われることまで想定していないのだとすれば、これ以上議論を進める必要はないでしょう。100本提出は単なる、お祭り騒ぎ、自己満足に終わるだけです。

 日本維新の会としては当然、委員会審議を実現しなければなりません。法案の提出者となった同会の参議院議員はみな、委員会の中で答弁に立つことになるので、相当な覚悟、相応の準備が必要です。法案が衆議院に送られれば、衆議院の委員会でも同じことの繰り返しです。一連の体力的な負担は、想定の範囲内でしょう。

 しかし、ここでハードルとして立ちはだかるのが、国会法の規定、参議院の先例により、議員数が10名以上である会派は、法案審議に待ったをかけることができるというルール(待ったのルール)です。すなわち、日本維新の会が単独で提出した法案に対して、参議院の委員会でただちに審議を始めないよう、①自由民主党、②民進党・新緑風会、③公明党及び④日本共産党の四会派が、待ったをかけることができるというルールです。お店の入場待ちのように、法案の審議も先着順、提出順に、処理が確実に進んでいくかといえばそうではありません。議員立法でいえば、全会一致で提出されるものを除いて、他の会派が必ず待ったをかけます。政治的に様々な事情、思惑が絡む中で、会派がお互いに待ったをかけ合い、法案審議が自動的に進まないよう、箍(たが)をはめ合うわけです。法案審議に待ったがかかったまま、会期末を迎え、廃案になってしまうことも珍しくありません。むしろ、これが日常の光景です。

安保関連二法「廃止」法案の、あいまい決着を繰り返すな

 「待った」のルールは、衆議院にも存在します。ここに、無視できないエピソードがあります。ことし2月19日、民主党、維新の党、日本共産党、社民党、生活の党と山本太郎となかまたちの野党5党は、安保関連二法「廃止」法案を共同提出しました(「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律を廃止する法律案」「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律を廃止する法律案」の2本)。このとき、これらの廃止法案に対して、おおさか維新の会(当時)だけが、待ったをかけたのです。

 法案審議に待ったがかかると、衆議院でも参議院でも、議院運営委員会という与野党協議の場で、この要求を外す決定をしなければなりません。しかし、廃止法案に関しては、衆議院の議院運営委員会でこの問題があいまいな位置づけになり、結論が出ませんでした。廃止法案は一度も審議されることなく、そのまま廃案になってしまったのです。

 もっとも、法案を提出した民主党にとっては、法案審議に至らなかっただけで政治的な不利益を受けたはずですが、一概にそうでもなかったとも言われています。民主党と維新の党は当時、廃止法案のほかに、「領域警備法案」「周辺事態法改正案」及び「PKO法改正案」の3法も提出していましたが、これらの法案を含め、衆議院の委員会で実際に審議が始まってしまうと、野党5党の間で、安全保障政策に対する基本的な考え方の相違が露呈してしまう(答弁者の間で、見解の違いが出てきてしまう)ので、当時盛んだった「野党共闘論」にマイナスの影響が出ることを嫌って、法案審議を始めることに消極的だった党幹部もいたというのです。つまり、待ったがかかって、助かっている面があったわけです。民主党は、(安保法制)反対派の顔を立てつつも、賛成派にもいい顔をしようとしていたと評価する向きもあります。政権与党である自由民主党、公明党があえて、廃止法案に待ったをかけなかったのも、委員会の場に野党5党を一斉に引きずり降ろし、各党の法案提出者による答弁の矛盾を世に明らかにしようとした思惑もあったのかもしれません。

 いずれにせよ、廃止法案がなぜ、衆議院で審議されなかったのかという問題は、その背景に待ったのルールが絡んでいて、永田町の論理を持ち出さなければ、到底理解できるものではありません。衆議院でも参議院でも、民進党が中心となって改めて廃止法案を提出したとしても、待ったのルールがこれまでどおりに運用される限り、同じ事態に陥ることは避けられません。提出された法案は、必ず審議されるべきというのが、市民感覚に近い理解ではないでしょうか。ここに、国会改革のヒントが隠されていると私は考えます。

日本維新の会は「待ったのルール」と決別すべき

 日本維新の会は、待ったのルールに、どう対峙しようとしているのでしょうか。待ったのルールは、今後続けても仕方がないと考えているのであれば、結局、今回も法案100本を提出することだけを想定していることと変わりありません。

 この際、同会は、待ったのルールと決別してはどうでしょうか。そして、衆議院も巻き込む形で、他の会派にも待ったのルールを行使しないよう、働きかけてみてはどうでしょうか。私は、その方針こそ、国会改革の奇策となりうる(少なくともその突破口となりうる)と確信するものです。衆議院からも参議院からも、待ったのルールを放逐し、先に紹介した、安保関連二法・廃止法案のときのような、あいまい戦術、あいまい決着を一切許さないとすることは、国会に相当な緊張感を与えるものと思います。与党も野党も、法案を提出した議員は、提出しっ放しでは済まなくなります。最後までその責任を果たさなければならなくなります。「○○党が法案の審議入りに反対したから、成立しなかった」という言い訳は、内にも外にも一切、通用しなくなります。

 法案審議の質・量の充実という、国会改革の要諦に当たるテーマは、それまでの与野党のなれ合い政治が仇となり、掛け声すらなく議論にならないのが、お決まりのパターンでした。臨時国会では若干、国会改革が議論になりそうな気配があります。冒頭に述べた、法案提出の先に潜む“根深い問題”に、日本維新の会が果敢に挑んでくれるのかどうか。本稿の趣旨が、同会の関係者に伝わるかどうかは不明ですが、国会改革の実がいつの日か、国民全員に共有されることを願ってやみません。
 

※本稿では、法律上、実務上の用語を適宜、分かりやすく言い換えています。ご了承ください。

(関連記事)日本経済新聞電子版 2016.8.14配信
 →「国会改革、衆参合同で 9月にも両議長が協議機関」

 

  

※コメントは承認制です。
第103回 維新 “法案100本提出作戦” は、ただのかく乱か、国会改革の奇策か?」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    そもそも「100本」という数字は、市民にとって何の意味もありません。問題は法案の中身ときちんと実現してくれるのかどうか。ただの話題作りなのだとしたら、もっとほかのことに集中してほしいと思います。国会運営独特のルールの存在については、このコラムでも南部さんがたびたび紹介してくださいますが、「それって会社とかでは、通らないんじゃないの!?」と違和感をもつものも多くあります。市民感覚にそった国会の運営を目指していくことは、政治を身近にするためにも必要じゃないでしょうか。

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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