立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

 先週18日、自民党憲法改正推進本部の会合が開かれました(「憲法改正推進本部長方針について」)。
 報道によると、自民党新憲法草案(2005年10月)、自民党日本国憲法改正草案(2012年4月)のいずれも、憲法改正案の「原案」として衆議院にも参議院にも提出しない、との方針を決めたようです。この限りでは、「自民党草案が、憲法審査会における議論のベースになる」と公言してきた安倍総理・総裁の意向を押し戻し、自民党以外の政党に対して、草案をいったん撤回(凍結)する姿勢を示したといえます。しかし、草案をまったく白紙にするわけでもなく、党の公式な文書として尊重することも確認したようです。対外的には「撤回」、党内的には「尊重」という言葉の使い分けで、どちらにも顔向けしたい魂胆でしょう。
 それにしても、「一党が主導して草案さえ作成すれば、他党も追随し、憲法改正論議が順調に進む」と、2005年10月以降ずっと勘違いしてきたことを、自民党はどう考えているのでしょうか? 自民党の勘違いを真に受けてきた人たちも、どう思っているのでしょうか? 自民党が野党であった時期も含めて、国会で憲法改正原案が審議されたことなど一度もありません。このことは、憲法改正を党是とする政党の公約不履行として、実にはっきりしています。自民党に、その自覚と反省はあるのでしょうか?
 はっきり言えば、自民党は、憲法改正を「やります、やります」と、「憲法改正やるやる詐欺」を続けてきただけです。真っ当な議論を始める環境を整えることさえ、ちゃんと取り組んだことがないのです。

衆参改憲勢力「3分の2超」とは言うけれど…

 そもそも自民党は、本質的に「多人多脚走」であるはずの憲法改正論議を、「個人競走」であると単純に考え、この呪縛からいまだに逃れられない状態にあると、私は理解しています(ご案内のとおり「多人多脚走」とは、2人3脚とか、3人4脚とか、大勢が横並びで走るものです)。
 憲法改正論議がなぜ、本質的に多人多脚走であるのか、憲法96条1項の規定から、すぐに分かります。それは、国会が憲法改正の発議をするためには、衆議院でも参議院でも、総議員の3分の2以上の賛成を必要とし、一党単独の憲法改正発議を許していない(想定していない)からです。
 総議員の3分の2以上とは具体的に、衆議院で317名以上、参議院で162名以上、です。衆議院でも参議院でも、自民党単独では発議の賛成要件を超えていません。それは、現在たまたま超えていないということではなく、これまでもずっとそうでした。今後も、自民党に限らず、そんな大政党が誕生する可能性はほとんどありません。
 憲法96条1項は、多人多脚走の憲法改正論議を前提としています。大政党も中政党も小政党も対等に、横一線でスタートラインに並んでいなければなりません。そして、左足、右足のどちらを最初に出すかをあらかじめ決めてから、第一歩を慎重に踏み出すのが、失敗しない多人多脚走のやり方というものです。
 この意味で、他党とスタートラインに立つことすらしないで、足をヒモで結ぶことをかたくなに拒否してきたのが、これまでの自民党です。他党に対しては、「対案を出せ、早くしろ」と言いながら、勝手に一人、はぐれた行動を続けてきたのが自民党なのです。一人だけはぐれていた間、(1)多人多脚走を、個人競争へとルールを変更してしまおうとの議論(憲法改正発議要件の緩和論)を仕掛けたり、(2)「自衛の措置」に関する政府の伝統的な憲法解釈を一発の閣議決定で変更してしまうなど、憲法改正とはおよそ相容れない行為にエネルギーを注ぎ、自己満足に浸ってきたわけです。

自民党は、スタートラインに立てるのか?

 「憲法改正推進本部長方針について」(2016年10月18日)は、その冒頭で「憲法とは、いかなる政党が政権に就いたとしても守らなければならない共通のルールを定めた、国家の基本である」と述べています。この点に限れば、かなり重要で、本質的な点を押さえています。
 しかし、すべての政党が守る共通のルールと言っておきながら、草案の作成を通じ、共通のルールを自民党の価値観だけで決めてきた(決めようとしてきた)という矛盾については、何ら触れられていません。いったい、どういうことでしょうか。党内にはまだ、個人競争的観点で、憲法改正論議の独自路線を歩みたいと考える議員が少なからず存在することを示しているのではないでしょうか。
 あえて、世間とは真逆のことを申し上げますが、自民党はまだまだ、憲法改正論議のスタートラインに立てないと思います。約11年間、勘違いをしてきたわけですから、自省し、立ち直るための期間が同じくらい、あと10年、20年は必要ではないでしょうか。
 私たち国民の側も、衆参改憲勢力「3分の2超」という現実に、あまり動揺したり、熱狂せず、冷静さを保つほうがいいと思います。与党第一勢力である自民党が、スタートラインに立っていないのですから、仮に、残りの政党だけで意見が一致したとしても、多人多脚走の号砲は鳴りません。冷静な態度で、政治の動き、「憲法改正論議」の動きをチェックしていくべきと思います。

憲法審査会の動きについて

 自民党は、あす27日、衆議院憲法審査会を開きたかったはずです。何といっても、昨年6月以降ずっと「開店休業」状態だったわけですから、党内には相当なストレスが溜まっているはずです。
 しかし、野党(民進党)との日程協議が破たんし、開催の予定が再び立たなくなってしまいました。定例日は木曜日となっていますが、11月3日は祝日(文化の日)なので、開くことができません。臨時国会の残りの会期から考えると、開催のチャンスは11月10日、17日及び24日の3回を残すのみです。これでは、参議院側も含めて、何らかの成果ないし成案を得るということは到底不可能です(=たった3回で、何が議論できるのでしょうか?)。臨時国会でのチャンスを逃すと、来年1月に召集される通常国会で、2017年度予算案が衆議院を通過する目途が立つ2月中旬まで、憲法審査会の開会は事実上、封印されます。
 憲法審査会を開きさえすれば、憲法改正論議が軌道に乗っていくというのも、私は安直な見通しであると思います。憲法審査会で、各会派が意見表明し、議員どうしがフリーディスカッションを行うのはいいのですが、発言内容をどう整理し、まとめていくのか、与野党間であらかじめ合意できていないと、その場限りの言いっぱなしの議論に終わってしまい、その内容はすぐに忘れ去られてしまいます。2011年10月、憲法審査会が立ち上がった後しばらくの運用が、まさにそうでした。憲法第一章(天皇)から順に、フリーディスカッションを毎週行ったものの、意見が集約されず、当時どんな議論がなされていたか、当事者である議員も、今や誰一人覚えていない有り様です。
 きょうまでのところ、フリーディスカッションの内容をどう整理し、集約するかというルールは確立されていません。当面、自民党が何を言おうが、憲法審査会で何かがまとまるということにはつながらないと私は確信しています。何から何まで、“やるやる詐欺”です。

 話題変わりますが、10月24日毎日新聞6面「特定秘密のチェック 問われる存在意義[国会の情報監視審査会]」に、私のコメントが掲載されました。ご関心があれば、ぜひご覧ください。

 

  

※コメントは承認制です。
第106回 自民党はなぜ、憲法改正“やるやる詐欺”を続けるのか?」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    「いかなる政党が政権に就いたとしても守らなければならない共通のルール」という認識があるならば、そして憲法擁護義務のことも考えると、憲法改正は市民側からの強い要求によって初めて議論されるのが本筋ではないのかとも思うのですが、どうも市民はかやの外に置かれているような感覚があります。「やるやる詐欺」とはいえ、政府の動きをみていると油断できません。今のうちに私たちも憲法改正議論について、しっかりと冷静に学んでおかなくてはと思います。

  2. 樋口 隆史 より:

    とはいえ、「まさか」をさまざまな手段で実現してきたのが自民党の一部の方々です。バブル、極端な規制緩和、差別社会の実現・・・・・・枚挙に暇がありません。憲法改正もその「まさか」の一つにならないことを願いつつ、しょせんは蟷螂の斧なのかな、と日々憂鬱な気分です。

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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