立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

 ドナルド・トランプ氏の勝利はまさしく、大番狂わせの、世界的なハプニングでした。きょうまでの1週間、日本でもトランプ・ショックが続いています。率直に、大方の予想を超え、展開予測が困難な現実を突きつけられてしまいました。
 そんな中、誰しも選挙結果に動揺し、うろたえながらも、「現実対応」と「先読み」の模索が始まったところでもあります。これまでの日米関係は維持されるのか、それとも、再構築が始まるのか――。私たち国民は、あす(日本時間18日)行われる安倍・トランプ会談の内容、成果と、その後の両政府の対応を注視しながら、冷静に、しっかりと考える必要があります。 
 トランプ氏は、選挙戦の最中、「アメリカはもう、世界の警察官にはならない」「米軍の駐留費用は、日本が全額を負担すべき」など、日本の防衛、安全保障のあり方に影響を及ぼす発言を繰り返してきました。当面続くであろうトランプ・ショックが、日本の安全保障政策、ひいては憲法改正論に具体的な影響を与えるのか、与えないのか、しばらくは目が離せません。

9条改正論を導こうとする愚

 さて、本題です。米国弁護士、タレントのケント・ギルバート氏は12日、「トランプ大統領がもたらす日本の『変化』 憲法改正議論が進むことを期待」という小論を発表しました。
 内容は、リンク先の文章を読んでいただければ分かりますが、要は、

「日本人は自分の国を自分の力で守れ」と当たり前のことを主張するトランプ氏は、まさに「平成の黒船」である。「憲法9条のおかげで日本は平和だった」などという夢物語から日本人が覚醒し、憲法改正の議論が一気に進むことを期待している。

 という趣旨のことを結論付けているのです。
 私は、トランプ・ショックが始まりかけた頃から、日本の国会議員の誰かが、この種の発言をしないか心配をしていました。トランプ・ショックに便乗した、新手(荒手?)の憲法改正論ともいえますが、ある意味で、ケント氏が口火を切った感じです。
 私が思うに、この発言は論理が逆であって、相当愚かしい政治観に基づいています。
 トランプ氏が国際政治の舞台に登場することにより、間違いなく、パクスアメリカーナ(アメリカが秩序付ける国際平和)は縮小、均衡に向かっていきます。反面、これからの日本は、イラク戦争のような「アメリカが仕掛ける戦争」に追従する必要性がなくなっていきます。つまり、日本(国民、政府)にとっては、憲法が示す平和主義の「原点」を冷静に再確認する、絶好の機会が到来したと考えることこそ自然であり、真っ当なのです。
 アメリカの「出番」がなくなっていく分、日本がその分を補充していくことは、単純には導かれません。防衛力を無理に補充しようとするのはまさに、軍拡競争が激しかった米ソ冷戦下の議論です。30年ほど遅れています。
 ケント氏はまた、先ほどの小論の中で、

 現状に不都合がある場合、何かを変えなければ今より良くなることはない。米国は「イチかバチかの国」なので、「試しに変えて、ダメなら元に戻せばいい」と考える。
 しかし、日本人は不都合を「我慢すればいい」「慣れればいい」と考える。私に言わせれば異常なほど、変化という行動の失敗を恐れる。だから不都合は、取り返しがつかない規模にまで膨らむ。

 とも指摘しています。
 これは、アメリカと日本の国民性を客観的に指摘する限りでは正しく、「試しに変えて、ダメなら元に戻せばいい」というのはTPPのような一般政策のレベルでは成り立つ議論ですが、このような発想自体、立憲主義に真っ向から反するものであり、大きな誤りを含んでいます。
 70年前、ダメなことはダメと、海外における武力の行使等を禁止し、そのための戦力を保持しないと定めたのが、日本の憲法です。極端な例を挙げれば、「試しに、核兵器を持ってみる。持ってみて、政治的にこれはマズいということになったら、以前のように禁止する」ということを許さないのが、立憲主義です。立憲主義は今なお、日本国民の思想によって手堅く成り立っています。ケント氏、トランプ新大統領が何を言おうが、揺り動かす必要はありません。
 ケント氏がトランプ新大統領をそのまま代弁しているとは思いませんが、この種の議論は、しばらく繰り返されるでしょう。私はその都度、反論しようと思います。それは、結果として、日本が、主権国家としての自律を強くすることにつながると信じます。

憲法審査会の議論への影響は?

 果たして、タイミングが良いのか悪いのか、きょう(16日)は、参議院の憲法審査会が、あすは、衆議院の憲法審査会が開かれる予定となっています。衆参ともに、いわゆる改憲賛成勢力が総議員の3分の2を超えている状態であるにもかかわらず、形ある成果が生まれていないことに、自由民主党を中心に、若干の焦りといら立ちが出てきているようにもみえます。
 私見ですが、トランプ新大統領の誕生は、およそ9条を中心とする憲法改正論を、いったんリセットしなければならなくなるでしょう。この点はかなり誤解が拡がっているという印象を持っていますが、決して、憲法審査会さえ動かせば、何かがまとまっていくという話ではありません。
 早い話、自由民主党憲法改正草案が典型ですが、自衛隊の海外活動の拡大路線が前提としてあり、イラク戦争の「反省」を踏まえ、フルサイズの集団的自衛権と戦力としての国防軍を容認するという、いかにもポスト冷戦的な内容が、トランプ新大統領の下、同じ論理で通用するはずがありません。こうした問題点を確認、検証するためであれば、衆参の憲法審査会を開く意味は十分にありますが、政治の世界にも「慣性の法則」というものがあり、軌道修正はなかなか難しく、今後しばらく混沌とした議論が続くことでしょう。
 加えて、一昨年、新安保法制を議論したさいに、政府・与党はいくつかの事例を示しながら、憲法解釈の変更と法整備の根拠を説明しましたが、トランプ新大統領後の防衛・安全保障環境の下でもそうした事例が正当性を有しているといえるのか、改めて検証が必要になってきます(⇔この点は、野党の側からもまったく問題提起がなされない状況にあり、残念です)。
 俗にいう「改憲派」の方々は、皮肉にもアメリカによって梯子を外されることになります。旧来の憲法改正論に替わる、新しいパラダイムを見つけることはできるのでしょうか。私は冷淡に見ています。

 

  

※コメントは承認制です。
第107回トランプ・ショックで、日本の憲法改正に期待する愚かさ
―ケント・ギルバート氏への反論―
」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    トランプ氏が次期大統領に決まったことに対する報道は、国内の選挙報道よりもはるかに多い印象です。それだけ、日本がアメリカの動きに左右されている表れではないでしょうか。
    今週の森永卓郎さんの連載では、トランプが次期大統領に選ばれたことを機に、自衛隊を「災害救助隊」に改組するという提案を出しています。日本はどうありたいのかを踏まえつつ、冷静にこうした議論を深めていかなくては、と思います。

  2. 多賀恭一 より:

    トランプ・ヒラリーどちらが大統領になっても世界に展開している米軍の縮小は確実。
    憲法9条改正は不要だが、核武装は必要になる。
    共通の敵・米国がいなくなった後、ロシアと中国の関係は悪化するからだ。
    日本はどちらと手を組むのか?

  3. ついでに、イラン戦争や湾岸戦争みたいな戦争をまたやりたくなかったから、アメリカ人はヒラリーじゃなくトランプを選んだことにしましょう!ヒラリー一言も言ってはいないんだけど、当選した暁には、シリアに地上軍派遣しそうな雰囲気満々じゃないですか。その微妙な空気を感じ取ったアメリカの一般庶民はヒラリーに一票を入れることを拒否したと。まあ格差もあるけども。
    それにフランスのオランド政権の例をつけ加えてして、「アメリカに頼まれてもないのに、率先して海外に軍隊を派遣して、国内でテロが頻発したらどーすんですか」とやれば、ほぼ完璧!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

最新10title : 立憲政治の道しるべ

Featuring Top 10/114 of 立憲政治の道しるべ

マガ9のコンテンツ

カテゴリー