立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

田舎のプロレスとは、よく言ったもの

 萩生田光一・内閣官房副長官は23日、都内のシンポジウムで、野党の国会対応について「あの(野党の)人たちが(法案の採決のさい)声をからせて質問書を破りながら腹の底から怒っているかといったら、『田舎のプロレス』と言ったら怒られるが、ロープに投げて返ってきて、空手チョップで一回倒れて、みたいなやりとりでやっている。ある意味、茶番だ」と語りました。これが「田舎のプロレス」発言として報じられ、野党が反発したために、翌24日、本人が謝罪した上で、発言の撤回に追い込まれました。
 しかし私は、萩生田発言は現状認識としてそのとおりで、正鵠を得たものだと、率直に思いました。対立軸(アングル)の設定から始まり、対戦相手とあらかじめ、試合展開、試合時間、最後の決め技、他の格闘技には見られない「お約束ムーブ」まで了解を済ませておくという点で、法案審議をめぐる与野党対決の状況が、そのままオーバーラップするからです。リングの外にいる対戦相手への飛び技を、逃げずに両手でしっかりと受け止めるところも、ケガをしないよう、かつ、見せ場づくりに協力し合っている点で似ています。
 熱心なプロレスファンの方にとっては、永田町政治と一緒にするなという怒り、不満はあるでしょうが、昨今の与野党対決も、メディア受け、国民へのアピールを狙った、ある種の予定調和なパフォーマンスとなっている面は否定できず、どうしても重なって見えてしまいます。
 非難されるべきは、野党だけではありません。私もプロレスの喩えを用いますが、政府・与党は「チャンピオン(選手権者)の戦い」が出来ない、下手なプロレスを続けています。試合の序盤から中盤にかけて挑戦者の技、攻撃を受けるだけ受けきって、見せ場を十分に作ったあと、終盤ギリギリのところで切り返し、勝利を収めるというのがチャンピオンとしての上手な戦いです。しかし、政府・与党は、相手の技を受ける(受けきる)という度量が小さく、時として反則攻撃を先行し、観客の満足を度外視する中で、「数の力」ですぐに試合を終わらせようとしてしまいます。見苦しい試合運びです。
 こうした「田舎のプロレス」として演じられる政治は、そもそも真剣勝負が成立しないばかりか、先の展開が簡単に読めてしまい、政治への失望、諦めを助長するばかりです。日本の立憲民主主義が進化しない原因はここにあります。萩生田発言は、撤回さえすれば、万事吉に転じるというわけではありません。そろそろ、永田町のプロレス化現象を食い止める方策、知恵を出していく必要があります。

強行採決への対抗は、議長の「法案差戻し権」が効果的

 プロレスのような激しい肉弾戦にはならないものの、委員会における強行採決では、与野党議員の格闘シーンが見られます。強行採決とは何かが問題となりますが、一応「法案等の議案の審査を行っている委員会で、質疑を終局させることに与野党間の合意がないにもかかわらず、委員長が質疑の打ち切りを宣言し、採決を行うこと」と定義づけることができるでしょう。11月4日、衆議院TPP特別委員会での強行採決が記憶に新しいところ、先週25日の衆議院厚生労働委員会でも、年金改革関連法案(年金カット法案、年金抑制法案)の強行採決が繰り返されてしまいました。
 採決の混乱をめぐって、与党は「野党に責任がある」といい、野党は「与党が悪い」「採決は無効だ」と言います。国民が腑に落ちないのは、責任論があいまいに放置され、そのうち与野党ともに「委員会の正常化」云々ということを言い出す始末で、いつも、政治的なけじめが付かないことです。実際与野党ともに、言い訳と相手の批判だけに終わって、政治的なけじめを付けようとさえ考えていないのかもしれません。
 強行採決は、国民に対して悪い印象を与えます。与党の立場からすれば、できるだけ仕掛けたくないというのが本音のところです。野党の立場からしても、声と体を張った物理的な抵抗をしているだけとの印象を与えかねないので、必ずしも得をするわけではありません。
 与野党ともに、不合理な採決方法であることは重々承知されているにもかかわらず、残念ながら、採決の混乱が起きないようにするための担保、さらに万が一、混乱が生じてしまった場合の事後的な是正の措置を制度化する努力がなされていません。最近では特定秘密保護法案、安保関連二法案の審議でも明らかになったところですが、強行採決の場面、委員会の会議録では「聴取不能」「(発言する者あり)」との語が並ぶだけであり、後に、委員会の議事の手続きが有効に行われたのかどうか、検証することさえできません。重要な法案に限って、役に立たない会議録ばかり量産されていることに、私は何とも歯がゆいというか、情けない思いがします。
 強行採決を抑制し、事後に是正するには、議院の長である衆議院議長、参議院議長の判断で、法案等を委員会に差し戻し、再審査をさせることが有益です。これは私の発想でも何でもなく、1967年、石井光次郎衆議院議長の時代でしたが、与野党対立が激化した諸件の反省を踏まえ、採決の混乱を予防する策として、自民党などが当時、立法化に動いた案があるのです。具体的には、

第○条 議長は、委員会の採決を著しく不適当と認めたときは、その案件を委員会に差し戻して、更に審査させることができる。この場合、議長は、委員会に必要な指示をすることができる。

 との規定を、国会法という法律の中に設けることです。
 この「法案差戻権」の規定により、議長の責任が明確になります。「委員会の採決を著しく不適当と認めたとき」とは、議長の裁量が大きく働くことは事実ですが、「法案差戻権」を適正に行使しなかった場合には当然、議長の責任が追及されることになります。TPP協定関連議案、国民年金法改正案の採決をめぐって、野党4党(民進、共産、社民、自由)の責任者は大島議長、川端副議長に面会し、抗議の意思を示していますが、結局、面会するだけで終わってしまって、その後のフォローにはつながっていません。議長の対応に法的な責任を与えるべく、明文の根拠を定めることがどうしても必要なのです。
 前記の国会法改正を実現するには、会派単独で法案を提出する権限を有している自民党、公明党、民進党、共産党、日本維新の会が合意して、法整備の途を拓くしかありません。真っ向から反対する会派はないと思います。私は粘り強く、この点を訴え続けるつもりです。

党首討論の定期開催も必要

 また、永田町政治が「田舎のプロレス」から脱するためには、いわゆるガチンコ勝負の機会を定期的に設けることも必要です。予算委員会(集中審議)を開くことも一策ですが、質疑事項を互いに通告することなく行う、いわゆる党首討論(党首間討議)がいまのところ、最もリアルな政策論争であり、充実させる必要があります。
 きょう30日、本来なら第192回臨時国会の会期末にあたり、党首討論が半年ぶりに行われるはずでしたが、与野党協議(衆参どちらも)が有耶無耶になってしまい、実現は先送りされてしまいました。
 2000年、日本の国会で党首討論が始まった頃、週1回の開催が想定されていました。しかし、やがて月1回、さらに1会期中に1回となり、今や年1回程度に落ち着いてしまっています。直近では、2016年5月18日を最後に行われていません。この運用を見直し、国会会期中はせめて、月1回の開催ペースを守るべきです。
 さらに、衆参の本会議における自由討議の復活です。1955年の国会法改正で、この制度は廃止されてしまったのですが、昔は、個々の議員が国政問題全般に関し、全議員が集う本会議場で、所属会派の立場を離れ、自由に発言することが盛んでした(あの田中角栄氏も若手議員の頃、自由討議で頻繁に発言し、頭角を現しました)。衆参の本会議を「討議の場」として再定義しつつ、1回45分という時間的制約のある党首討論を補完するものとしても、国民の注目を寄せると思います。いま、参議院維新の党が、「自由討議の復活に関する国会法改正案」を参議院に提出しています。私はこの法案に賛成です。
 臨時国会の会期は、12月14日まで延長となりました。1月に召集された通常国会と合わせて、国会改革に関して若干の機運があったにもかかわらず、何の成果、前進もないまま、2016年を閉じようとしています。“田舎のプロレス”ではなく、「討議を重ねる、熟議の国会」が当たり前の姿になるのは、一体、いつになるのでしょうか。

 最後に、恐縮ながら宣伝させていただきます。
 私の近刊『[図解] 超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所、2017年1月発売)の予約受付が、amazonで始まりました。価格は1,630円(+税)です。
 これからの議論に向けて、本書がお役に立てれば幸いです。何卒よろしくお願い申し上げます。

 

  

※コメントは承認制です。
第108回日本の政治が、“田舎のプロレス”から脱する方策は?」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    プロレスのことは詳しくないのですが、いまの多くの政治家よりプロレス選手のほうが、もっとプロ意識があるのではないか…と思ってしまいました。「結局、反対しても強行採決で決まってしまう」という雰囲気が出来つつあるのは大問題です。どんなに議論しても、その内容は「数の力」で結局反映されないもどかしさ。それなら、そもそも国会だって、やるだけ時間とお金の無駄だと、まわりまわって政治家の首をしめるのではないでしょうか。「著しく不当な採決」が行われないようにするのが前提ですが、それが防げない状況であるのなら、差戻しできる仕組みをつくってほしいと思います。

  2. L より:

     大いに同意します。
     しかし、「プロレス」になってしまうのは単に野党の数が少ないからだけではなく、「野」党第一党の民進党の幹部を含む多くの議員が、内心では自民党の政策に賛成だからです。
     秘密隠蔽法、TPP、集団的自衛権、消費増税、刑訴法改悪?などは民主党政権時からのお話。
     民進党は、単に今は政権にありついていない野党だから、自民党に投票しない有権者、支持者向けにポジショントークとして野党ぶって反対ぶりっこしているだけ。野党自民党がTPP断固反対、RCEP賛成と言い、フクシマの鼻血が~と言ったのと同じ。だから、民進は本気で反対しないし抵抗しない。
     
     議長の差し戻し権の明文化には賛成ですが、与党出身の議長なんで抜かずの宝刀どころか、鞘の中には竹光さえ入っていないでしょうし、そもそも無気力相撲なんでどうしようもないでしょ。

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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