立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

「強化月間」こそ、性犯罪厳罰化法の成立を

 「AV強要・JKビジネス被害防止を強化」(FNNニュース2017.3.31 18:17配信)という記事にあるとおり、政府はこの4月を、アダルトビデオ出演強要などの被害防止、啓発活動などの「強化月間」と定めました。4月は、就職、進学で生活環境が変わりやすいことから、若い女性を中心に、このタイミングで性犯罪の被害に遭うことがないよう、政府は、スカウト行為に対する指導、警告を強化する等の方針を決めたところです。
 しかし、被害防止の強化方針を打ち立てたにもかかわらず、政府・与党は同時に、「あさっての方角」を向いています。政府・与党はなぜ、3月7日に国会提出された性犯罪厳罰化法案(刑法の一部を改正する法律案)を、衆議院法務委員会で速やかに審議入りさせ、「強化月間」である4月中の成立を期さないのでしょうか。野党はみな、性犯罪厳罰化法案の円滑な審議、成立に協力すると口を揃えており、審議を阻む要因は何ひとつありません。性犯罪厳罰化法案の審議、成立を後回しにし、3月21日、国会に提出されたばかりの共謀罪法案を優先させるのは、筋が通っていないばかりか、まさに「非人道的な対応」(民進党・山井国対委員長)です。この点は、いくつかの世論調査でも明らかなとおり、国民意識と大きくズレています。

すでに狂った、法案審議のスケジュール

 共謀罪法案は先週6日(木)、衆議院本会議で趣旨説明の聴取と質疑が行われました。あさって14日(金)、衆議院法務委員会で法案の趣旨説明の聴取を行い、18日(火)より、実質的な審議が始まることになっています。もっとも、この「空白期間」が示すように、政府・与党が思い描く審議スケジュールは、すでに入り口から狂っています。
 衆議院法務委員会の定例日は、火曜日、水曜日および金曜日となっているところ、政府・与党は、6日の審議入りを受けて、7日(金)の委員会で、以前から審議を続けてきた民法改正案(債権法等の改正)の採決を行い、早ければきょうの委員会で、共謀罪法案の実質的な審議入りを行うことを考えていたはずです。ところが、この方針を是とするか否とするか、自民党のある幹部は、衆議院法務委員会の委員長(自民党所属)に対し「否」と指示する一方、さらに別の幹部は、法務委員会の与党筆頭理事(自民党所属)に対し「是」と指示したため、6日に行われた法務委員会の理事懇談会(非公開)の場で、委員長と与党筆頭理事が、同じ自民党所属議員でありながら、日程をめぐって対立し、同理事がその場で辞任に言及するといった事態に至り、10日(月)まで混乱が続いていたのです。民主党政権時代には、政権与党の中枢で誰が司令塔なのかよく分からないと、当時野党だった自民党は、批判を繰り返したものですが、ある意味で今回、自民党らしからぬ失態を犯したと私は思います。
 きょう現在、この自民党内の混乱は、表面上収まっていますが、法案審議の順位付けをめぐって、共謀罪法案が必ずしも最優先ではない(性犯罪厳罰化法案の取扱いをめぐって、野党の言い分に耳を傾けるべき)という意見はなお、自民党内にくすぶっているのかもしれません。

審議の進め方にも、注視を

 共謀罪法案は18日(火)から、実質的な審議に入ります。法案の内容は言うまでもなく、委員会審議の進め方に関しても、注視する必要があります。
 まず、性犯罪厳罰化法案が、ある意味“人質化”している事実を忘れてはなりません。通常国会の会期末は6月18日まであと2カ月余りで、二院制である以上、参議院での十分な審議時間を確保する必要もあるなか、「性犯罪厳罰化法案を早期に審議し、確実に成立させたいのであれば、共謀罪法案の審議をスピードアップし、参議院に送る必要がある。だから、野党はスピード審議に協力しろ」との主張を、政府・与党が堂々と展開してくるおそれがあります。野党側が、共謀罪法案の慎重審議を求めるほど、「性犯罪厳罰化法案の成立を遅らせているのは、野党だ」との政府・与党の言い分を許すことになってしまうのです。無論、こうした言い分には一寸の理もありませんが、野党側も、だらだらと日程闘争を続けるのではなく、GW明け頃、仮に、性犯罪厳罰化法案の審議入りの目途が立っていない状況であれば、共謀罪法案の審議をいったん棚上げすることも視野に入れるべきです。
 また、言うまでもありませんが、審議は衆議院の慣例に基づいて、法務委員会の与党筆頭理事、野党筆頭理事が合意した日程に基づいて行われる必要があります。ここで注意しなければならないのは、3月28日に2017年度政府予算案が成立した後、衆議院の与党側は、委員会・本会議の“委員長職権立て”を濫発していることです(3月29日厚生労働委員会、3月31日議院運営委員会・本会議、4月5日法務委員会、4月6日議院運営委員会・本会議)。性犯罪厳罰化法案を審議入りさせるために、共謀罪法案の審議日程を委員長職権でどんどん立てていくというロジックは成り立ちません。昨年秋の臨時国会後、大島衆議院議長の所感表明を受けて、各党各会派は「議院運営改革」の取り組みを実践しなければなりません。いかなる法案であれ、委員会の職権立て→強行採決のパターンは、国民の政治不信を助長するだけです。

そろそろ、党首討論の開催を

 最後に、話題が少し逸れますが、党首間討議(党首討論)をそろそろ、行うべきタイミングではないかと思います。民進党の蓮舫代表は、ことし2月から3月にかけて、参議院予算委員会で一度も質疑に立つことがありませんでした。今や、共謀罪法案はもちろんですが、先般の米軍シリア攻撃、北朝鮮情勢等をめぐって、政治家どうしの議論が求められています。
 これまでの党首討論は45分間でしたが、以後、90分間に倍増するなど、今まで割当てのなかった少数会派も登壇できるよう、運用の工夫も必要です。この2カ月間、森友学園問題に関心が偏り過ぎてきました。多くの国民は、与野党が当たり前のように熟議を重ねる姿を待ち望んでいます。

○4月7日付、毎日新聞朝刊『「共謀罪」審議入り 「拙速」に危うさ』に、私のコメントが掲載されました。
○4月12日発売、『法学セミナー2017年5月号』(日本評論社)に、私の連載(第2回)「国民投票運動CM規制の再定位」が掲載されました。

ぜひ、ご高覧ください。

 

  

※コメントは承認制です。
第116回“共謀罪法案”すでに狂った、
自民党の審議スケジュール
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    性犯罪厳罰化法案は、男女とも加害者・被害者になる、子どもに対する親などのわいせつ行為や性交を処罰するなど「今までそうじゃなかったの?!」という内容。明治40年に刑法が制定されて以来、大きな改正がされてこなかったのです。被害者のことを考えれば、優先して審議すべき。そして、もちろん共謀罪の審議にはもっときちんと議論する時間が必要なのも明らか。…という常識が、なぜか通用しない国会です。

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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