立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんによる新連載です。
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

初めての違憲無効判決

 一票の較差を是正する憲法政策。終わりがなく、後戻りもできない登山のようなものです。いま何合目なのか、実はよく分かりません。実数計算で理想図を描くのは簡単です。しかし、政策レベルに落とし込む瞬間から、様々な難関が立ちはだかります。憲法という地図を手に、確かに存在する究極の目標(一人一票)に向けて、ひたすら登り続けるしかありません。

 2012年12月の衆議院選挙(最大較差2.425倍)をめぐる16件の選挙無効請求訴訟(以下、「一人一票訴訟」といいます)は、違憲無効判決2件、違憲違法判決12件、違憲状態判決2件、合憲判決0件という結果になりました。とくに、違憲無効判決は憲政史上初めてで、社会に衝撃を与えました。
 少し長くなりますが、この2年間の動きを振り返りつつ、今後の展望を述べたいと思います。

一人別枠方式を否定した最高裁判決が、
一人一票改革のきっかけだった

 思えば、2011年3月23日、最高裁は2009年8月の衆議院選挙(最大較差2.304倍)を違憲状態と断じ、一人別枠方式の廃止を含む、投票価値の実質的平等を達成するための区割り規定の見直しを強く説きました。

 一人別枠方式というのは、300の小選挙区(当時)のうち、47すべての都道府県に人口に関係なく形式的に一つずつ小選挙区を割り当て、残りの253の小選挙区を47都道府県の人口に比例して割り振るという区割り確定方式です(改正前の衆議院選挙区画定審議会設置法3条2項)。ご存じのとおり、昨年12月の総選挙まで、この方式による区割りでした。

 本来であれば、人口1,200万人の東京都から59万人の鳥取県まで、各都道府県の人口を基礎にして、300小選挙区の数を単純な割り算で配分すれば、当選する議員一人あたりの人口は等しく、地域差は無くなり、一人一票が達成されます。地域に関係なく、議員定数(一名)は人口に比例することになります。

 そうしないで、法律であえて一人別枠としたのは、理由があります。最高裁判決が指摘しているように「(中選挙区制から小選挙区制に移行する際、鳥取県のような)人口の少ない県における定数が急激かつ大幅に削減されることになるため、国政における安定性、継続性の確保を図る必要があると考えられた」、つまり、地方選出代議士を減らさないための”自己保身的施策”という側面があったわけです。

 他方、「この(小選挙区という)選挙制度によって選出される議員は、いずれの地域の選挙区から選出されたかを問わず、全国民を代表して国政に関与することが要請されているのであり、相対的に人口の少ない地域に対する配慮はそのような活動の中で全国的な視野から法律の制定等に当たって考慮されるべき事柄であって、地域性に係る問題のために、殊更にある地域の選挙人と他の地域の選挙人との間に投票価値の不平等を生じさせるだけの合理性があるとはいい難い」とも述べ、地方を優遇しようとする一人別枠方式の合理性を否定したのが、この最高裁判決の注目点でした。

 そして、一人別枠方式に基づく区割りは「投票価値の平等の要求に反する状態」にあるとし、「できるだけ速やかに一人別枠方式を廃止」することを国会に求めたのです。
 一人別枠方式の廃止を明言したこの判決が、国会における一人一票改革の端緒であったと、私は理解しています。

長すぎた国会の怠慢

 2年前、「一人別枠方式に関する法の規定は、できるだけ速やかに廃止しなさい」と、最高裁は国会にボールを投げました。
 しかし、一人別枠方式を廃止し、”投票価値の著しい不平等を是正する義務を負う”国会の対応が鈍く、必要な立法作業(衆議院議員選挙区画定審議会設置法及び公職選挙法の一部改正)が、信じがたいほどの長い期間、滞りました。長すぎた、国会の怠慢。今回の一人一票訴訟でも、立法の不作為、立法裁量の逸脱と評される所以です。上記最高裁判決が東日本大震災・福島原発事故の直後で、政治・行政が混乱の渦中にあったことは事実ですが、立法府の怠慢を正当化する十分な事情にはありえません。この点、衆議院の解散をできるだけ先送りしたい与党幹部(当時は民主党)の思惑が作用し、巧妙な不作為が続いたことを以前、指摘したところです(⇒第3回「衆議院の選挙制度改革―政治の巧妙な不作為―」)。

 同時に、国会の立法不作為を原因とする、行政の不作為も重なっていました。
 内閣府に衆議院議員選挙区画定審議会(以下、「区画審」といいます)という機関があります。区画審は法律上、国勢調査の結果公表から1年以内に、内閣総理大臣に対して区割り改定に関する勧告を行うとされています(区画審設置法2条、4条1項)。選挙区割りに政治の恣意的な介入が働かないよう、具体的な線引き作業は、政治家に関与させず、審議会のメンバー(外部の有識者)が行うことになっています。この勧告は、一人一票の選挙無効訴訟に係る司法判断の有無とは無関係です。国勢調査の結果公表(2011年2月25日)に基づく区割り改定の勧告は、法律上の期限とされる日、つまり、2012年2月25日までに行う必要がありました。

 しかし、前記の立法作業が行われず、一人別枠方式に係る規定(最高裁が、投票価値の著しい不平等が生じる元凶と判断しました)が法律に残っていたため、区画審は動こうにも動けず、勧告が行われないまま、法定期限を易々過ぎてしまったのです。事実、区画審は、第6回会合(2011年3月28日:前記最高裁判決の翌週)から、第7回会合(2012年11月27日:後述する「緊急是正法」の公布・施行日の翌日)まで1年8か月にわたる活動の空白があり、然るべき勧告ができないという違法状態が続きました。区画審は、サボタージュを決め込む国会の”道連れ”にされたのです。

 さらに、2010年の参議院通常選挙(最大較差5.00倍)に対する選挙無効請求事件で、最高裁は2012年10月17日、違憲状態と判示しています。この判決以後、衆参両議院が揃って違憲状態という、極めて不名誉な事態に陥りました。不名誉を恥じず、「ねじれ国会=決められない政治。動けないのは仕方ない」、「違憲状態で何が悪い」と開き直る国会に対し、国民は為す術がなく、不満をただ募らせるしかなかったのです。
 2012年12月の衆議院議員総選挙は、最高裁が違憲状態と判示した区割りで、しかも較差が拡大した状態(2.3倍→2.4倍)で行われたことは公知のとおりです。

怒りの司法

 広島高裁岡山支部判決(2013年3月26日、違憲無効判決)は、国会の怠慢を厳しく指弾しました。

 衆議院議員の任期の約2分の1に相当する期間である1年9か月弱は、本件区割規定ないし本件選挙制度を改定するための合理的な期間として、不十分であったと認めることは到底できない。国会は、本件選挙の約1か月前にいわば駆け込み的に緊急是正法を成立させたのみで(なお、緊急是正法は、都道府県単位で最小選挙区数を2としており、平成23年大法廷判決が違憲であると判断した1人別枠方式による定数配分を基礎としたものにすぎず、投票価値の較差是正のための立法措置を行ったとは到底いいがたい。)、本件選挙施行までに改定された選挙区割りを作成し、これに基づいて本件選挙を施行しなかったことは、国会の怠慢であり、平成23年大法廷判決など司法の判断に対する甚だしい軽視というほかない。

 司法は、一人一票訴訟において、違憲無効の判断と違憲違法の判断との間に高いハードルを置いて、ある種の自制を働かせてきました。選挙無効判決を下し、議員を徒に失職させてしまえば、立法機能そのものを不全にし、公益を害すると理解されてきたのです。そこで、事情判決の法理を採用し、判決主文で当該選挙を違法と宣言するに止め、又はその判断の前段階で、選挙制度に係る立法裁量を広く認め、”弥縫策”を繰り返す国会に寛容な態度をとってきたのがこの国の司法です。その裏返しで、「違憲無効判決はあり得ない」と、高を括る国会議員、政党関係者は後を絶ちません。

 その自制の限界は、もはや破られました。政治は1年9か月も、白々しく”改革の真っ最中”であることを装い、議論を停滞させたのですから、「甚だしい軽視」と司法が怒りをあらわにするのも当然です。同時に、瀕死状態の立憲政治を立ち直せようという、司法の強い決意であると理解できます。問題は、政治部門(国会・内閣)がこのメッセージを受け止められるかどうか、です。

緊急是正法とは何だったのか

 緊急是正法(衆議院議員選挙区画定審議会設置法及び公職選挙法の一部改正)は、2012年11月16日(=衆議院解散の当日)、前記判決の指摘のとおり”駆け込み的”に成立した法律です。衆議院小選挙区に関し、(1)山梨、福井、徳島、高知及び佐賀の各県で選挙区を一つずつ減らす「0増5減」の定数削減、(2)一人別枠方式の廃止、(3)一票の較差2倍未満、を柱としています。11月26日に公布、施行されました。

 いま改めて、緊急是正法に対する評価が問題となっています。
 上記(1)はともかくとして、(2)及び(3)は、2011年3月の最高裁判決を”逆手”にとった内容だからです。「最高裁は、一人別枠方式を廃止しろと言っている。だったらそれは形式的に廃止し、その代わり、どの都道府県にも二人(二つの小選挙区)を最低限置く方式にすればいい」という発想で、法律のスキームが組み立てられているからです。

 また、最高裁は、最大較差は2倍までなら許されるとは一言も述べていないのですが、緊急是正法は、全国最少選挙区(鳥取2区)を基準とし、その2倍未満の枠に、295すべての小選挙区を収める構造となっています。

 現に(1)の対象県はもちろん、鳥取県でさえ、最低2つの小選挙区が確保される仕組みになっています。言わば、緊急是正法は『二人別枠・二倍未満較差の積極容認方式』と称すべきものです。今回、札幌高裁判決(2013年3月7日)は、緊急是正法の立法趣旨は2011年3月の最高裁判決の内容とは質的に異なる、と批判しています。

 最高裁判決は確かに、一人別枠方式の廃止には言及しましたが、完全なる人口比例選挙区を設けるべきとまでは言っていません。そして、最大較差が2倍未満に収まるのだったら、どんな区割りでもいいとも言っていません。これらの点を逆手に取る『二人別枠・二倍未満較差の積極容認方式』は、「質的に異なる」との、札幌高裁判決のような指摘が生じるのは当然です。

 緊急是正法の内容が、どのような理由に基づいて最高裁判決の趣旨と異なることになったのか(どのような事情・思惑で、最高裁判決を逆手に取るようなものになったのか)、それは法律案の審議段階では必ずしも明らかになっていません。それもそのはず、2012年11月15日の午前から翌16日の午前にかけて、衆議院解散で浮足立った中、たった一日半で仕上がってしまった法律ですので(民主党も賛成していました)、審議が実らず、定数削減の話にも議論が分散してしまい、緊急是正法案を提出した自民党議員の考えがクリアに示されなかったのです。

 今更ながら、民主党政権末期のドタバタ劇を振り返っても仕方ありません。あくまでも、緊急是正のためと割り切って、これからの本質的な改革のあり方を今から、論じるべきではないでしょうか。

急ピッチの区画審

 ともあれ、緊急是正法が施行された後、区画審は4か月間、精力的な検討を行い、2013年3月28日、ようやく新しい区割り案の勧告を行いました(公表資料)。勧告の期限は、5月26日と定められていたのですが、それを2か月も前倒しして行われています。高裁判決が出揃った後に新しい区割り案を勧告するのは、法的にも政治的にも後々困難が伴うと予想されたため、線引き作業が急ピッチで進められたと推察されます。

<図:緊急是正法と較差縮減>

2009年 8月 衆議院選挙 最大較差2.304倍
     ↓
2011年 3月 最高裁、違憲状態判決
     ↓   *区画審、休止状態に
2012年11月 緊急是正法の成立(11/16)、施行(11/26)
     ↓   *区画審の再始動(11/27~)
2012年12月 衆議院選挙 最大較差2.425倍
     ↓
2013年 3月 区割り改定の勧告
   上限)東京16区(581,677人) ┐
         ↕ 較差1.998倍   ├295小選挙区(新区割り)
   下限)鳥取 2区(291,103人) ┘
     ↓
201×年 ×月 衆議院選挙 最大較差2倍未満を維持できるのか?!

半歩でも前進するしかない

 今回の勧告に従えば、最大較差は1.998倍になります。
 しかし、基礎となる人口データは3年前のものです(2010年国勢調査人口)。201×年に行われる次回総選挙では、最大較差は間違いなく2倍を超えることを、今から認識(覚悟)しておく必要があります。緊急是正法に基づく措置は有意なものでしょうか、それとも、意味のないものでしょうか。

 私は、緊急是正法は不十分ながらも、較差縮減という正のベクトルを向いたものとして評価します。その限りで、今回勧告された新たな区割りの法制化を支持します。緊急是正と割り切った上で、較差がいま以上に拡大するおそれがあるという前提で、較差縮減の追加対策を講じなければならないと考えます。一人一票は、衆議院選挙制度改革の「第二幕」の要諦です(⇒第14回「一人一票の衆議院選挙制度改革 「第一幕」はどこまで進み、「第二幕」はどこへ向かうのか?」)。

 4月12日、公職選挙法の一部改正案(今回の勧告に基づく、新しい区割りを示した「別表」を法末尾に追加するための改正)が閣議決定され、閣法(内閣提出法案)として衆議院に提出される予定です。緊急是正法は最大格差を2倍未満とするのみで、それ以上の較差縮減は、次週予定される閣法には特に定められません。これが原因で、与野党対立が深まりつつありますが、対立を煽りすぎて議論が止まることがあってはなりません。緊急是正法に基づく一票の最大較差”1.998倍”は、ゴールではありません。ゴールではないからこそ、確実に成立させ、次のステップにつなげる必要があります。

いまの任期中に、さらなる較差縮減は可能

 上記の閣法が成立したとします。次回、201×年の衆議院選挙はその改正後の制度に従って行い、もし較差が著しく拡大していれば、選挙後に見直せばいいということで、議論が着地しそうです。

 民主党政権下では、解散を先送りしたい動機が働き、較差是正の機運が断ち切られ、時間稼ぎのために無為な協議が続けられました。しかし、現在のところ、衆議院の解散は現実的な政治日程に上りません。この通常国会で閣法が成立した後も、較差縮減の議論を続けられる可能性があります。「せっかく、新しい区割りを線引きしたばかりではないか」との批判もありえましょうが、長い眼でみれば、衆議院議員のこの任期中に、さらなる較差縮減のための区割り”再見直し”が可能です。憲法上、好ましいことです。

 そのために、衆議院の特別委員会(政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会)を有効に活用すべきです。較差縮減に向けた各党の合意形成を積み重ねることはもちろん、地方公聴会を開いて、市民の率直な意見に耳を傾けることが必要です。議員定数削減の件、選挙制度抜本改革の件をいったん分け離し、クローズな各党協議、幹部会談ではなく、国民に開かれた場で、各論を丁寧に議論することが必要です。

均等区割りの明文化に向けて

 一人一票の議論の足場固めとして、区画審設置法3条の改正を提案します。

 各選挙区の人口(官報で公示された最近の国勢調査又はこれに準ずる全国的な人口調査の結果による人口をいう。以下同じ。)のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない。

 という、較差2倍までを安全範囲として許容しかねない条文があります。これは、2011年3月の最高裁判決も「投票価値の平等に配慮した合理的な基準を定めたものということができる」と評価しているわけですが、「最高裁も較差2倍までだったらいいと言っている」と、この条文に甘んじ、都合よく解釈する政治家が減らない原因でもあり、問題です。
 そこで、

 各選挙区の人口(官報で公示された最近の国勢調査又はこれに準ずる全国的な人口調査の結果による人口をいう。以下同じ。)は、均等にすることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない。

 と改め、議員定数人口比例の原則を簡潔に表現し、「均等」の意義(人口比例をどこまで徹底するのか)について、国会が責任ある有権解釈を示すことを提案します。較差1.998倍はゴールではないのです。これを限りなく1倍に近づける(均等にする)ためには、国会自らが、能動的に法制度の見直しを続けることが必要だからです。
 今回の較差是正を、立憲政治の前進のためのチャンスと捉えたいものです。

 

  

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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