立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんによる新連載です。
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

 昨年の政権再交代ののち、しばらく陰に潜んでいた衆議院の選挙制度改革。ここにきて、にわかに論じられるようになりました。議員定数削減と選挙制度の抜本的見直しがテーマです。自民・公明・民主の三党を中心に、この国会(第183回通常国会)で仕切り直し(≒ちゃぶ台返し)の議論が始まりそうです。先に制定された緊急是正法に基づく改革(*1)を第一幕とするならば、その幕が下りないうちに、台本の異なる第二幕が開こうとしているのです。
 緊急是正法の施行により、政府の衆議院選挙区画定審議会(以下「区画審議会」と略)が、区割りの見直し作業に着手しています。区画審議会は法律上、2013年5月26日までに新しい区割り案を内閣総理大臣に勧告することになっています。いまが、ちょうど折り返し地点で、4月にかけて議論は佳境を迎えます。過去(前政権)の話として忘れ去られているきらいがありますが、実は現在進行形です。このことをまず押さえてください。
 人権論・統治論の両面から、較差ゼロの「一人一票」を追求する立場からすれば、緊急是正法の内容はいささか不十分です。不十分ではありますが、第一幕の改革がどう進捗しているのか、地方(区割りの見直し対象となる地域の住民)の反応はどうか、緊急是正法の執行状況を国会議員はどうみているのか、注視する必要があります。国民がこれを見過ごすと、第一幕から第二幕へと移行するなか、「一人一票」が立法裁量に閉じ込められてしまうリスクが高くなります。これは逆です。「一人一票」が立法裁量を閉じ込めるのが、立憲政治の理想のベクトルでしょう。これが順調に進んでいると思い込み、実は途中から位相がずれていました、ということでは困ります。
 「第一幕」はどこまで進み、「第二幕」はどこへ向かうのか。これが今回のテーマです。

(*1)緊急是正法(衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画画定審議会設置法の一部を改正する法律)は、2012年11月16日に成立し、同月26日に公布、施行されました(平成24年法律第95号)。(1)山梨、福井、徳島、高知及び佐賀の各県で選挙区を一つずつ減らす「0増5減」、(2)一人別枠方式の廃止、(3)小選挙区の較差2倍未満、を主な内容としています。本文でいう第一幕とは、2012年11月26日から2013年5月26日までの半年間の動きを指します。

「第一幕」はここまで進んでいる

 区画審議会は、緊急是正法の施行にともない、「全国で最少となる小選挙区」を画定する作業を初めに行いました。これが基準として画定しないと、較差是正の具体作業が始められないからです。今日までは高知3区が最少選挙区でしたが、0増5減の対象となり、高知県は2つの小選挙区(新1区・2区の選挙区人口は当然増えます)となります。他にも、総人口が90万人を切る県はいずれも小選挙区が2に減少することになりました。
 数学的には、人口最少県に該当する小選挙区(1区、2区)のいずれかが、全国最少選挙区となります。つまり、鳥取県です。小選挙区の数は従来通り2と、変わりません。そこでまず、鳥取1区と鳥取2区の線引きを見直す作業が、両区の人口がなるべく平等になるように行われました(*2)。
 調整の結果、全国最少選挙区は、新・鳥取2区と決まりました。その人口は291,103人です。この数を基準に、較差が2倍未満となるよう、295すべての選挙区をあてはめる(線引きを調整する)という作業が、その次に始まっています。もちろん、0増5減の対象となる5県(山梨・福井・徳島・高知・佐賀)を含めてです。次の図をご確認ください。

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 上図のスキームに従い、区画審議会では、具体名が挙がっている選挙区とそれに隣接する選挙区で、線引き見直し作業が進められています。
 もっとも、都市部ではあまり大きな議論になっていませんが、地方では、多くの対象地域で強い反対意見が示されています。地方ではとくにこの十数年間、市町村合併が進み、対象住民がようやく新しい行政区になじんできたにもかかわらず、再び区割りの見直しが行われることに起因する(コミュニティを二分する)拒絶反応が生まれています。選挙区の見直しは市町村の合併・分割そのものとは違うのですが、「地域の一体感が奪われる」、「地元の政治の空気が変わる」などの反対理由が各地で挙がっています(*3)。線引きなるものが、神の手によらざる判断で行われる限り、反対意見の勃発は逃れられませんが、前政権下において、一人一票の憲法的価値、政策的意味が根本から伝えられる努力がされていればと思うと、後悔が残ります。一票の価値がどの地域でも等しい状態であってはじめて、選挙で決まる議会の構成が民意を正しく反映し、議会の正当性が生まれます。投票価値不平等の問題を繰り返さないよう、選挙制度改革の議論が進んでいたはずが、衆議院解散の駆け引きに紛れ、いつの間にかあいまいになってしまいました。これは国全体の問題です。決して、ローカル・ニュースとして聞き流していいわけではありません。
 次の解散総選挙は2016年くらいでしょう。今後3年間の人口動態を考えなければなりません。2011(平成22)年国勢調査人口をベースにした区割りでは、5年前の人口データが基になるわけですから、2倍を超えて較差が拡がっているおそれが高くなります。
 第一幕で、結論だけ急いでいては本質的な問題(一人一票)の解決にはならないのです。

(*2)鳥取県東伯郡の湯梨浜町(現1区)を2区に編入することによります。平成22年国勢調査人口により、新鳥取1区は297,564人、新2区は291,103人となります。数学上は、まだ3千人程度の相互調整が可能です。
(*3)青森2区には、1区の平内町、3区の五戸町を編入する案が検討方針とされていますが、どちらの自治体も反対姿勢を貫いています。愛媛県伊予市議会では、伊予市(2区)を4区に編入することに反対する意見書が可決されています(2月12日)。また、長崎県が1月下旬、長崎3区の区割り見直しに関するパブリックコメントを実施したところ、591件の意見が寄せられ、反対・慎重意見がほとんどを占める結果となりました。

「第二幕」はどこに向かうのか?

 「衆議院議員の定数削減については、選挙制度の抜本的な見直しについて検討を行い、次期通常国会終了までに結論を得た上で必要な法改正を行うものとする」
 これは、緊急是正法が成立し、衆議院が解散された当日(2012年11月16日)、民主・自民・公明三党の国会対策委員長が交わした合意文書です。公党間の約束なので、政治的に大きな意味を持ちます。
 この文書に基づき、第二幕が開こうとしているわけです。次期通常国会とは、この第183回国会のことです(6月26日が会期末)。定数削減、選挙制度の抜本的見直しに係る公職選挙法改正を第二弾として行うという意味です。いわゆる中選挙区制度の導入、比例定数の削減が当然、論点として上がってきます。
 しかし、この合意文書では、一人一票を引き続き志向することが明確ではありません。むしろ、0増5減と一人別枠方式の廃止で事足れりというニュアンスが漂います。衆議院解散の当日交わされた文書なので、誰も気に掛けないのかもしれません。最高裁がどう受け止めるかは別ですが、一人一票は立法的に解決済みとの「誤解」を招きかねない文書です。少なくとも「一票の較差のさらなる是正を基本とし、」というような文言が挿入されていれば、政権再交代後も有意な議論を続けることができたでしょう。あえて空論を述べるならば、「最少人口選挙区との最大較差を1.1倍に縮減する選挙制度を、次の次の総選挙から実施する」との各党合意をめざすこともできるわけです。
 第二幕の議論の可能性を頭から否定するつもりはありませんが、このままだと、一人一票が抜けおちた状態で、議論が進んでいきます。
 一人一票は憲法論、議員定数削減は法律論です。政治の世界では、同列に考えられがちですが、次元が違います。前者は、憲法14条の平等原則、そして国の議会その他の政治権力が正当性を維持するために憲法上要請される事がらですが、後者は、公職選挙法が規定する法律事項にすぎません。一人一票という憲法上の価値が実現されていてはじめて、議員定数、選挙制度といった技術的な法律論が成り立つのです。議論の優先順位を間違えてはいけません。

 本稿の冒頭で「ちゃぶ台返し」との表現をしましたが、較差が拡大する方向での「改革」は、法的にも政治的にも何の価値もありません。政権与党、そして将来与党となりうる野党第一党、野党第二党にはこのことを踏まえた、誠実な対応を求めます。一人一票は総論賛成、各論反対という地方の空気を変えるに足りる熟議を期待します。

 

  

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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