柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

shibata

 日本は「主権在民」の国である。国民が主権者なのだ。いま安倍政権がやろうとしていることを国民はどう見ているのか。安倍政権と国民世論との関係について、当面する3つの課題、集団的自衛権の行使容認、原発政策、沖縄・普天間基地問題から考えてみよう。

「解釈改憲が邪道」は明らか

 集団的自衛権の行使について日本政府は、戦後一貫して憲法9条のもとでは認められないとしてきたものを、安倍政権は憲法解釈を変えて行使を認めるよう閣議決定しようとしている。
 このことに対する国民世論は、メディア各社の世論調査の結果がバラバラで、行使容認派のメディアの調査が都合よく「容認派が多数」と出ていることと、そのからくりについては先月のメディア時評で詳しく記したので、繰り返さない。
 それよりこの問題は、安倍首相のそもそもの「悲願」である憲法9条の改定というところまで遡って考えれば、事態はよりはっきりする。すなわち、安倍首相がなぜ改憲を提起しないで、解釈改憲という姑息な手段に訴えようとしているのか、ということだ。
 安倍首相は、7年前の第1次安倍政権のとき改憲のための国民投票法の制定を提起し、今回の第2次安倍政権で改正法を成立させた。準備は整ったのだから正々堂々と憲法改正を提起したらよかったのに、それをやらずに解釈改憲を狙った理由ははっきりしている。憲法9条の改定は、国民投票で否決されてしまうことを知っているからだ。
 憲法改正について賛成か反対か、という世論調査では賛成派が多数を占めるが、憲法9条に限って訊くと、どんな世論調査でも反対のほうが多いのがこれまでの趨勢だった。世論調査は実施主体の意向に沿った回答が多くなることは、よく知られているが、かねてから改憲を主張している読売新聞社の調査でさえ、その結果は変わらなかった。
 読売新聞は、自社の主張と世論が違うことを気にして、世論調査の王道であるイエスかノーかの二択方式を取らずに、2002年から設問を例によって三択方式にしたのだ。
 「戦争を放棄し、戦力を持たないとした憲法9条をめぐる問題について、政府はこれまで、その解釈や運用によって対応してきました。あなたは、憲法9条について、今後どうすればよいと思いますか、次の三つの中から一つだけあげてください」として①これまで通り解釈や運用で対応する②解釈や運用で対応するのは限界なので、憲法9条を改正する③憲法9条を厳密に守り、解釈や運用では対応しない、の三つを並べた。
 結果は、読売新聞の狙い通り真ん中の②が最も多かったのだが、それでも過半数には達せず、①と③を足したものが過半数を占めた。①と③を足したものは9条の改定に反対な人たちだから、記事で「三つのなかでは9条を改正すべきだという意見が最も多かった」と記すことはできても、国民世論は9条の改正派が多数とはいえない数字だったのだ。
 しかも近年、改憲が提起されそうな気配が強まるにつれて、どの世論調査でも改憲派の比率が少なくなっていて、とくに9条の改憲反対の意見が強まる傾向がみられるのである。憲法9条を守ろうという国民の意思は、相当に固いとみていいだろう。
 安倍政権は、憲法改正には時間がかかり、中国や北朝鮮など日本の安全保障環境の変化に対する対応は急がなければならないから、解釈改憲でやろうとしているのだ、と主張しているが、それは建前で本音のところは、先にも述べたように国民投票で否決されてしまうことを恐れてのことだろう。
 今国会の会期中に閣議決定をしたいという自民党の要求は、公明党の抵抗で先延ばしにはなったが、「連立政権からの離脱」という最大の武器を最初から封印しているのだから公明党の抵抗に迫力は感じられない。
 自民党にしてみれば、どんな条件を付けられてもいいから「集団的自衛権の行使を認める」という文言が閣議決定に入れば大成功なのだから、実現は間違いないと楽観しているのではあるまいか。
 「憲法9条とそれを守ってきた日本国民にノーベル平和賞を」という運動が起こっていることはよく知られているが、それはともかく、戦後一貫して憲法9条を柱に平和国家としてやってきた日本の骨格が変わるかどうか、いまその大きな分岐点に来ているのだと言えよう。
 問題は、そのことを国民が認識しているかどうか、ということだ。たびたび繰り返しているように、この問題についての新聞論調は二極分化しており、朝日、毎日、東京新聞をはじめほとんどの地方紙を読んでいる読者は、日本が分岐点にあり、反対デモまで起こっていることを知っていても、読売、産経新聞しか読んでいない読者は、大きな対立が起こっていることさえ知らないのではあるまいか。
 読売、産経新聞が安倍政権に賛成することは構わないが、集団的自衛権の行使をめぐっては自民党と公明党との「対立」だけではない、もっと大きな対立があることを報じてもらいたいものである。

国民世論無視は原発政策でもっと著しい

 安倍政権の国民世論無視、もう少し穏やかな言い方をすれば国民世論軽視は、原発政策ではもっと著しい。福島原発事故以降、どの世論調査でも原発には反対意見が多くなっているが、安倍首相は各国を回って原発輸出を推進し、国内のエネルギー政策でも原発推進を掲げて一直線に進もうとしている。
 もっとも世論軽視は、民主党の野田政権のときからそうだった。「討論型世論調査」という新しい方式を工夫し、2030年の原発の比率を「0%」にするか「15%」にするか「20~25%」にするか、三択を用意して討論と世論調査を繰り返した。
 政府としては真ん中の15%に落ち着くだろうと予測していたらしいのだが、結果は「0%」が圧倒的に多く、しかも討論のたびに増えていくという結果に、野田政権は政策決定に活用することを見送ってしまったのだ。
 自民党は、選挙公約にも原発問題はあいまいなまま明確にせず、選挙に勝って政権をとってからは推進政策をとっている。一方、国民世論のほうは、朝日新聞の調査によると、原発の再稼働に賛成28%、反対59%とほほ2倍近い大差で反対が多いのだ。
 実は、自民党政権が原発政策で世論を無視したのは、これが初めてではない。1986年ソ連のチェルノブイリ原発事故が起こって日本の世論も賛否が逆転し、反対意見が多くなったのに原発政策はまったく変わらなかった。このときはメディアもそれに同調して世論と政策の乖離を放置した。
 しかし、今回は福島事故が起こった後なのだから、事情はまったく違う。「チェルノブイリのような事故は日本では起きない」なんていえるはずはなく、メディアは今度こそ世論と政策の乖離を衝かなくてはならないはずなのに、例によって二極分化した状況なのだ。
 推進派の読売、産経新聞は、世論と政策の乖離を衝くどころか、社説で「大衆に迎合するな」「ポピュリズムを排せ」と主張するのだから驚く。
 安倍政権は世論を無視して原発を推進しただけではない。原子力規制員会の委員長代理、地震学者の島崎邦彦氏が厳しすぎると電力会社などから煙たがられていたのを受けて、推進派の原子力学者と交代させる人事を国会に提案、野党の反対を押し切って与党の賛成多数で承認してしまった。
 福島事故が、原子力を推進する官庁、経済産業省のもとに規制官庁の原子力安全・保安院があったため、安全対策が甘くなっていたことで起こったという反省から原子力規制委員会を創ったのに、これではその効果が有名無実になってしまう。
 この意図的な人事に対しても、推進派のメディアは、批判どころか歓迎するのだから、何をかいわんやである。
 日本はどうやらもう一度、大事故を起こすまで、懲りないようである。

沖縄県民こぞっての反対を押し切って
辺野古に基地新設へ

 沖縄・普天間基地の移転問題も、沖縄県民こぞっての反対を押し切って、辺野古へ新しい基地を造る計画を推し進めている。反対していた知事まで黙らせてしまったうえ、辺野古の埋め立てに着手しそうな勢いだ。
 もちろん、辺野古のある名護市の市長は強硬に反対しており、11月には知事選挙もあるので、どうなるか予断は許されない。ともあれ、占領時代とまったく変わらないほど米軍基地がある沖縄に、さらに新しい基地を造るなんて、所詮無理な話なのではあるまいか。
 6月23日は沖縄の「慰霊の日」だ。先の戦争で日本国中、空からの爆撃を受けた地域は全国に広がっているが、地上戦の悲惨さは空爆の比ではない。沖縄県民の4人に1人、20万人が命を落とした沖縄戦に全国民が思いを新たにする日である。
 折から日本はいま、集団的自衛権の行使という、自衛隊が米軍と一緒に戦争に参加することを認めるかどうかという瀬戸際に来ている。沖縄県民とともに、日本国民がもう一度、そのことを考えてほしい「慰霊の日」だ。

 

  

※コメントは承認制です。
第67回 安倍政権と国民世論――3つの課題で考える」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    〈読売、産経新聞しか読んでいない読者は、大きな対立が起こっていることさえ知らないのではあるまいか〉の言葉に、まさかと思いつつ愕然。そうだとしたら、それってかなり怖いことなのでは?
    〈自衛隊が米軍と一緒に戦争に参加することを認めるかどうかという瀬戸際〉。「自衛」の言葉にまやかされず、本質を見た議論がもっともっとなされるべきです。

  2. くろとり より:

    朝日、毎日が安倍政権のやることなす事反対しているのはわかっていますし、反対派のデモなど極少数のいつもの人間しか行っていないことなど分かっています。
    ネットを見れば各新聞の記事が読めるわけですし、過去の記事から各新聞社がどのような思想を持っているかを判断するのも簡単な事です。
    各新聞の思想が異なっているなんて常識ですし、今更大きな問題にすることではありません。
    そもそも新聞しか読まない人などほとんどいないでしょう。
    また、読売、産経にも集団的自衛権の記事はあります。朝日、毎日を読まないと集団的自衛権の問題についてわからないと決めつける方が傲慢だと思います。

  3. ひとみ より:

    一昨年末の総選挙後、Twitterで「今回の選挙は不正選挙だ」というツイートが流れた時期があった。
    今の状況で自民党が大勝するわけがない、インチキだ、と。
    Twitterって、気に入った方をフォローする一方、気に入らない意見を言ってくる方はブロックできます。
    したがって、その人のTwitter上のタイムラインは同じような思想のツイートに統一されることがままあります。
    このようなタイムラインを「世論」と勘違いすると、自分たちが本当は少数派なのに、多数派であるかのような錯覚を起こします。
    で、選挙結果を見てこれはおかしいと。
    有名なブロガーさんは自民党が勝ったら逆立ちして鼻からスパゲティ食べるとまでツイートしてしまい、物笑いになってしまいました。
    産経、読売しか読まない、また逆に朝日、毎日しか読まないというのはいずれもこうした錯覚をおこす原因になると思います。

  4. Shunichi Ueno より:

    自衛隊の存在自体も違憲と考えるが、世界的な安全保障体制が整うまでの過渡的措置とするなら、専守防衛を厳守する前提で、世論も容認するかも知れない。しかし集団的自衛権でその枠組みを外すことは憲法を不可逆的に破壊することに繋がる。それが安倍政権の目的であろうが。

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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