柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

shibata

 「政界は一寸先が闇だ」と言ったのは誰だったか、今回の解散・総選挙も、だれも予想していなかった段階からアッという間に状況が一変し、解散・総選挙へとなだれ込んでいった感じである。朝日新聞の政治漫画で山田紳氏は「不意打ち、抜き打ち、だましうち」と記しているほどだ。
 仕掛け人はもちろん安倍首相だ。自民党の「1強多弱」のなか、あと2年間はやりたい放題できる状態なのに、さらなる長期政権を目指して解散・総選挙に打って出たのだ。
 そのやり方も、いつものことながら「平気でウソをつく」というあまり褒められたものではない、姑息な方法をとった。首相は解散についてはウソを言ってもいいという不文律があることは承知しているが、外遊前に与党の幹部には解散・総選挙に打って出ることを耳打ちしておきながら、外遊先では記者団に「私は解散についてひと言も語ったことはない」と平然と語っていたのである。
 東京オリンピックを招致するとき「原発事故はコントロールされている」と国際社会にウソをついたのをはじめ、数々のウソが思い出され、いまさら驚くことではないが、それにしても「平気でウソをつく首相」をいただいていることは国民としてあまり気持ちのいいものではない。
 安倍首相がその後、語った解散・総選挙の大義名分は、消費税の8%を10%に上げることになっていたのを1年半延期する、そのことの是非を国民に問うのだ、というのである。一見、もっともにみえるが、消費税の再アップの先送りに野党が反対しているわけでもなく、「経済状況をみて」と法律にも書いてあるのだから、国民に信を問う大義名分にはなり得ないという見方が一般的だ。
 しかも、安倍首相が2年前に約束した議員定数の削減や歳費の削減、最高裁から「違憲状態」と突きつけられている選挙制度の改革など、すべて実現しないまま、解散・総選挙に打って出たのだ。
 野党がこぞって「大義なき解散だ」と反対の声を上げたのも当然だろう。野党の選挙態勢が整わないうちに、野党の足並みがそろわないうちに、というのが自民・公明両党の狙いなのだから、野党の反発は計算のうちということか。
 この大義なき解散・総選挙にメディアはそろって猛反発、と書きたいところだが、そうは書けない。このところ『安倍政権の機関紙』のような、全面支持の姿勢を強めている読売・産経新聞が、この解散・総選挙も支持しているからだ。
 いや、単なる支持ではなく、私の見るところ、今回の解散・総選挙は読売新聞が仕掛けたものではないか、という気がしてならない。もちろん明確な論拠があるわけではないが、読売新聞の報道を子細に追っていると、読売新聞の提言に安倍首相が乗ったのではないかという疑いが極めて濃厚なのである。
 たとえば、解散ムードを最初に報じたのは読売新聞だったし、消費増税の先送りにも賛成し、解散・総選挙にも社説ではっきり賛成の意向を表明した。なかでも11月23日の一本社説では、「経済最優先で『好循環』目指す、画期的な集団的自衛権の行使容認」と、この2年間の安倍政権の成果をすべて肯定的にとらえ、国民から評判の悪かった集団的自衛権の行使容認なども、総選挙で与党が勝てば、関連法案も推進しやすくなるという意図までまる見えの見出しが躍っていた。
 さらにいえば、今回の突然の解散を、多くのメディアが小泉首相による2005年の「郵政解散」と比較して論じているなかで、読売新聞の解説記事では1986年の中曽根首相による「死んだふり解散」を見習ったものだと書いていたこともその一つ。当時、読売新聞のドン、渡邉恒雄氏と親しかった中曽根首相が、ナベツネ氏の意向を入れて誰も予想していなかった解散に打って出て、大勝利を得たと言われているケースである。
 今回の解散・総選挙も、安倍首相のご意見番といわれるナベツネ氏の意向に沿ったものだと私は思うのだが、どうだろうか。
 ところで、野党もバラバラ、メディアも二極分化、安倍首相にとって怖いものは何もないはずだが、国民世論だけは思い通りにはならないようだ。世論調査は実施主体の気に入るような回答が多くなるものだといわれているが、その読売新聞の世論調査によっても、今回の解散・総選挙を評価する人は僅か27%、評価しない人が65%にのぼる。
 また、安倍首相が「争点はアベノミクスだ」と強調するご自慢の経済政策についても、読売・世論調査の結果は評価する45%、評価しない46%なのだ。
 したがって、今回の総選挙は、自民・公明の与党が勝つとしても、現在の326議席からかなり減ることは間違いない。自民党は当初、過半数の238議席が目標だと現状より88議席減ってもいいようなことを言いっていたが、「それでは惨敗だ」と与党からも異論が出て、目標を安定多数(249)あるいは絶対安定多数(266)に変えたようだ。
 いずれにせよ、与党が減ることは間違いないのだから、この機運を野党がどうとらえ、うまく与党に立ち向かえば、安倍政権を窮地に追い込むところまで行けるかもしれない。 アベノミクスだけでなく、特定秘密保護法や集団的自衛権の行使容認など、国民に評判が悪い、安倍政権が『暴走』した部分を争点にしていくことだろう。
 それにはメディアの「奮起」を期待したい。新聞論調の二極分化が言われて久しいが、総選挙ともなれば全国紙より地方紙の活躍が目立ってくる。地方紙の論調は、ジャーナリズムの本来の使命である「権力の監視」、すなわち野党精神が健在なところが多く、安倍政権の思い通りには動かないだろう。
 どんな結果が出るか、期待しながら12月14日の投票日を待ちたい。

沖縄の知事選が示したもの

 今月のニュースとしては、沖縄の知事選があり、辺野古の米軍基地新設に反対する翁長雄志氏が、現職の仲井真知事を大差で破って当選した。前回の知事選では辺野古の基地新設に反対して当選した仲井真氏がその後変節して基地容認に転じたことに対して、県民ははっきり「ノー!」と意思表示したのである。
 同時におこなわれた那覇市長選でも、沖縄県議補欠選挙でも、翁長氏を支える候補者たちが勝利し、辺野古基地反対の「沖縄の民意」は明確に示されたといっていいだろう。
 安倍政権は、この結果に対しても辺野古基地新設を「粛々と進める」としているが、そんなことができるのであろうか。現状でも国土の1%にも満たない沖縄の地に、日本にある米軍基地の74%が集中している沖縄に、さらに新たな基地をつくるというようなことが「沖縄の民意」に反して可能なはずはなかろう。
 その点については、沖縄の地元紙、琉球新報と沖縄タイムスが説得力ある報道を展開している。両紙とも独自に米国に特派員を送り込み、「海兵隊の基地が必ずしも沖縄にある必要はない」と主張している専門家の声を次々と伝えているのだ。
 日本政府も「沖縄の民意なんて…」と軽視せずに、そろそろ米国政府と「どうしても辺野古に基地を新設しなくてはならないのか」と本気で交渉に臨むべきときだろう。メディアもその後押しをすべきときではないか。

朝日新聞「報道と人権委員会(PRC)」
の見解にガッカリ!

 もう一つ今月のニュースに、朝日新聞の「5月20日の原発『吉田調書』記事」に対する「報道と人権委員会(PRC)」の見解が発表され、12日の紙面に掲載されたので、ひと言触れておきたい。
 朝日新聞が従軍慰安婦報道の検証記事への謝罪と一緒に、「原発『吉田調書』の記事を取り消して謝罪した」ことは間違いではないか、という私の見方は、9月のメディア時評で述べた通りだが、この記事について検討していたPRCが出した見解は「記事の取り消しは妥当である」という追認したものだった。かすかな期待を抱いていただけに、ガッカリしたことはいうまでもない。
 ただ、長文の見解をよく読んでみると、社内でどのような検討がなされて出た記事であるかがよく分かり、同時に、この記事は見出しがちょっと強すぎただけで大筋は正しい記事であったことも浮かび上がってくるのだ。それにもかかわらず、「記事を取り消し、社長も責任を取る」という『虚報扱い』にした朝日新聞社の措置を「妥当」とした理由については十分な説明がないのである。
 このようなことが前例となっては、政府が隠していることを暴き出す「調査報道」が姿を消すことにならないか、という危惧の念をひしひしと感じるので、ひと言付け加えさせてもらった。

 

  

※コメントは承認制です。
第72回 「大義なき」解散・総選挙へ!――読売新聞が仕掛けた?」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    平気でウソをつく首相をいつまでもいただいている我が国民とは、いったいどんなお人好しなのでしょうか。
    何をやってもこの国民は怒らないと、軽くみられているのです。
    公約を守らない、最高裁がつきつけた「違憲状態」と「選挙制度改革」の勧告も無視をする…。
    これについてはメディアも激しく怒り、追求をすべきです。
    そして有権者は、ばかにされていることに対してきちんと怒り、投票行動で示すべきでしょう。

  2. 場外乱闘に持ち込むしかないですよ!消費税とかアベノミクスといったリングの上で闘っちゃダメ。海江田さん見ててわかる通り、対案出せっこないんだから。あるいは共産党みたいにブチ切れて「消費税廃止」とか言い出したら、誰も信用しなくなる。要は、景気が悪くなったのはアベノミクスのせいでなく、「中国や韓国といった近隣諸国と喧嘩ばかりしている安倍外交が悪いんだ!」としてしまえばいいんです。さらに「ヨーロッパが景気回復できないのは、ロシアとか中東と喧嘩してるせい」と付け加えて、「みんな仲良くしてれば景気なんかとっくに回復してるんですよ〜!」、「ナショナリズムや排外主義が景気回復を阻害してるんですよ〜!!」、「憲法第九条を守って、景気回復だ〜!!!」とやればいい。うまくすれば財界も乗ってきて、安倍総理を自民党内で孤立させることも可能になる。

  3. とろ より:

    自民党が票を減らすというのは,間違いないんでしょうけど,じゃあどこが増やすのかと言われると,
    誰もが答えられない選挙ですね。
    集団的自衛権も,これからわかりませんけど,現状あまり盛り上がっていませんね。

  4. 多賀恭一 より:

    おそらく、今回の選挙に波乱は無いだろう。
    アベノミクスは、さらに4年間続くことになる。
    1ドル=150円
    輸入品の物価が30%上昇。
    ガソリンが、小麦が、関連してすべての物価が3割増し。
    オイルショックの時はトイレットペーパーが店頭から無くなった。
    インフレは庶民いじめだ。
    今のうちに買いだめしておこう。

  5. なると より:

    PRCの見解に関しては私もがっかりしました。

    『「所長命令に違反」したと評価できるような事実は存在しない。裏付け取材もなされていない。』
    『ストーリー仕立ての記述は、取材記者の推測にすぎず、吉田氏が調書で述べている内容と相違している。』

    上記から『基本的には、読者の視点への想像力と、公正で正確な報道を目指す姿勢に欠ける点があった。』と結論付けるのはいいとして、ではなぜそのような姿勢になってしまっていたのかというところが欲しかった。

    取り組む姿勢が悪いとなれば、これは単純な手順のミスとか、うっかりのレベルではありません。今後は根本的な意識の改革が必要になるでしょう。「想像で書いたけど、大筋があってればそれでいいだろう」という姿勢は公正で正確な報道を目指すところからすると間逆です。

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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