柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などからジャーナリスト柴田さんが
気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

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アルジェリア人質事件、情報錯綜、メディアも混乱

 今月のニュースでは、アルジェリアの人質事件が大きかった。16日に発生してから7人の生存者と10人の死者のうち9人の遺体を乗せた政府の専用機が25日朝、羽田空港に到着するまで、ほとんど連日のように1面トップを占める報道が続いた。

 しかし、現地からの情報は錯綜し、「何人は生存」と報じられたかと思えば、すぐに「その情報は未確認」さらには「間違い」と二転三転するなど、メディアの報道内容も混乱に次ぐ混乱だった。

 いうなれば、アフリカは遠く、政府もメディアも情報収集のルートのなさがそのまま露呈してしまった事件なのである。安倍首相はかねてから「民主党政権の危機管理はなってない」と批判し、自民党政権になればと自信のほどを語っていたが、そうではなかった。

 東南アジア3カ国を歴訪中に人質事件が起こったため、急遽、繰り上げて帰国し、アルジェリア政府に人質の人命尊重を要請したが、一顧だにされなかった。もちろん、その責任は安倍首相にはなく、歴代の日本政府のアフリカ軽視の結果だといえよう。

 ただ、安倍政権は、この事件をきっかけに自衛隊法の改正や自衛隊の予算や定員増など、さらには情報収集機関の新設のようなことまで言い出しているが、そういうことではあるまい。たとえば、自衛隊は各国の大使館に「駐在武官」を49人も出しているのに、アフリカにはエジプトとスーダンの僅か2人だけ、中南米には1人もいないそうだ。そんな欧米偏重を正せば済む話だろう。

 中国政府のアフリカ進出はすごいものだといわれている。同じようにとは言わないが、日本政府ももう少しアフリカに力を入れてもいいのではあるまいか。メディアも、これからの世界のニュースの焦点になると思われるアフリカにもっと関心を向けるべきだろう。

 ただ、今回のニュースでよかったことは、小泉政権のときのイラクでの人質事件のように、「自己責任だ」と冷たく突き放すような空気が、政府にもメディアにもなかったことだ。今回は、プラント建設に参加している「企業戦士」が人質になったのだから、それは当然のことだが、イラクの場合、ボランティアとして入国した若者だったとしても、あの冷たさは異常だった。米国の要人が弁護に回ったほどだったのである。

 ところで、今回の人質事件報道で気になったことの一つが 、政府が死亡者の名前を25日の帰国まで公表しなかったことだ。政府は、その理由として遺族や企業「日揮」の要望によると説明していたが、本当にそうなのだろうか。

 遺族が「そっとしておいてほしい」と希望することはよくあることだが、死んだ人の氏名は、その人がこの世に存在したことを示す唯一の証明ともいうべきもので、メディアが遺族にきちんと説明すれば、分かってもらえるケースが多いのだ。

 もちろんメディア独自の判断で名前を出していたところもあったが、政府に従って氏名を全く報じないメディアもあった。

 殺人事件があっても、被害者も加害者も実名で報道する必要はないと主張する人が時々現れるが、そうなったら報道の使命が果たせないだけでなく、犯罪の防止にも、冤罪の防止にもならないだろう。メディアの基本は実名報道であることを機会あるごとに、社会に訴えていくことがメディアの責務でもある。

原発事故、メディアまで「東電の虜」に?

 東京電力は、1月23日、福島原発事故をめぐって社内で交わされたテレビ会議の映像記録の一部を報道関係者に開示した。2011年3月23~30日と4月6~12日の計312時間6分の映像で、開示したのはこれが3回目。これで、事故から1カ月分がやっとつながった形である。

 ただし、視聴できるのは報道記者だけで、しかも音声には1133カ所が「ピー音」で伏せられ、映像には347カ所にぼかし処理が施されていたという。とても公開とはいえない状況である。

 事故からまもなく2年になるというのに、東電のこの発表の仕方に、国民に代わってメディアはなぜ怒らないのか。いまだに10万人を超える住民が避難先から自宅に帰れないという悲惨な状況を生み出した加害企業だというのに、都合の悪いところは隠し、しかも小出しにする発表とは、どうしたことだろう。

 ところが、メディアは怒るどころか、今回の開示した内容を記者がしっかりと見て、まともに報じたところは東京新聞と朝日新聞くらいなもので、開示した事実だけをベタ記事にしたところや1行も報じないメディアも少なくなかった。東京新聞などによると、海洋汚染を放置したという問題のシーンが含まれていたようだから、メディアの軽視はいっそう残念だ。

 さらにいえば、原発事故の刑事事件としての捜査は、どうなったのか。小さな工場の火事でも、交通事故でも刑事事件として捜査されるのに、捜査機関は何をしているのか。東電の社内会議のテレビ映像などは、捜査の際の重要な証拠であり、証拠保全はどうなっているのか、心配になってくる。メディアは、その点の監視もしっかりやってもらいたいものだ。

 福島事故の原因究明に当たった国会事故調は、「規制する側(原子力安全・保安院や原子力安全委員会)が規制される側(電力会社)の虜(とりこ)になっていた」のがそもそもの原因だと報告していたが、メディアまで電力会社の虜になっていたら、東電や保安院の刑事責任までウヤムヤにされてしまうだろう。

原発報道の「失敗」を検証した上丸記者に、新聞労連ジャーナリズム大賞

 原発報道といえば、過去から現在まで、自社の過ちを含めて原発報道の歴史を検証してきた朝日新聞の長期連載「原発とメディア」が昨年末で終わったが、そのなかで最初の「平和利用への道」「容認の内実」と最後の「3・11後」を担当した同社の上丸洋一記者に、1月24日、今年度の新聞労連ジャーナリズム大賞が贈られた。

 メディアにとって過去の報道を検証し、反省することが大事なことは分かっていても、次々と起こってくる新しいニュースに追われるのと、先輩や同僚記者の「過ち」を告発する形になるので、なかなか検証報道はやりにくいものである。

 そこにあえて挑んだのが「原発とメディア」の長期連載で、上丸記者は、主として自社の過ちを中心に原発報道の失敗を鋭く衝き、読者の前に明らかにしたのである。なかでも、3・11後に住民には「いま直ちに人体には影響ない」というニュースを伝えながら自社の記者には「危ない現場に入るな」と命じていた、朝日新聞をはじめとするメディアの過ちを、勇気をもって指摘していたことは立派だった。

 ついでに付言すると、新聞労連の今年の優秀賞には、毎日新聞の「原子力委員会の『秘密会議』をめぐるスクープ」と長崎新聞の連載企画「居場所を探して、累犯障害者たち」が、特別賞には沖縄タイムスと琉球新報の「オスプレイ強制配備と闘う一連の報道」が、さらに「疋田桂一郎賞」には大津市の中学生のいじめ事件を全国ニュースにした共同通信の根本裕子記者の「自殺の練習させられた」のスクープ記事が、それぞれ選ばれた。

 メディアにもっと頑張ってもらうためには、メディアの過ちを「検証」して批判することも大事だが、同時に、優れた仕事を探し出して「顕彰」することも大事なことである。

中国の新聞に「言論の自由」を求める動きが…

 このほか、今月のメディアに関わるニュースのなかで、私が最も注目したニュースは、中国の地方新聞の一つ、広東省の「南方週末」の新年号が当局の指示で改ざんされた「事件」とその後の波紋の広がりである。

 中国の新聞は、地方紙を合わせると1928紙(2011年)あるという。いずれも共産党や政府の宣伝機関としての役割を担っており、言論の自由はなく、共産党の「のどと舌」などとも呼ばれているそうだ。

 その一つの南方週末での当局の改ざん指示に、記者たちが反発して起こった騒ぎがネットなどで全国に広がり、昨年就任したばかりの最高指導者、習近平総書記まで収拾に乗り出したといわれる。

 新聞を統括する党中央宣伝部が、全国の新聞に当局による改ざんを否定する社説を転載させるよう指示を出したことがまた新たな反発を招き、記者らの処分もせずに事態を収束させようと躍起の習政権を揺さぶる騒ぎにまで発展しているようだ。

 私の見るところ、あれほど経済発展が著しく、豊かになった社会で、共産党の一党独裁の政治が続くはずはなく、それが変わるきっかけは、恐らくメディアの「言論の自由の要求」からだろうと考えている。

 その時期がいつかは分からないが、あれほどネットによる情報の発信が広がれば、新聞の「言論の自由」の要求も簡単には抑えられなくなるに違いない。今回の南方週末の騒ぎは収束できても、またどこかで騒ぎが起こるだろう。

 中国のメディアの動きを、今後とも注目していきたい。

 

  

※コメントは承認制です。
第50回 アルジェリア人質事件、情報錯綜、メディアも混乱」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    今回で連載第50回! のメディア時評。
    中国の新聞「南方週末」をめぐる一連の動きを見ても、メディア報道のあり方は、その国の社会状況、
    そして政治状況を強く反映するものだといえそうです。
    では、日本は? あなたのご意見もお寄せください。

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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