柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

shibata

 夏の参院選が近づいてきた。安倍政権が3月に米国からノーベル賞受賞の経済学者らを招いて開いた勉強会で、「消費税のアップは先延ばししたほうがいい」という意見をもらったとき、メディアはほぼ一斉に、「衆・参同時選挙だ」と報じたのに、その後、熊本地震などがあって一転、「衆・参同時選挙はなくなった」と報じた。
 「政界は一寸先が闇」という言葉があるが、こうメディアがくるくると見通しを変えるのでは、「政界の観測記事など、やめたほうがいい」といった意見が出てくるに違いない。もっとも、過去の衆・参同時選挙は「死んだふり解散」などと名付けられているように、ある日突然、解散に打って出て自民党が圧勝しているので、まだまだ何が起こるかわからないというのが本当のところだろう。
 衆・参同時ではなくとも、参院選があることは決まっており、昨年、安倍政権が憲法違反の疑いが極めて濃い安保関連法を強行採決によって成立させ、日本を「戦争のできる国」にしてから初めての国政選挙なのだから、参院選の争点は当然、日本のこれからの針路にかかわる安保関連法になることは間違いないだろう。
 安保関連法に対する国民の反対意見は根強く、強行採決から8カ月もたったいまも、各地で反対の集会やデモが続けられている。また、憲法の9条に対しても、「変えるな」という意見がどの世論調査でも多く、しかも、安倍政権が改憲を叫べば叫ぶほど、反対意見が増える傾向がみられる。
 こうした国民世論が選挙に反映されれば、安保関連法に痛撃を与えることになるだろうが、一方の政府・与党は、安保関連法が争点にならないように画策するに違いない。現在考えられている最も可能性の高い画策は、消費税の8%から10%への増税をまたまた先送りすることだ。
 「リーマンショックのようなことがない限り増税する」というのが公約だから、先送りを決めたら、野党は「経済政策の失敗」とみて内閣不信任案を提出する構えだが、不信任案を機に首相が解散に打って出る可能性もあるだけに、対応が難しい。一方、野党も増税の先送りそのものには賛成なので、ややこしいことになりそうだ。
 消費税の増税先送りをはじめ、経済問題などもいろいろと出てくるだろうが、参院選の最大の争点は安保関連法なのだということをメディアはしっかりと報じてもらいたい。
 それともう一つ、今度の選挙から選挙権が18歳まで広がるのだから、棄権せずに投票するよう呼びかけることもメディアに期待したい。投票率がどんどん下がっていくようでは、健全な民主社会とはいえなくなるからだ。

安保関連法で、日本が韓国の「軍事的脅威」になった!

 5月13日の読売新聞は、同社と韓国日報社との共同世論調査の結果を報じているが、そのなかに「おや?」と思わせるものがあった。韓国民に「軍事的な脅威を感じている国」を訊いたところ、北朝鮮(81%)に次いで日本(55%)が挙がったことだ。
 北朝鮮はともかく、半数以上の人たちが日本に軍事的な脅威を感じているなんて、尋常なことではない。その点について読売新聞は「安保関連法に対する警戒心のあらわれ」と解説しているが、もしそうだとしたら、安保関連法は日本国民の反対だけでなく、最も近い国の国民にまで軍事的な脅威を感じさせていることになる。その罪深さは、大変なものだといえよう。
 そういえば、別の質問で「日本では、安保関連法が施行され、集団的自衛権が限定的に行使できるようになったことを評価するか」と訊いたのに対して、72%の人たちが「評価しない」と答えているのだ。
 韓国と米国とは同盟関係にあり、安保関連法によって日本の自衛隊が米国の戦争に参加する可能性が出てきたのだから、韓国が心強く思うのかと思ったら、その逆で、日本を軍事的な脅威と感じるというのだから驚く。自衛隊が海外の戦争に出ていけるというだけで戦前の日本を思い起こさせるのであろうか。いずれにせよ、安保関連法は友好的な隣国にまで歓迎されていないことをはっきり認識しておく必要があろう。

オバマ氏の広島訪問をめぐる報道に欠けていたもの

 伊勢志摩サミットで来日するオバマ米大統領が広島を訪問することが決まり、日本のメディアはそのニュースを大々的に報じている。原爆を投下した国の現職の大統領が初めて被爆地を訪れるもので、実現に至るまでの経緯について、解説記事もあふれるほどだった。
 それによると、米国内には謝罪と受け取られかねないと反対する意見が根強くあり、そのためなかなか実現しなかったが、米国内の世論も変わってきて、メディアも訪問を勧めており、やっと実現したというのである。
 一方、迎える日本側は、政府も被爆者たちも歓迎一色だと報じられ、なかには、外務省が静観を装いながら密かに米側に働きかけていた結果だというものまであった。
 こうした解説記事を読みながら、何とも言えぬ違和感を覚えた。というのは、7年前、オバマ大統領がプラハで「核なき世界を」と演説したあと、広島訪問を希望したとき、「時期尚早だ」と止めたのは日本の外務省だったということに触れたものがまったくなかったからだ。
 7年前に実現していたのと、今回のように大統領の任期が終わる直前の実現というのでは、その後の展開がまるで違うと思うから、7年前に実現できなかったことが何とも残念でならない。といって、今回の訪問の意義が小さいといっているのではなく、謝罪がなかったとしてもオバマ氏の英断には敬意を表したい。
 ただ、日本が米国の「核の傘」のもとにあるからということで、日本の外務省は「どこの国の外務省か」と思わせるような不可解な行動をとることがしばしばある。たとえば、オバマ氏の広島訪問決定のニュースに日本中が沸いていたとき、ジュネーブで開かれていた国連の核兵器禁止条約の制定を目指す作業部会では、日本の軍縮大使が「反対」の意見を表明していたのである。昨年5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で100カ国以上が賛成した核兵器禁止の誓約文書にも日本は反対した。
 日本は世界で唯一の被爆国として、核兵器廃絶の先頭に立つべきなのに、どうも態度が煮え切らないのだ。それを批判するメディアの姿勢も弱い。あらためてメディアよ、しっかりせよ、と言いたい。

東京オリンピックはどこまで不祥事が続くのか

 2020年の東京オリンピックの開催が決まったIОCの総会で、安倍首相が「福島原発事故はコントロールされている」と世界に対して大ウソをついたことから始まって、国立競技場の設計のやり直し、エンブレムも当選者を取り消しての選び直し、と不祥事が続いていたところに、またまた新たな「贈収賄事件」らしい疑惑が持ち上がった。
 フランスの検察当局の捜査で浮かび上がってきたもので、日本の招致委員会がコンサルタント料として2億3000万円を支払ったシンガポールの「ブラック・タイディング社」が実体のないペーパーカンパニーらしく、代表のタン氏が国際陸連のディアク前会長の息子と親しいということだけだったようなのだ。
 この問題を国会で追及された日本オリンピック委員会の竹田恒和会長は「電通に調べてもらったら、信頼できるということだった」と語っており、電通の責任問題に発展する可能性も出てきた。メディアにとって電通は大事な広告代理店だが、「それはそれ、これはこれ」として、厳しく追及してもらいたい。

舛添東京都知事の公私混同ぶりもひどすぎる

 オリンピックの主催者は、国ではなく、都市だから、東京オリンピックの責任者は舛添都知事ということになろう。その舛添都知事の政治資金の流用や公私混同ぶりもひどいものだ。猪瀬・前都知事が不明朗なカネを受け取って辞任したあとの都知事なのに、これではどうしようもない。
 「きちんと説明する」と言って開いた記者会見も、結局なにも説明せず、「第三者の弁護士に調べてもらって報告する」と逃げてしまった。その弁護士は舛添知事が任命するというのだから、第三者とはいえまい。
 こうなれば都議会の百条委員会ででも徹底的に調べてもらいたいものだ。それにしても、どうしてこう次から次へと不祥事が起こってくるのだろう。そういえば、TPP担当大臣だった甘利氏の説明責任も果たされていない。
 いずれにせよ、こう不祥事続きでは、舛添知事の辞任も避けられまい。舛添知事の辞任と同時に、東京オリンピックも返上したらどうだろうか。返上すれば、東京オリンピックは1940年(昭和15年)に次いで2回目となる。2回も返上した都市はないから、世界新記録として「不名誉の金メダル」がもらえるかもしれない(?)。

日本は武器輸出で稼ぐ「死の商人」になるな!

 こう暗いニュースが続くと、何か明るいニュースはないか、と探すものである。先月のニュースに一つあった。日本がオーストラリアに売り込もうとしていた潜水艦が、フランスに敗れて失敗に終わったというニュースだ。
 日本の政府や財界にとっては暗いニュースかもしれないが、日本国民にとっては明るいニュースだと、あえてそう言いたい。というのは、日本は戦後、一貫して武器輸出を禁止してきたのに、安倍政権になって武器輸出の禁止を取りやめ、「防衛装備輸出」と名前まで変えて、武器で稼ごうとしはじめたからだ。
 昔から武器を売り込む商人を「死の商人」と呼び、蔑んできたことはよく知られている。戦争によって大儲けをするというだけでなく、時には対立する双方に売り込んで、戦争を煽ることさえあったからだ。
 日本が戦後、憲法で戦争を放棄しただけでなく、武器輸出も禁じてきたことは、世界に対して日本のイメージアップにもつながってきた。それが安倍政権になって、武器輸出の禁止を解いただけでなく、「平和利用に限る」としていた原子力基本法にも「安全保障に資する」という文言を挿入したりしているのだ。
 「ものづくり」で成長してきた日本だから、武器を作らせても精巧なものを作るであろうが、武器で稼ぐ「死の商人」にだけはなってほしくないのだ。
 ところが、5月17日に開かれた自民党の国防部会で、大学や民間企業の基礎研究に助成する防衛省の「安全保障技術研究推進制度」の総額を当初の30倍以上にあたる100億円規模に引き上げることを求めたというのである。
 こうした動きを受けて、これまで「軍事研究はしない」と宣言していた日本学術会議まで、その方針を見直すため「安全保障と学術研究の基本委員会」を設けて、検討するという。学界まで研究費欲しさに「死の商人」に加担するのだろうか。
 この点でもメディアのチェック機能を期待したい。

沖縄の元米兵による女性殺害事件、辺野古移転どころでない!

 沖縄でウォーキングしていた若い女性を元米海兵隊員が襲い、殺害して遺体を草むらに捨てるというむごい事件が起こった。思い起こしてみれば戦後70年、沖縄はこの種の事件に見舞われ続けてきたといっても過言ではない。
 いま大問題になっている普天間基地の返還が決まったのも、米兵による少女暴行事件がきっかけで、沖縄県民の怒りが爆発した結果だった。考えてみれば、本土の0.6%の面積しかない沖縄に、在日米軍基地の74%が集中するというひどい状況が、戦後ずっと続いているのである。それなのに、普天間基地の返還のために、辺野古基地を「新設」するというのだから、県民が怒るのは無理もない。
 この殺人事件が、県民の反基地感情をますます燃え上がらせることは、間違いあるまい。翁長知事も、さっそく安倍首相に会って「日米地位協定の改定」を米側と交渉するよう求めると同時に、伊勢志摩サミットに来日するオバマ大統領と「直接会わせてほしい」と申し入れた。
 日米地位協定の改定には米側が乗り気でないため、安倍首相の返事もあいまいにすまされてしまったが、いずれにせよ、沖縄にこれ以上新たな基地をつくるなんて、もともと無理な話なのだ。強行すれば、沖縄の怒りが爆発し、すべての米軍基地が出ていかざるを得ないような状況になるかもしれない。
 オバマ大統領も広島だけでなく、沖縄にも立ち寄って住民の声を聴いてもらいたいものである。
 ところで、もうひと言、付言すると、時期が時期だけにこの殺人事件の報道は、各紙とも1面トップなど大々的に報じたなかで、5月20日の読売新聞は普通の殺人事件と同じような扱いだった。岸田外相がケネディ駐日米大使を呼びつけて抗議したという異例の対応も、社会面にベタ記事で小さく報じただけだったのだ。
 読売新聞は安保法制に反対するデモなどの扱いを意図的に小さくすることがあり、これもそうかと思ったら、そうではなかった。翌21日に、1日遅れで「反基地感情に危機感 政府、米に厳しく抗議」「普天間移設影響も 県議選・参院選逆風に」と大々的に報じていたからだ。
 つまり、この事件を受け止める感度が鈍かったわけだが、それも、辺野古基地をめぐる政府と県民の対立にいつも政府側に立って県民感情を軽視してきたからではなかろうか。これを契機に県民感情にも理解のある新聞に戻ってもらいたいものである。

 

  

※コメントは承認制です。
第90回 夏の参院選は安保関連法を争点とすべきだ」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    7年前、オバマ大統領の広島訪問について日本の外務省が「時期尚早」として反対していたことは、その2年後、2011年にウィキリークスの公開した米外交公電によって明らかになりました。NPT会議や国連作業部会での行動といい、「世界唯一の被爆国」を標榜する国のやることとは、とても思えません。
    また先日の、沖縄での元海兵隊員による女性殺害事件について、政府関係者から「(オバマ大統領訪日直前の)最悪のタイミング」という、人の命よりも政局を重視するかのような言葉が出たことにも、強い怒りを覚えました。どちらの件も、今後の報道を注視していきたいと思います。

  2. 鳴井 勝敏 より:

     安倍総理、丁寧に国民に説明すると約束した安保関連法。そして、今夏の参院選、改憲を公約に掲げるという。しかし、政権与党候補者は争点をすり替え選挙選に突入することだろう。                       ところで、最近「民主的」という言葉、響きが良い故に心配だ。民主主義は人権保障のための手段であって目的ではない。ところが、手段が目的化し、正当性の手段に使われるのだ。民主的は、一旦牙をむけば国民の権利、自由を奪い採ってしまう毒樹でもある。                                              だから、憲法は民主的な国家をも縛る構造にした。立憲主義、法の支配という考え方だ。分かり易いのは「違憲審査性」である。衆参両議院で可決した法律を最高裁判所判事15名中8名でもって違憲と判断できる構造だ。
     そして、憲法は国民に対し憲法保持責任を求めている(12条前段)。国民は常に権力を監視し、批判し、改善の要求は欠かせない。

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

最新10title : 柴田鉄治のメディア時評

Featuring Top 10/71 of 柴田鉄治のメディア時評

マガ9のコンテンツ

カテゴリー