柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

shibata

 フィリピンのドゥテルテ大統領が中国を訪問し、習近平主席らと会談した後の講演で「米国と決別する」と発言して世界中を驚かせた。同行した閣僚らが打ち消しに躍起となっており、当の大統領も帰国後の記者会見で「米国と外交関係を断絶するわけではない」と釈明しているので、今後どうなるのか分からないが、米国は強く不快感を表明しており、米国のアジア政策に深刻な影響が出てくることは間違いなかろう。
 フィリピンといえば、かつては米国の植民地だった時代もあり、米国との関係は極めて密接な国だ。そのうえ、中国の南シナ海への進出に抗議して仲裁裁判所に訴え出て、中国を批判する判決を得ており、日米両国も連携してフィリピンの後押しをする戦略をとろうとしていた矢先のことだけに、日本も困惑の度を深めている。
 もちろん中国は大歓迎だ。報道によると、首脳会談で90億ドル(約9400億円)に及ぶ経済援助を提示したといわれる。中国にとって仲裁裁判所の判決は「紙屑のようなもの」と無視する構えとはいえ、それでも国際的な批判は避けられず、フィリピンとの関係修復は望むところだろう。
 ドゥテルテ大統領は、これまでにもオバマ米大統領を侮辱するような発言を繰り返してきた経緯があり、たとえ「外交関係を断絶するわけではない」としても、「米国の言いなりになるつもりはない」とも言っており、米比関係がぎくしゃくすることは避けられそうにない。
 米国の困惑ぶりは日本の比ではなく、米中関係についても、さらにいえば、アジア政策全体まで見直しを迫られることになるかもしれない。
 その米国がこれからどうなるか。大統領選挙もいよいよ大詰めにきたが、3回にわたるテレビ討論も終わった段階で、クリントン氏優勢の状況は変わっていない。ただ、テレビ討論でもお互いに非難合戦になるという「史上最低の選挙戦だ」いわれる状況になり、どちらが勝っても米国への信頼度は低下することになろう。

北朝鮮がミサイルの発射2回失敗、さらなる軍拡競争が…

 アジア情勢といえば、北朝鮮が10月15日、19日と2回にわたり中距離弾道ミサイル「ムスダン」の発射に失敗したと米軍が発表した。しかし、失敗しても国連決議に違反することは間違いないと、これを受けて行われた米国と韓国の国防相会談で、B1戦略爆撃機などの戦略兵器を韓国にローテーション配備する方向で一致したという。
 朝鮮半島で対峙する両陣営の軍拡競争は、とどまるところを知らず、近くで見つめる日本国民にとっても鬱陶しい限りだ。日本まで自衛隊に「敵基地攻撃の能力を」という論調が登場する(9月15日の読売新聞社説)のだから驚く。
 中東に目を転じれば、シリアでは相変わらず政府軍、反政府軍、イスラム国と3勢力の戦いが続いており、大勢の一般市民が死亡している。また、イラクでは、イスラム国に支配されているイラク第2の都市、モスルの奪還作戦がイラク軍を中心に開始された。
 米軍などは地上軍を出さずに空爆などによる支援にとどめるとしているが、モスルには100万人以上の一般市民が住んでおり、空爆などの巻き添えで何人が殺されるのか、想像するだけでも恐ろしい。
 日本から自衛隊が派遣されている南スーダンでも戦いが激化しており、PKО五原則に反するのではないかと問題になっているが、視察に行った稲田朋美防衛相は「戦闘ではなく、衝突だ」と言っており、安倍晋三首相も戦闘行為ではないと答弁している。
 こんな状況を見ていくと、「人類は本当に進歩しているのだろうか」という抜本的な疑問が湧いてくる。

中国の宇宙開発、技術は素晴らしいが…

 人類の進歩といえば、中国が2人の宇宙飛行士を載せた「神舟11号」を打ち上げ、宇宙実験基地「天空2号」とのドッキングにも成功した。中国の宇宙開発技術の進歩には敬意を表したいが、宇宙開発については米・露・欧州・日本などの宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)で協力して技術開発にあたってきたのだ。
 宇宙開発では後進国の中国がこれに参加せず、独自の開発にこだわっているのは、国威発揚をねらってのことではあるまいか。それと、中国の宇宙開発は、すべて軍人が取り仕切っているところがちょっと気になる。
 宇宙開発は、もともと軍事技術から発展したものだとはいえ、米国では、軍とは切り離した航空宇宙局(NASA)という組織をつくって、アポロの月着陸などを進めてきた経緯があり、人類に夢とロマンを与えてきた歴史がある。
 国威発揚はかまわないが、宇宙開発を軍拡競争の道具にだけはしたくないものだ。

新潟知事選、やっと民意が票に現れた!?

 国内ニュースに転じると、今月の最大の話題は、新潟知事選の結果だろう。原発に厳しい姿勢を取り続けてきた泉田裕彦知事が、何だかよくわからない理由で再選に出馬しないと宣言して始まった知事選だったが、結果は泉田知事の反原発路線を継承する米山隆一氏が大差で圧勝した。
 最初は、自民、公明両与党が推薦する森民夫氏が断然有利と言われていたのが、選挙戦が進むにつれ、接戦だと報じられ、野党共闘から抜けていた民進党も、最後の段階で党幹部らが応援に駆け付け、米山氏の圧勝で終わった。
 この結果は、不思議でも何でもない、当然の結果だといっていい。つまり、選挙の争点が原発であることがはっきりしていた選挙で、選挙民の意識は圧倒的に「原発に反対」だったからだ。
 福島原発の事故でいまだに何万人という住民が避難先から帰郷できないという状況を見て、柏崎刈羽原発を抱える新潟県民は、世論調査でも再稼働に反対の意見が多く、それがそのまま選挙結果に表れた形だ。
 原発の再稼働に反対する意見は、新潟だけでなく全国各地の世論調査でも多数派なのだが、これまでの各種の選挙では原発が争点とはなりにくく、また与党側も争点にしないようにしていたため、原発反対の民意が選挙結果に表れることはほとんどなかった。
 その意味では、新潟県知事選は、鹿児島県知事選に続く「反原発の民意が表れた選挙だった」といえようか。
 この新潟県知事選の結果は、いま安倍首相の周辺でささやかれている「年末から年始にかけて解散、総選挙を」という、いわゆる解散風を吹き飛ばしてしまうかもしれない。次の総選挙で原発が争点になれば、与党の3分の2維持は難しくなるからだ。
 しかし、その翌週に投票日を迎えた東京10区と福岡6区の衆院補欠選挙では、自民党の推す候補がそれぞれ圧勝し、政府・与党はホッとした表情だった。またまた解散風を吹かすかどうかは、分からないが…。

TPP、なぜ日本だけが承認を急ぐのか

 国会が始まり、TPPが論議の的となっている。政府・与党は一刻も早く国会を通したいと、「強行採決」までちらつかせる騒ぎになっている。なぜ、それほど急ぐのか。
 TPPについて、自民党はかつて「絶対反対」と選挙公約に掲げたこともあるのに、「交渉によって日本に不利な部分は解消したので」賛成に転じたのだと説明しているが、本当にそうなのか。
 交渉経過の資料請求をすると、ほとんど真黒に塗られた資料が出てくると報じられ、交渉経過は秘密にされたままだ。政府は「結果を見てくれ」と言っているが、交渉経過が明るみに出ては困ることでもあるのだろうか。
 なによりも当の米国が、大統領候補の2人とも「TPPには反対」と明言しており、他の関係諸国も様子見をしているなかで、日本だけが先陣を切るのだと急いでいるところが不可解だ。
 山本有二農水相の強行採決発言も大問題だが、それ以上に安倍首相の「自民党は強行採決を考えてやってきたことは一度もない」という発言には驚いた。安保法制の強行採決は、何だったのか。
 福島原発事故の汚染水は「コントロールされている」というIОC総会での大ウソをはじめ、明らかなウソでも平然と語るところは天性なのかもしれない。メディアは、もっと厳しく追及すべきなのではないか。

天皇の生前退位をめぐる有識者会議がスタートしたが…

 天皇の生前退位のご意向に対する対応策を検討する有識者会議の初会合が今月開かれた。6人の委員がこれから皇室関係者などに意見を聴き、報告書をまとめることになっている。
 安倍首相をはじめ政府の関係者は、今の天皇だけに認める特措法で対応しようとしているようだが、国民の意見は違うようだ。読売新聞の世論調査によると、「今の天皇陛下だけに認める特例法をつくる」という意見はわずか26%なのに対して、「今後のすべての天皇陛下に認める制度改正を行う」は65%という結果が出ている。
 政府の特措法でという論拠として、皇室典範の改正には時間がかかるから、という理由を挙げているが、それは明らかにおかしい。皇室典範の改正でも特措法でも、改正する部分を絞れば、かかる時間に違いはないはずである。
 有識者会議というのは、諮問する側の意向に沿った答申を出す傾向があるといわれているが、今回はとくに、天皇の問題だけに、政府の意向ではなく、国民の意向に添った報告書をまとめてもらいたいものである。

ノーベル医学生理学賞を大隅良典博士が単独受賞

 10月はノーベル賞の季節である。昨年の医学生理学賞と物理学賞につづき、今年もまた、医学生理学賞に東工大栄誉教授の大隅良典博士が受賞した。例年、ノーベル賞は3人までと決まっており、3人選ばれることが多いなかで、大隅博士は単独受賞だというのだからすごい。
 ノーベル賞の科学関係の日本の受賞者は、湯川秀樹博士をはじめ、大隅博士で22人に達した。20世紀はわずか5人だったのが、2000年から17人という急増ぶりである。
 暗いニュースが多いなかで、ノーベル賞受賞のニュースは文句なしの明るいニュースだけに、これからも毎年のように続くことを期待したい。
 それには、大隅博士の受賞記事に「『へそ曲がり』道開く」とあった、その「へそ曲がり」を大切にする空気が、日本社会にもっともっと広がってくることが必要だろう。

沖縄で機動隊が「土人」と罵声、それを擁護する松井・大阪府知事

 沖縄の高江のヘリパッド建設工事をめぐって、警備に大阪府警から派遣されてきた機動隊員が「この土人が…」と罵声を浴びせていたことが大問題となった。警察庁長官は謝罪したのに、松井一郎・大阪府知事は擁護するような発言をしたのだから驚く。
 そもそも沖縄の反対運動の警備に本土の機動隊を大量動員する必要があるのだろうか。沖縄県警の警察官では「住民に同情して厳格な規制ができない」というのであれば、本土の機動隊の大量動員そのこと自体が間違いなのではなかろうか。
 政府の沖縄住民に対する姿勢が、そのまま表れたかのような『事件』だった。

将棋の九段がスマホでカンニング?

 私は将棋が好きなので、将棋の竜王戦の挑戦者に決まった三浦弘行九段が対局中、しばしば席を立っていたということから、スマホで将棋ソフトに応手を訊いていたという疑いをもたれ、出場禁止の処分を受けたというニュースに、強い関心を持った。
 プロの九段といえば将棋界のトップクラスであり、いかに将棋ソフトが強くなってきたとはいっても、対局中にカンニングするようなことがあり得るのか。
 しかも、本人は「やってない」と強く否定しているというのだから、ますます分からなくなる。
竜王戦といえば、将棋界でも最高の賞金が出ている棋戦だ。負けても多額の賞金がもらえることになっている。もし、三浦九段が裁判に訴えたら、裁判官も困るだろうな、と余計なことまで心配してしまった。

 

  

※コメントは承認制です。
第95回 フィリピン大統領が米と「決別」発言、中国と急接近、どうなるアジア情勢」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    今月も、さまざまなニュースがありましたが、個人的には稲田防衛大臣の「戦闘行為ではなく、衝突」発言がもっとも衝撃的でした。自衛隊のPKO派遣の条件となるPKO五原則には、「紛争当事者間の停戦合意が成立」していることが挙げられていますが、伊勢崎賢治さんなど多くの人が、南スーダンにおける停戦合意が事実上「すでに崩壊している」ことを指摘しています。南スーダンを視察した稲田大臣の現地滞在時間は、わずか7時間。なぜそれで「(情勢は)落ち着いている」などと言えるのか──。不信感ばかりが募ります。

  2. 樋口 隆史 より:

    長い目で見ると、フィリピンも中国もいろいろ不安定要因が見られるので、ナーバスに反応するのは良くないことを招きそうな気がします。世の中ますますシスティマティックになってきているという批評をどこかで読みましたが、なるほど、と思いました。IT普及の弊害でしょうか。でも人間はそういうの苦手ですから(ですからコンピューターがここまで普及した)、その反動があちこちで出始めているのかも。日本はできるところは一度中曽根政権の前の時代に回帰していろいろ考えて直してみた方がいいんじゃないかなぁ、と思う次第です。

  3. ルパン13世 より:

    複雑な国際情勢で、ただ一つ確かなことは、アメリカはもはや「世界の警察官」たりえないことでしょう。

    唯一の超大国ではなく、大国の1つになったアメリカ。

    そのような世界情勢のもと、日本はどのようにして自国を守っていくのか。

    日本を守るために、どのようにアジア情勢を安定させるのか。

    アジアの安定のために、どのようにして世界の平和と発展に貢献していくのか。

    憲法の話も含めて、日本の政治家や知識人、そしてマスコミは、世界の平和のために日本をどのように生かしていくのかを語るべきでしょうね。

  4. 日本国憲法活かしませんか。宇宙条約 より:

    宇宙の軍事利用を禁じる宇宙条約違反をしている中国アメリカロシアの3大国とそれについづいしている日本は情けないですね。
    南極条約が日本国憲法の精神によって成り立ったことは意外と知られていない。
    疑心暗鬼に代えて、互いを信じて譲り合う精神。
    井上ひさしさんの文章から紹介したい。
    井上ひさし氏記念講演 『憲法について、いま どうしても伝えたいこと』
    2008年8月21日(木)教育のつどい全体集会  より
    「・・・ところが、観測に参加していた7カ国が南極を自分の国の領土だと 主張。
    また、米ソが、それぞれ南極に軍事基地をつくるのではないかと疑い対立していた。
     そのとき、文部省の木田ひろしという広島出身の若い官僚が南極観測にかかわる仕事をしていた。彼は、学徒出陣から戻ったら原爆で家族が全滅していた。文部省に入り「あたらしい憲法のはなし」という有名なパンフレット、中学校の副読本を書いた人でもあるこの人が、 南極の会議で各国の代表がもめているときに、「日本は戦争放棄の新 しい憲法を持ってスタートした。これを一晩読んで、明日もう一度話 し合ってほしい」と大演説をして英訳した日本国憲法を配布した。
     各国代表も度肝を抜かれて、話がまとまった。それが1959年の南極条約です。
    内容はいたってシンプルで、領有権は凍結。人類の共有財産で ある。軍事利用は禁止。科学的な調査活動だけ。戦後の国際条約の中で最良のものの1つです。
     1966年には宇宙条約ができる。大気圏外は人類共有のものであって、軍事利用や核使用は禁止する。これは南極条約がモデルになっています。1968年には中南米が非核地域の条約を結び、さらに海底条 約、南太平洋の非核地帯化、東南アジア非核地帯条約へ。アフリカ統 一機構でも非核化を打ち出し、南アフリカ共和国はその際、すでに保有していた核兵器を廃棄した。中央アジアでもモンゴルが非核宣言を している。 
     日本国憲法を読んだ人が感動して、南極条約をつくり、 それをお手本にして次々に国際平和条約がつくられている。戦争でもめているのは世界の中ではもはや少数派だ。」

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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