柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などからジャーナリスト柴田さんが
気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

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 先月のメディア時評「改憲の動きにメディアは鈍感すぎないか」に対して、読者から「日本国憲法の『負の側面』を自ら認識できなければ、他者に説得力を与えられない」という厳しい批判が寄せられた。私が「原子力開発が始まるとき、負の面を報じなかったメディアの失敗が福島事故につながった」と記したことに対する強烈な皮肉である。

 どんな批判も歓迎だが、このご意見はちょっと的外れではないか。というのは、日本国憲法は、前回も記したように制定直後を除いてずっと国論が割れ、改憲派が負の側面を強調し続けているのをメディアも報道し続けてきたからだ。

 それは現在も続いており、たとえば先月、すべてのメディアが大々的に報じた「日本維新の会」の綱領にはこうある。「日本を孤立と軽蔑の対象におとしめ、 絶対平和という非現実的な共同幻想を押し付けた元凶である占領憲法を大幅に改正し、国家、民族を真の自立に導き、国家を蘇生させる」

 これほど激しい言葉で「負の面」を強調した主張をメディアが報じたことがかつてあっただろうか、と思うほどの憲法観だ。綱領のこの部分は、石原慎太郎・ 共同代表が原案を書き改めたものだといわれているが、石原氏は、憲法を「改正」ではなく「破棄」して「日本を軍事国家にせよ」と主張している人だから、こ れでも手ぬるいと考えているのかもしれない。

 ところで、私は前回、安倍首相は7月の参院選までは静かにしている方針でメディアもそれに同調して動きが鈍いのでは、と記したが、経済政策の「成功」で 支持率もアップしていることに気をよくした安倍首相が改憲にも積極的に動き出し、それに同調してか、改憲派の読売新聞が今月に入ってから憲法問題を猛然と 報じ始めた。

 まず4月16日の朝刊1面トップで安倍首相との単独インタビューを載せ、「首相 憲法改正『まず96条』 参院選公約の柱に」と報じたうえ、4面トップで「首相 憲法改正『工程』示す」と今後の日程まで報じた。

 さらに翌17日朝刊にも、安倍首相単独インタビューの詳報を特集面に組み、政治面では大型連載「憲法考――改正の論点」をスタートさせ、社説でも「憲法 96条改正 首相は参院選へ議論主導せよ」と主張し、「首相は既に日本維新の会の橋下共同代表と会談し、一致した。他党も賛同する96条の見直しから憲法 改正への道を開こうという考え方は現実的だ」と論評している。 
 まだある。20日の朝刊で、憲法に関する全国世論調査の結果を2面、4面、特集面で報じ、「改正『賛成』51%」「憲法改正に追い風」「憲法 活発議論望む8割」といった見出しが躍った。

 読売新聞は、91年の湾岸戦争のころからはっきり改憲を主張し、94年11月に「読売・改憲案」を発表したほどの改憲派で、「ようやく時機到来」とばかり安倍首相と呼応して動き出したのだろう。

 一方、一貫して護憲派で、95年5月には読売新聞に対抗して「護憲大社説」を発表し、「読売・朝日の憲法対決」といわれた朝日新聞のほうはどうか。感度 が鈍いのか、それとも、安倍首相の改憲ムードに乗せられないよう意識的に抑えているのか、相変わらず憲法報道は活発とはいえない。

 もちろん、憲法96条の改正(国会議員の3分の2以上の発議を2分の1以上に変える)については、社説やコラムなどで「憲法は政府の暴走に歯止めをかけるものなのだから、改正のハードルが高いのも当然だ」と論じてはいるが、雑報での取り上げ方は活発とはいえないだろう。

 たとえば、96条の改正に反対する議員連盟が発足したというニュースも、改憲派の読売新聞でさえ政治面に大きく報じているのに、朝日新聞は4面にベタ記 事で報じただけなのである。護憲の立場からしっかり報じているのは、むしろ朝日より東京新聞で、このニュースも1面で大きく取り上げていたし、また、19 日から1面トップで「憲法と、――」という大型連載も始めた。 
 憲法対決は、読売・朝日ではなく、「読売・東京」になってきたのかもしれない。

読売新聞調査でみても、国民世論は冷静?

 安倍首相も読売新聞も憲法改正にかなり熱くなり、また、自信も見せているが、国民世論のほうはどうか。20日付けの読売新聞の世論調査結果を仔細に見ると、国民世論は意外と冷静なのである。

 たとえば、「憲法を改正する方がよい」と答えた人が51%、「改正しない方がよい」が31%で、賛成が半数を超えているが、昨年2月の調査では54% だったのだから、安倍政権になって賛成派がむしろ減っているのだ。さらにいえば、2004年の調査では、同じ質問に賛成派が65%もあったのだから、大幅 なダウンである。 
 最大の問題である9条についても「これまで通り解釈や運用で対応する」40%、「解釈や運用で対応するのは限界なので9条を改正する」36%、「9条を 厳密に守り、解釈や運用では対応しない」14%で、1番目の答えと3番目の答えが「9条は変えるな」と言っているわけだから、加えると54%になるのだ。

 2004年の調査では、この3つの答えがそれぞれ27%、44%、20%だったのだから、改正派は8%もダウンし、「変えるな」派は計7%も増えているのである。

 つまり、国民世論の改憲ムードは、昨年に比べても若干沈静化し、10年前と比べればかなり大幅なダウンだといえようか。国民世論は、意外に(いや、当然のことかもしれないが)冷静なのだということが読売新聞の世論調査だけからでも浮かび上がってくるようである。

 一般に世論調査は、実施主体によって結果が違って出てくる傾向があり、読売新聞の調査がこれまで改憲派の意向を最も強く反映した結果が出てきていたので、その読売調査の結果でさえそうなのだから、国民は事態を冷静によく見ているといえようか。

原発の「安全基準」が「規制基準」に変わった!

 原子力規制委員会は4月10日、原発の新しい規制基準案をまとめ、各メディアが大きく報じた。重大事故に対する対策を強化し、運転期間を原則40年とするなど、従来の原子力規制体系を抜本的に見直して7月から実施するものだ。

 これを報じた新聞記事を見ていて「おや?」と思ったことがあった。朝日新聞には「これまで規制委は基準を安全基準と記していたが、規制基準に改めた」という一文があり、読売新聞には「規制(安全)基準」という言葉が使われていたからである。

 そこで、よく調べてみたら、4月4日の朝日新聞、毎日新聞、日経新聞には、ベタ記事や2段相当の小さな記事だったが、原子力規制委員会がこれまで使ってきた「安全基準」を「規制基準」という名称に変えると規制委が発表したことが載っていた。

 ところが、読売新聞や東京新聞には載っていないのだ。読売新聞はともかく、原子力問題に最も力を入れて報道している東京新聞がどうしたことかとさらに調べたら、なんと東京新聞は2月の初めに「社告」を出して、独自に「規制基準」という表記で報じていたのである。

 そのことを読者との『応答室だより』という欄で詳しく説明しているが、それによると2月初めに読者から「『新安全基準』という言葉は、そもそも原子力発 電自体が安全でないのだから矛盾している。基準を満たせば安全だと誤解を生んでしまう」という電話があり、担当部の記者たちが議論したうえで、「本紙は 『規制基準』と表記します」という社告を出して変えたのだという 。

 そして、そのことを規制委員会の会見で同紙の記者が質問したところ、田中俊一委員長が「それは傾聴に値する」と答えて、検討した結果、4月3日の発表となったというのである。 
 つまり、読者から寄せられた意見が新聞社を動かし、その新聞の表記が変わったことが原子力規制委員会を動かして、「安全基準」が「規制基準」に変わったのである。この事実は極めて興味深いと思うのは私だけだろうか。

 ただ単に、規制委が表現を改めたと報じるだけでなく、こうしたいきさつを他のメディアはすべて報じたらいいのではないかと思うのだが、どうだろうか。まして、「規制(安全)基準」という言葉で済ませてしまうのは、あまりにもそっけなさ過ぎると思いのだが…。

 さらに付言すれば、他のメディアがスクープした事実を追いかけて報じるとき、「××新聞が報じたところによると」とは書かずに、「…という事実が×日、明らかになった」と書くことが多いのも、改めるべきだろう。外国のメディアはそうしているのだから。

 東京新聞の読者の意見を入れて安全基準を規制基準に変えた原子力規制委員会の柔軟な姿勢を評価するが、ちょっとだけ釘を刺しておきたい。「この基準を満 たしさえすれば安全となるとは限らないゆえ、名称を変えたのだから、責任は軽くなった」などとは絶対に考えないように、と。

水俣病の認定で最高裁が新判断、司法の行政チェック、原発にも期待!

 最高裁は4月16日、水俣病の患者の認定をめぐる訴訟の上告審判決で、「国の定めた基準を満たさなくとも認定される余地がある」との新判断を示した。患者の救済に一歩前進となるもので、行政に対する司法のチェック機能の表れとしても注目されよう。 
 水俣病といえば、大量発生からすぐに工場廃液が原因と分かったのに、会社と一体となった通産省(現・経産省)が御用学者らを動員して厚生省まで抑え込み、公害病と認定されるまで12年間も放置された事件である。

 水俣病と原発事故とはさまざまな面で共通なところが多いとよく言われるが、司法のチェック機能、メディアのチェック機能がさっぱり働かなかったところは そっくりだ。水俣病でいえば、会社の刑事責任が問われたのは、大量発生から20年後であり、行政や御用学者の責任は一切問われていないのだ。

 原発もあれだけの事故を起こしたのに、電力会社や規制官庁の刑事責任はいまだに誰一人問われていないし、事故が起こる前に住民から提訴された原発訴訟は、ほとんどすべてといっていいほど住民側の敗訴に終わっている。

 メディアのチェック機能でいえば、「科学報道の最大の失敗例は、水俣病と原子力だ」と私は確信を持ってそう思っている。メディアの原子力報道の失敗につ いてはようやく検証作業が始まり、チェック機能が働き始めたところだが、原子力行政に対する司法のチェック機能にも期待したい。その司法に対する監視役 も、またメディアの役割である。

 

  

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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