映画作家・想田和弘の観察する日々

『選挙』『精神』などの「観察映画シリーズ」で知られる映画作家、
想田和弘さんによるコラム連載です。
ニューヨーク在住の想田さんが日々「観察」する、
社会のこと、日本のこと、そして映画や芸術のこと…。
月1回の連載でお届けします。

第24回

シャルリーエブドの表紙にふさわしい「絵」

 「シャルリーエブド」の襲撃事件などを受けて、パリでは370万人ともいわれる史上最大規模のデモ行進が実施された。そこには世界40カ国以上の首脳も駆けつけ、デモの“最前列付近”でスクラムを組んだ。

 首脳らの写真や映像は世界に配信されたので、読者のみなさんも一度は目にしたことであろう。1月11日付の米ニューヨーク・タイムズ社説(電子版)では「怒りの連帯(United in Outrage)」と題する社説で首脳たちの写真を掲載し、行進を称賛した。行進に参加しなかったオバマ米大統領はアメリカのメディアから批判され、大統領報道官が不参加について「判断ミス」であったと「後悔」を表明する事態に至った。

 ところが、である。

 12日付の英インディペンデント紙(電子版)に、行進の舞台裏を赤裸々に示す1枚の写真が掲載された。写真に添えられた英文の記事によれば、首脳らは民衆たちのデモ行進に参加し、その先頭で腕を組んだわけではなかった。なんと彼らがいたのは、民衆が入れないように囲われた市内の一角であり、写真撮影用に設けられた「安全地帯」であった。彼らはおそらくそこにVIP席に向かう要領でリムジンで乗り付け、スチールカメラやテレビカメラ向けにスクラムのポーズをとっていたのだ。まるで俳優かタレントのごとく。

 仰天した僕は、記事へのリンクと写真を添えてツイッターに次のような投稿をした。

 仏デモの「先頭」で各国首脳が腕を組む映像、どこか出来すぎた感があると思ったら撮影用のフェイク! 警備上の理由で庶民には混じれないのだろうが、混じったフリをすることが彼らの偽善性を象徴している。

 実際に首脳たちが腕を組んだことは確からしいので、「フェイク」と呼んだのは語弊があったかもしれない。また、インディペンデント紙に掲載された写真は、フランスのテレビ局が流した中継映像からとられたものなので、別にフランス政府はこの事実を隠そうとしたわけではないのかもしれない。「警備上、当然の措置ではないか」と擁護する声も聞かれる。

 しかし、それでも僕にとって、この「事件」はいろんな意味で衝撃的である。

 第一に、僕自身、首脳らの写真と映像に、まんまと騙されていたという事実。僕は彼らが民衆の巨大なデモ隊の先頭にいるものだと何となく思い込んでいたし、「どうやって安全を確保したのだろう。セキュリティーにものすごい自信があるんだな」などと感心さえしていたのである。よく考えればあり得ない話なのだが。だからインディペンデント紙に掲載された「引きの絵」を見たときには、今村昌平の傑作『人間蒸発』(1967年)のラストで突然撮影用セットが解体されたときのような衝撃を受けた。

 第二に、首脳らが「民衆たちに混じっているフリ」をしなければならなかったという事実。彼らはこの機会に、自分たちが「民の一部」として「人々と共にある」ことをアピールしたかったに違いない。だが実際には、彼らは民衆のデモに混じることは不可能であった。なぜなら彼らは民衆ではなく特権階級であり、民に混じることは危険すぎたからである。それでも彼らが「民と共にある図」を欲するならば、今回行ったように、虚構によって作り上げるしかなかった。その切なさ!

 最後に、この世界的なメディアイベントにおける「共犯者」の存在。僕にとっては、これが最も衝撃的だ。

 首脳たちの映像や写真が代表撮影によるものなのか、各社が自由に撮影できたのか、それは定かではない。しかし、それが誰にせよ、撮影した人間は「真相」を知っていたはずだ。知らないはずがない。

 にもかかわらず、彼らはあたかも首脳たちが民衆デモを率いているかのような印象を与えるような仕方で、それを報じることを選んだ。おそらくフランス政府から強制されることもなく、自らの意思で。

 要は、世界の多くのメディアが「演出」の共犯者だったのである。

 もちろん、ドキュメンタリーの作り手である僕には、その気持ちもわからなくもない。というのも、われわれ映像の作り手は、常に「強い絵」を撮るべく努力している。一枚の写真、一瞬の映像がすべてを物語るような、そういう「強烈な絵」を撮りたいと欲している。それが作り手の性(さが)というものである。

 そして、今回流れたような「各国首脳がデモ行進の先頭でスクラムを組む絵」は、撮影者であれば誰でも興奮してしまうような、あまりにも「絵になる図」である。わざわざ目の前に用意されていたら、思わずそれを格好よくパワフルに撮ろうとしてしまうのも、人情としてはわかる。

 配信する写真や映像を選ぶ編集者やデスクも同様だ。彼らはおそらく、行進の後ろにあるスカスカな空白が目立つ写真などは、真っ先にボツにしたであろう。絵にならないし興醒めだからである。別に読者や視聴者をだますつもりはなくても、彼らはそういう選択をしがちだ。自分たちが報じる絵に、自分たちも興奮したいからである。

 しかし、だからといって、彼らの行為を「仕方がない」「報道なんてそんなものだ」と容認してよいのだろうか?

 僕は到底許容する気になれない。

 なぜなら、首脳たちがデモを率いる図は「完璧な絵」でパワフルかもしれないが、「嘘」だからである。「嘘」という言葉が強すぎるなら、「ミスリーディング」でもいい。いずれにせよ、現実に起きたことを歪曲し、読者や視聴者に誤った印象を与えたことは間違いない。

 しかし、この「舞台裏」を報じた大手メディアは、僕が日本語と英語で検索した限りでは、インディペンデント紙以外にない(見逃してたらごめんなさい)。もしインディペンデント紙以外のメディアが「この程度の演出は許容範囲内」と考えているのだとしたら、世界のメディアの現場に深刻なモラルハザードが起きているといえるのではないだろうか。

 だとしたら、それは恐ろしいことである。今回演出された「連帯」が、ともすれば「対テロ戦争」という名の巨大な暴力の遂行に悪用される可能性があることを考えれば、なおさらである。

 ちなみに、後出しジャンケンのようで恐縮だが、もし僕が首脳の行進の「現場」にいたなら、ほぼ間違いなく、舞台の「表」ではなく「裏」の方を嬉々として撮っていたと思う。

 その理由は簡単だ。

 僕にとっては首脳の行進の舞台裏こそが、「絵になる図」だからだ。それは、現代の国際政治や民主主義の偽善性を象徴する究極の「風刺画」なのであり、「シャルリーエブド」最新号の表紙には、その図こそがふさわしいのである。

 

  

※コメントは承認制です。
第24回 シャルリーエブドの表紙にふさわしい「絵」」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    わかりやすく、インパクトのあるものをつい選んでしまうのは、メディアの発信側だけではなく、受け手側も同じかもしれません。
    フランスでは、モスクやイスラム教徒への襲撃が増えているという報道もあり、9・11のことを思い出してしまいます。襲撃事件は許されることではありませんが、この事件の背景に何があったのか、事実をきちんと“引いて”考える目が必要とされている気がします。

  2. いいですね〜。後ろに「俺たち特権階級の地位を脅かす者は、何人たりとも許さん!」とかいう垂れ幕合成してw 合成ついでにバグダディさんも仲間に入れてあげよう!

  3. 木蓮 より:

     Paris 木蓮より
     日本文化会館(パリ)主催のドキュメンタリー•フィルム祭、お疲れさまでした。観客の一人として参加致しました。しかし、あれはもう去年の行事。 
     さて、 Charlie Hebdo紙テロのあと、パリだけで100万人、フランス中では400万人の自然発生的デモでした。各国首脳がとんぼ返りで、多忙中を押して行進に参加したのは、フランス革命の幻影がまだ綿々と魂に刻まれているからだと感じました。テロから3日目に47ヶ国首脳が集まり、共和国広場への道路という道路は人が溢れて、あらゆる方向から市民がくりだしたのですから、前に進むのが容易でなかったのは、事実です。 各国元首には、「時間」が貴重です。イスラエルもパレスチナも参加したのです。警戒態勢が万全でも、事故は起きます.各国首脳が市民の先頭に立って一緒に行進?? ナイーブ過ぎる発想です。ヨーロッパの移民の問題やテロを毎日肌で感じていれば、首脳等の行進には、コレ以外の方法はなかったと理解できます。この日この場所で、他国の首相が撃たれたらどうなりますか? 舞台裏もへったくれもありませんよ。
    政治の偽善など、皆分かって行動しているはずです。自国で、政治犯として気に入らない輩を情け容赦なく殺害している国の元首も参加していたのは誰もが承知です。それより、日本で、同様の事をよびかけて、一体どれだけの国の首脳が参加するとお思いでしょうか?
     そういえば、秘密保護法の国の在仏日本大使も国令により行進に参加されたとか。

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想田和弘

想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。
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