マガ9対談


国会議員も地方議員も経済界も、トップはほとんど男性ばかり。原発再稼働、アベノミクス、集団的自衛権の行使容認、女性の活躍推進法案、「残業代ゼロ」法案などなど…上から目線の「オッサン政治・オッサン経済」が進められています。
「このままオッサンだけに任せていいの?」と危機感をつのらせ、2014年冬に立ち上がった「怒れる大女子会!」。3月14日には、春の統一地方選挙を前に〈「奪い合い」から「シェア」する社会へ~貧困・経済問題を考える~〉と題したマガ9学校を開催しました。足元の政治と経済を変えるには、女性は何ができるのか? イベントでの対談、エコノミストの浜矩子さんと作家の雨宮処凛さんのお話をお届けします。

浜矩子(はま・のりこ)1952年東京生まれ。同志社大学大学院ビジネス研究科教授。一橋大学経済学部卒業。75年、三菱総合研究所入社。ロンドン駐在員事務所所長、同研究所主席を経て現職。著書に『超入門・グローバル経済-「地球経済」解体新書』(NHK出版新書)、『新・国富論 グローバル経済の教科書』(文春新書)など多数。

雨宮処凛(あまみや・かりん) 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。現在もさまざまな不安定さを強いられる人々の問題に広く取り組み、取材、執筆、運動中。最新刊に『仔猫の肉球』(小学館)。

 

多くの人のアベノミクスに対する思いは
〝絶望にもとづく期待〟

雨宮
 私は、貧困の問題に取り組むようになって10年くらいになります。その間に政権交代が起きましたが、第二次・第三次安倍内閣による経済政策、アベノミクスは所得格差を拡大させているといわれています。
 2011年から13年までで、純金融資産を5億円以上持つ超富裕層の純金融資産総額が、株価上昇もあって29兆円増えたそうです。これは格差の上の層の人の話ですね。
 一方、直近の相対的貧困率と17歳以下の子どもの貧困率は過去最高を更新し、6人に1人が貧困状態です。さらに働いているのに年収が200万円以下のワーキングプアといわれる層の人たちは、13年には1100万人を超えました。そのうち年収100万円以下の人は421万人。最低賃金は全国平均で時給780円、最も低いのは沖縄県など7県で677円です。この金額で1日8時間、月に22日働いても月収は11万9152円にしかなりません。こういう状況で、どうして多くの人が安倍政権を支持しているのか。アベノミクスにまだ幻想を抱いているのでしょうか。


 たしかに安倍政権は、支持率がなかなか50%を割りません。そこに何があるのかと考えたとき、ひと言で言いあらわすとすれば、それは〝絶望にもとづく期待〟ではないでしょうか。
 たとえば中小零細企業経営者やそこで働く人たちにとっては、いわれているような成果をアベノミクスが生まないとしたなら「われわれに明日はない」と。追い詰められた人たちの「アベノミクスでこれからよくなるんじゃないか、まさかこれで終わりじゃないだろうな」という悲鳴のような思いが、支持の相当の部分を占めていると思います。

雨宮
 でも、ほとんどの人々は景気回復を実感できていないですし、非正規雇用労働者の割合は増え続けていて、いまや労働者全体の4割近くを占めています。20年前くらいまでは、誰でも頑張ったら頑張っただけ報われたと思うんです。ところが1990年代半ばあたりから、一定数の人たちはどんなに頑張っても報われない社会になってきました。


 大きな問題は、頑張れる場があれば頑張れる人たちが、頑張る場に到達できない状況ができてしまっていることです。行政の根源的な役割は、頑張りたいのに頑張る場所に到達できない人たちを、頑張れる場所に連れていくこと。そして何らかの理由で頑張ることができない人たちだって、人権を尊重されて生きていける環境をつくり出す。そのために行政権を行使する内閣があるわけです。
 しかし現政権でアベノミクスを進めている彼らは、自分たちの役割をわかっていません。安倍さんも、所信表明演説などで「頑張る人が報われる社会にしなくてはいけない」とは言っていますが、「頑張る場にたどり着けない人たちはどこにいるのか」という観点が欠落しています。
 彼らが言うところの「頑張る人」とは、突き詰めれば「お国のために頑張る能力のある人」なのだと思います。頑張れる場にさえたどり着いていない人たちは、視野に入っていないのでしょう。

「底上げ」どころか
底を抜く社会保障制度

雨宮
 彼らの「頑張る」という前提そのものが、貧困ラインにいる人たちと違い過ぎると思います。政治家になるような人の多くは、小さい頃から落ち着いて勉強できる環境があったわけですね。だけど、今は子どもの6人に1人が貧困ラインを下回っていて、そういう子どもたちは「頑張る」ための努力をするチャンスすら与えられていない。安倍さんたちは、これらの実態をまったく知らないのでしょうか。


 知らないというより知ろうとしない、基本的には「どうでもいい」ということでしょう。安倍さんは「景気回復のあたたかい風を、全国津々浦々までお届けしていく」と言い、そのためには「大企業がまず元気になってもらわないと」と言っていました。大きいものがより大きく、強いものがより強くなり、富が滴り落ちて全体に波及する「トリクルダウンの経済学」ですね。ところが2月2日の参院予算委員会で野党から批判されると、「私の経済政策はトリクルダウンではない、底上げだ」と答えました。これはもう、物言えば唇寒しだなと思いましたが、「底上げ」という言い方に、「下々」という本音がにじみ出ている。
 本質的な問題は、富が滴り落ちて全体に波及するというのは付け足しだということです。彼らの唯一にして最大の関心は、強いものがより強くなる、大きなものがより大きくなることで、あとは野となれ山となれ。アベノミクスに期待している人はいまだ少なくないですが、そうした魂胆も我々は見落としてはいけないと思いますね。

雨宮
 安倍さんが「底上げ」と言い換えたことには驚きました。だって「底上げ」なんて何もしていないじゃないですか。
 安倍政権が社会保障制度で最初に手をつけたのは、生活保護費の引き下げです。特定秘密保護法が成立した国会では、生活保護法が戦後初めて大きく改悪され、15年度の予算で冬季加算と住宅扶助のダブル引き下げがもくろまれています。
 冬季加算を引き下げられれば――私は北海道出身なのでわかりますが――冬は食費を削ってでも暖房費を捻出するしかない。住宅扶助については「低所得者と比較して生活保護受給者の住宅費のほうが高い」などという理由が突然出されましたが、実際の調査では、決してそうではないという結果が出ています。
 それに、日本の生活保護の補捉率は2割から3割で、生活保護費を給付されるべき水準にあるのに受給していない低所得者もたくさんいます。その人たちと比べて「生活保護受給者の家賃が高い」といって、なんの意味があるのでしょう。「底」を上げるどころか、「底」を抜くようなことをしています。


 政治家が「底」という言い方をすること自体、不遜であり、認識力のなさを感じますね。国民と国家の関係を考えるときに、民主主義的国民国家においては、国家は国民に奉仕するサービス事業者の位置付けにある。政権がそのことを認識していれば、「底上げ」というような言い方はできないはずです。そもそも彼らが「底」と呼んでいる人々が存在していることが、サービス事業者として自分たちの使命を果たしていないことの表れ。本来であれば、そういう事態を生じさせてしまった結果に対して、深くお詫びをしなければならない位置に彼らはいるわけです。
 国家というサービス事業者にとって、国民は唯一にして最大の顧客。大切な、大切なお客様です。ところが、彼らはこの関係を逆転させようとしている。逆に国民を国家に奉仕させようとしているのです。

踊らされないためには、
発信される言葉をよく読んでみよう

雨宮
 この現状を変えるには、私たちはどうしたらいいのでしょう。何が有効なのでしょうか。


 彼らの発言をよく分析して、そこに潜んでいる問題点を徹底的に洗い出すこと。踊らされないためには、彼らがわれわれをどう踊らせようとしているのかを見抜くことが重要です。
 その対象とすべき文書のひとつが、昨年、閣議決定を経て出てきた「『日本再興戦略』改訂2014-未来への挑戦-」。読んでみると、国家のために国民をいかにこき使おうとしているかがわかります。この文書の中に「日本の『稼ぐ力』を取り戻す」という項があって、「企業統治(コーポレイト・ガバナンス)」の強化がさかんに謳い上げられています。「へえ、彼らにそんな意識があるのか」と感心したのですが、実はまったく違う代物だったのです。
 そもそも企業統治のあり方を問うときには、「企業の社会的責任(CSR)」という概念が表裏一体の関係になっているものです。経済政策としてコーポレイト・ガバナンスの強化に言及するのであれば、ひたすら儲けばかりを追求せず、企業もまた責任ある社会的存在であることをどこまで意識できるか、ということが同時に議論の俎上に載って然るべきです。にもかかわらず、文書では、社会的責任については触れず、「日本企業がいかに効率よく無駄なく儲けるか」という文脈でしか、コーポレイト・ガバナンスが語られていない。
 こういう文書を読み込んでいくと、政権の狙いが見えてきます。2012年12月の内閣発足前後から、安倍さんや閣僚のだれがいつ何を言ったか、どんな文書が出てきたか、時系列で書き出してみてもいいかもしれませんね。われわれにできることとしては、さまざまな発言や文書を解析して、「敵情視察」を徹底することも必要です(笑)。

雨宮
 そうですね、「敵」の思考回路を知る(笑)。
 昨年5月には、文部科学省の有識者会議「学生への経済的支援の在り方に関する検討会」で経済同友会の前原金一専務理事が、奨学金の延滞者に関して「警察庁とか、消防庁とか、防衛省などに頼んで、1年とか2年のインターンシップをやってもらえば」と発言しました。いまや多くの大学生が有利子の奨学金を借りて、卒業と同時に数百万円の借金を背負うわけです。しかし返済できずに滞納する人が増えて、現在その数は33万人と言われています。当初それはうっかり発言だと思ったのですが、実はその人は奨学金を貸し付ける日本最大の組織、日本学生支援機構の外部政策企画委員を務める人だとわかりました。
 その2カ月後に集団的自衛権の閣議決定です。貧困層の若者を対象とするアメリカの「経済的徴兵制」を彷彿とさせる状況になっていて、それぞれをつなげて見ていくと、実は日本がひとつの方向に行こうとしているように思えます。しっかりと監視をしていく必要を感じます。

政治にもっとも必要なのは、
聞く耳・涙する目・差し伸べる手

雨宮
 春の統一地方選挙が迫ってきました。今回の選挙と、今後の国政選挙でも、私たちの声を政治に反映させるために、投票する際のポイントは何かありますか。


 注意すべき用語はあります。まず「全国津々浦々」(笑)。それから「取り戻す」「世界一」「グローバル」といった言葉を公約や演説などで使いたがる人は要注意です。そのほか顕著なのは、国政選挙でも、地方選挙でも、安倍政権がめざす方向を支持するような候補者は、「格差」や「貧困」という言葉を使いたがらない。安倍さんの施政方針演説でも「貧困」は1回、「格差」はゼロでした。安倍さんの語りの中には「人間」も出てきません。先ほど述べた「日本再興戦略」の文書にも、「国民一人一人」はよく出てきますが、「人間」は登場していない。国民を「人間」として見ていないのではないかという気さえします。
 いずれにしても使われている言葉、使われていない言葉がいろいろありますので、気をつけて聞いていると、投票すべき人、投票すべきではない人がわかると思います。

雨宮
 行政の重要な役割は、当事者の声をすくい上げることだと思います。ところが国会も地方議会も、当事者の声を聞こうとしない男性議員が大半を占めています。安倍政権に象徴される「オッサン政治」は、格差や貧困、女性や弱者の問題に目を向けようとしません。


 現在の政権の最大の特徴は、人のために涙する目を持っていないことです。人の痛みを受け止めることができて、思わず涙する人間は、聞く耳持たぬとはならないですよ。安倍さんは「しっかりご説明申し上げる」とはしょっちゅう言いますが、相手の説明を「しっかりお聞きする」という言葉はほとんど言いません。あらゆる場面において「説明するのは私」であって、「これが私たちの提示する目標であるから、国民一人ひとりが奮励努力せよ」という姿勢です。
 政治を行う上で必要なのは、私は、耳と目と手だと思います。人の言うことを聞く耳、人のためにもらい泣きができる目、困っている人に差し伸べる手。これらのいずれも持っていないのが安倍政権です。彼らが持っているのは、傾聴しない耳、涙なき目、奪いとる手。そういう意味では、オッサン度200%の政権といえるでしょう。

雨宮
 それにしても、安倍政権や周辺の男性議員は、どうして原発とか戦争が好きなのでしょうか。


 彼らは、強さと力に固執しているからでしょう。原発と原爆は違うものだという意見がありますが、元は同じ核です。強くありたい、力を保持したいという願望があるからこそ、原子力が持つ爆発的なパワーに引き寄せられるのではないでしょうか。
 安倍政権はことあるごとに「強い経済、強い日本、誇りある日本」を「取り戻す」と主張しています。それが強さや力を誇示する戦争を肯定する姿勢とつながっているのだと思います。

雨宮
 政治というのは、強い人の大きな声だけ取り入れるのではなく、弱者の声にこそ耳を傾け、政策を考えるべきだと思います。貧困の問題にしても、「オッサン政治家」たちは「貧困層からは大して声があがっていないじゃないか」と言うわけです。だけど、貧困ラインにいる人たちは、声をあげた途端「それは自己責任だろう」と言われ続けてきた。声をあげるには、自己肯定感と社会への信頼がなければいけない。少なくともそのふたつを満たしていないと「助けて」とは言えないんです。
 ただ、貧困問題に取り組んできて、女性のほうが男性よりもSOSを発しやすい傾向があるのを実感しています。それは、どちらかといえば女性のほうが、困ったときに「困った」と言える人間関係があるからです。こういう「怒れる大女子会!」のような場も、女性同士のつながりで小さな声を拾える機会になればと思っています。
 最後に、男性中心の「オッサン政治」や「オッサン経済」に対抗して、女性にできることをお聞かせください。


 そう、できることはたくさんあると思います。本来、女性はものすごく強いので、それを忘れないということが重要です。
 人間は脅威を感じない者を抑え付けようとはしません。世界的に、歴史的に、女性が差別され、圧政のもとに置かれてきたのは、強いから、力があるから、美しいからです。われら強き者は、強き者の責任があるので、その強さと賢さをもって、この世の中をまともな方向に導いていかなくてはいけない。そのことを常に念頭に置いておくと、いろいろな知恵が出て、行動につながるはずです。

(構成/マガジン9 写真/Kayo sawaguchi)

 

  

※コメントは承認制です。
浜矩子さん(エコノミスト)×雨宮処凛さん(作家・活動家)“ 女性の強さと賢さで、「オッサン政治」を変えていく”」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    記事のもとである3月14日の「怒れる大女子会!」でのトークは、浜さんのファンという雨宮さんのリクエストによって実現したものです。いまの政治の問題点を指摘するおふたりの歯切れよい対談に、会場の参加者も力強く励まされた思いでした。この日のイベントの第二部のリレートーク、第三部のグループトーク、また参加者からの声などは、イベントの報告ページ「マガ9学校やりました」で紹介していますので、こちらもあわせてご覧ください。

  2. hiroshi より:

    「彼らの発言をよく分析して、そこに潜んでいる問題点を徹底的に洗い出すこと。踊らされないためには、彼らがわれわれをどう踊らせようとしているのかを見抜くことが重要です。」
    積極的平和主義、防衛装備移転三原則等、これまでマガ9で何度も指摘されてきた事ですが、安保法制でまたもこの手口が使われてますね。
    政府「恒久法を国際平和支援法」と説明 NHKニュース
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150414/k10010047661000.html
    このまま死ぬまで踊らされ続けるのでしょうか?

  3. いつも「マガジン9」を楽しみに
    そして勉強させてもらっています。

    浜さんと雨宮さんのファンです。
    女性同志、結束しましょう!!。

  4. 多賀恭一 より:

    「男性中心の社会」よく聞く言葉だ。
    果たしてそうだろうか?
    男の立場からすると、とてもそうとは思えない。
    女性が女性に投票しない理由をもう一度考えるべきだ。
    男女に関係なく、甘やかされて育った人間が優れた指導者になることは無い。
    そして女性は保護されている。男は泣いても許されないが、女は泣けば許されることが少なくない。
    だから、賢明な女性ほど、保護されて育っただろう女性に投票しない。
    「女性を優遇しろ」????
    優遇されて育った人間が国家の指導者に相応しくないことを理解すべきだ。

  5. うまれつきおうな より:

    雨宮氏の「20年前までは努力が報われた」という言い方は、恵まれた高齢者が若者に投げつけた「努力が足りない」という言葉を現在恵まれていない高齢者に投げ返したようで違和感があるのですが…(マジメなうちの父が風呂なし賃貸から風呂付賃貸に移るのに40年かかりました) もう一つ言いたいのは、経済力での教育格差を是正するのは勿論大切ですが、ただ経済によるハンデは数あるハンデの一つでしかない(発達障害など能力的なもの、代々の家庭文化、コネの有無、居住場所、運、等)ことを忘れないで頂きたい。ハンデを持って競争させられる人間にとっては実力本位より全員土下座の身分制度のほうが平等で公正に思えたりするものです。昔の無神経な左翼教師みたく「ラインを揃えたら後は自分次第」とか言うと結局敵の思うつぼにはまってしまうと思います。

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