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2010-02-02up

伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2011年1月15@伊藤塾本校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、 随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

アスベスト被害の責任を問う
——首都圏建設アスベスト訴訟

講演者:
水田敦士氏(弁護士、「北千住法律事務所」所属)
写真右
森孝博氏(弁護士、「渋谷共同法律事務所」所属)写真左

 ごく最近まで建築資材などに広く使われていた鉱物の一種「アスベスト」。その粉塵を大量に吸い込んだことが原因で、今もがんなどの病気に苦しむ大勢の人たちがいます。
 2008年、建設現場での労働でアスベストに曝露し、アスベスト関連の疾患に罹患した被害者やその遺族らが、被害防止のための対策を取らなかった国と企業に謝罪と補償を求め、東京地方裁判所と横浜地方裁判所に提訴しました。「首都圏建設アスベスト訴訟」です。弁護団に参加する2名の弁護士とともに、原告のおふたりにもお話をいただいた講座の様子を紹介します。

●「静かな時限爆弾」アスベスト

 最初に、アスベスト被害の現状や訴訟の内容などをまとめたDVDの上映がありました。
 アスベストとは、「石綿」とも呼ばれる微細な繊維状の天然鉱物。耐久性や耐熱性に優れ、しかも安価なことから、建築物や船舶、鉄道などの材料として重宝され、「奇跡の鉱物」とも呼ばれました。しかし、実はそれは、肺に吸い込まれてアスベスト肺(石綿肺)、肺がん、中皮腫といったさまざまな病気を引き起こす原因となる、「悪魔の鉱物」でもあったのです。建築や解体の作業現場で大量のアスベストの粉塵にさらされていた建設労働者にも、そうした病気に苦しむ人が後を絶ちません。
 こうしたアスベストの危険性は、最近になって分かったものではありません。戦前にはすでに海外でアスベスト肺の所見が報告されており、少なくとも1965年ごろには、アスベストの発がん性が国際的にも認識されるようになっていました。
 ところが、当時の日本政府や建材メーカーは、被害を防止するための対策をなかなか取ろうとはしませんでした。1971年には「旧特定科学物質等障害予防規則」でアスベスト規制が開始され、さらに4年後にはその改正が行われますが、代替化はあくまで企業による「努力義務」とされるなど、有効な規制にはほど遠い内容。建材メーカーもまた、その努力義務さえも放棄して、アスベストの危険性を覆い隠し、利便性や安全性を強調して使用を促進し続けたのです。
 結果として、欧米では1980年ごろを境にアスベストの消費量が大幅に減少していったのに対し、日本での消費量はその後も増大。ようやく建材のノンアスベスト化が定められたのは2003年、使用の全面禁止が定められたのは2006年になってからでした。
 アスベストは「静かな時限爆弾」とも言われるように、潜伏期間が非常に長いため、今後も新たな発症者が出続けることが予測されます。しかし、それに対する救済・補償のための制度は決して十分とは言えません。特に、建設労働者の多くは大企業の社員ではなく「外注」扱いで仕事をしていたため、十分な労災補償さえ受けられていないのが現状だといいます。
 そうした元建設労働者の被害者とその遺族が中心となって、国と企業に対し謝罪と補償を求めて立ち上がったのが「首都圏建設アスベスト訴訟」。アスベスト含有建材を製造していたメーカー44社、そして国を被告として、2008年5月に第一次訴訟(東京地裁、6月には横浜地裁にも提訴)が、2010年4月に第二次訴訟(東京地裁、横浜地裁に同時提訴)が開始されました。

●危険性への認識は、まったくなかった

 DVDの上映後は、原告のおふたりがそれぞれの経験を語ってくださいました。
 最初に、森孝博弁護士とともに登壇したのは、第二次訴訟の原告団事務局長である寶田幸男さん。20代から大工として働いていた寶田さんは、父親が経営する工務店を受け継いだばかりだった2007年、50代半ばで突然の病に倒れます。専門病院での診断は「アスベスト肺」でした。
 「作業をするとすぐに息があがったり咳き込んだりするようになって。ついには体中が痛くなって、布団から出られないような状態になったので、病院でレントゲンを取ってもらったんです。『下半分が真っ白だ』と言われました」
 アスベスト肺の主な症状は、息切れや激しい咳、たん。寶田さんも現在は、24時間在宅で酸素吸入を受けているとのことで、この日も携帯用酸素ボンベを携えての登壇でした。一度咳き込むと、何十回も止まらなくなって苦しむこともしばしばだといいます。
 さらに、苦しみはそうした肉体的な面だけにはとどまりません。「私が働けなくなってしまったので、妻が働きに出た上、家事もこなしてくれています。もちろん病気で辛いのを理解はしてくれているけれど、精神的な負い目は非常に大きいですね。娘の友人に『○○ちゃんのお父さんはどうして働きに行かないの』と言われて情けない気持ちになったこともあります」
 大工として働いていた当時、アスベストの危険性を認識していたのか? という森弁護士からの問いかけには、「まったくなかった。建材にアスベストが含まれていることも知らなかった」ときっぱり。「作業中もせいぜいガーゼのマスクをするくらいで、頭は粉塵で真っ白でした。あのとき一緒に働いていた職人たちは、どうなっただろうと今も思います」。

原告の寶田幸男さん

●1日も早い謝罪と償いを

 続いて、水田敦士弁護士とともに、遺族原告で第一次原告団の副団長である浅野初枝さんが登壇。初枝さんは8年前、上下水道や冷暖房の配管工事の仕事をしていた夫の今朝夫さんを肺がんで失いました。壮絶な闘病生活の末、68歳の誕生日を迎えたその日のことでした。
 「病気になる前は、人の3倍も4倍も仕事をするほど元気な人だったんですが・・・。咳が止まらない、血痰が出るというので精密検査を受けたときには、もうがんが体中に転移している状態でした」
 当初の診断では、がんの原因は「たばこの吸い過ぎ」。アスベストによるものだと分かったのは、今朝夫さんが亡くなる2〜3日前のことでした。「本人にもそれとなく伝えましたが、何も言いませんでした。どこまで自分で分かっていたのかは分かりませんが、まったく何も知らなかったとも思えないですね」と初枝さんは言います。
 今朝夫さんの死後、労災認定を受けるために労働基準監督署に行き、今朝夫さんの仕事内容を説明したときも、当初の回答は「その仕事内容でアスベストに曝露したという事例は聞いたことがない」。最終的には、実際に今朝夫さんが作業で使っていたのと同じパイプ(ビニール管の周りに白い石綿が巻かれており、「トミジ管」と呼ばれていた)を提出して調べてもらい、ようやくそこに「アスベストが含まれている」ことが認定されたのだといいます。
 「亡くなった人はもう戻ってこないし、病気になった人が元の体に戻ることもない。でも、だからこそ国やメーカーは、1日も早く私たちの気持ちを受け止め、自分たちがやってきたことを認めて、謝罪と償いをしてほしいんです」

遺族原告の浅野初枝さん

●「命が大切にされる社会」に向けて

 最後に森弁護士から、改めて訴訟の争点や今後の見通しについて解説がありました。
 「今回の訴訟の目的は4つあります。国と建材メーカーの法的責任の明確化、原告団だけではなくすべての建設作業従事者の被害を償えるような制度の創設、アスベストの規制強化と、被害発生を防ぐための施策の確立・実施、そしてすべての被害者の権利救済と被害根絶のための政策を確立させることです」
 アスベストの危険性が明らかになってきた時点で、国やメーカーが製造・使用禁止などの適切な措置をとっていれば、今ある被害の多くが防げていたことは明らか。しかし、国もメーカーも、「(被害の発生は)予測できずやむを得なかった」として、その責任を否定し続けているといいます。
 東京、横浜の両地裁とも、今年の9月〜10月には結審となる見込み。2010年5月には大阪地裁で、アスベスト被害に対する国の責任を認める判決(大阪泉南国賠訴訟)が下されるなど、「追い風」といえる動きもあります。この首都圏訴訟で再び国やメーカーの責任が認められれば、さらに動きは全国へと波及していくかもしれません。
 「私たちの命のあるうちに、(国やメーカーは)被害者に心から謝罪し、アスベストのない、そして命が大切にされる社会を実現してほしい」と訴えていた寶田さん。国や企業の「不作為」が原因で、ただ懸命に仕事に取り組んでいただけの人たちが、謝罪も補償もされないままに被害に苦しみ続ける。そんな状況は、一刻も早く改善されなくてはならないのではないでしょうか。

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日本の高度成長期を支えた存在でありながら、
補償も謝罪も得られずに苦しみつづける人たち。
健康を奪われ、家族を奪われた原告の方からの訴えは、
深く心に突き刺さります。

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