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9条的シネマ考

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戦争に疑問を持ち、隊を離れることは、いつの時代も臆病者とみなされるのか。
第6回は、1884年、世界の4分の1を支配下に収め
なお領土拡大を続けるイギリスが舞台。
侵略戦争を続ける軍を、自ら除隊した
若きエリート士官の苦悩を描いた『サハラに舞う羽根』
(2002・アメリカ/イギリス 監督 シェカール・カブール)です。

藤岡啓介(ふじおか けいすけ)翻訳家。1934年生まれ
長年、雑誌・書籍・辞書の翻訳、編集者として活躍中。
著書に『翻訳は文化である』(丸善ライブラリー)、
訳書に『ボスのスケッチ短編小説篇 上下』ディケンズ著(岩波文庫)など多数。

第6回『サハラに舞う羽根』

パッケージ
発売元: 東芝エンタテインメント株式会社
販売元: アミューズソフトエンタテインメント株式会社
税込価格: 2,625円
 映画を見終えてから、それが原作ものだと知ったらどうする? 嫌だな、たいていは原作など読まないですませている。映画で満足している方がいい。原作を読んでからいきり立って映画屋ども奴! と怒らないですむ。逆の場合もある。原作を読んでいてそれが映画になっているのを知ってビデオ屋で借りてくるもの。たとえば『いつか晴れた日に』だ。ジェーン・オースティンの『分別と多感』*で、これを大女優のエマ・トンプソンが脚色して主演していた。恋愛映画でほろりと涙が出たんだ。まだ、若いんだな。それはさておき、この映画『サハラに舞う羽根』では妙な経験をした。

臆病者か、勇者か
 ――ときは1898年、ところはスーダン。サハラ砂漠を舞台に展開された叛乱軍を鎮圧する連隊にいた士官が、派遣寸前に軍を去る。美女と婚約したばかりだから、いや、勇敢なスポーツマンの彼のことだ、それだけの理由ではないだろう。本人は語らない。連帯の仲間から臆病者の宣告として三枚の羽根が送りつけられる。そしてもう一枚、婚約者からも。この四枚の羽根を、自分は臆病者ではないのを証明して、送り主にそれぞれ羽根を引き取ってもらおうと一民間人としてサハラにのりこんでいく…… というのが発端、この後は売春婦のキャラバン、モロッコの金色に波打つ砂漠の光景、戦闘で死んだ英軍の兵士の死体が野獣に食われているところ、スーダンの砂漠に設けられた死の監獄、墓からの脱出と、凄まじい映像が展開され、最後には四枚の羽根が送り主に引き取られて大団円。

 こう書くと、なんだ三文小説のお膳立てじゃないかといわれそうだが、その通り三文小説だな。推理小説の名作『矢の家』を書いたA.E.W.メースンの原作で、しかも友人の吉住俊昭さんが翻訳した小説なので、無理にでも読んでやろうと古本屋さんから仕込んで読んでみた。映画で謎だったのが本でよく分かり、原作で欠落している「面白味」が映画でたっぷり描かれていて、どっちもどっち、強いていえば映画の方が優れていた。映画の世界にはとんでもない才人がいるものだ。本がくだらないといっても、これは翻訳者吉住さんのせいではない、メースンさんという、スエズ運河を手中に収めた大英帝国で育った、百年前の作者の限界だ。臆病者という設定もあやしく、勇気も意味のない勇気だ。人はこうは行動しないだろう。ほんとうに勇気ある者なら。


ユゴーは予見している
 この前後に、こともあろうにヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラーブル』を読んでいたんだから、メースンでは物足りないのも不思議でない。あのジャン・ヴァルジャンがマリウスを背負ってパリの下水道を抜けていくとき、彼の胸中はいかがなものであったか。ユゴーは言葉を尽くして革命的蜂起を語り、コゼットとマリウスの恋を語り、心ならずもマリウスを助けるヴァルジャンの苦悩を語っている。いや、あのときはジャン・ヴァルジャンは語っていなかった。語っていなかったが、痛切に胸に迫った。

 もし怯懦(編集部注:きょうだ。いくじのないこと)を――臆病と勇気を語るなら、これだ。ジャン・ヴァルジャンだ。英国が、植民地支配のツケがまわってきて、見えない敵に脅かされている。メースンは今の英国を予見したのかどうかは分からないが、百二十年前にサハラで蜂起した土民軍の亡霊が、姿を変えて徘徊しているのは事実だ。ユゴーは予見している。

 「現在の文明のまだくらい闇のなかでは、レ・ミゼラーブル(みじめな者)は“人間”と呼ばれています、彼らはあらゆる風土で苦しみ、あらゆる言語でうめいています。あなたの国に貧困者はいませんか、寄生者はいませんか……、ぜいたくな軍事予算と貧弱な教育予算とをもっていませんか?」(石川湧訳より)

[*妙なタイトルだけど恋愛小説、原題はSense and Sensibilityで、訳しようがないのか。映画の方が上手だな。]


映画の原作は100年前に書かれたイギリスの小説。
映画と原作、双方を比べ見ることで、発見する楽しみもあるのですね。
それにしてもフランスの作家、ユゴーが120年前に綴った言葉には、
はっとさせられました。
『レ・ミゼラブル』も改めて読みたい一冊です。

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