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9条的シネマ考

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ニューヨークに住む女流作家と、ロンドンの古本屋の主人との間に、
20年にも渡って交わされたものは?
  第12回は、実話の往復書簡が原作の、心あたたまる小品
『チャーリング・クロス街84番地』
(1986・アメリカ 監督 デヴィッド・ジョーンズ)です。

藤岡啓介(ふじおか けいすけ)翻訳家。1934年生まれ
長年、雑誌・書籍・辞書の翻訳、編集者として活躍中。
著書に『翻訳は文化である』(丸善ライブラリー)、
訳書に『ボスのスケッチ短編小説篇 上下』ディケンズ著(岩波文庫)など多数。

第12回『チャーリング・クロス街84番地』

パッケージ
¥2,000(税込) [期間限定価格]
発売・販売元:(株)ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

  映画館で観ていないのでそう思うのかもしれないが、「小さな映画」だ。TVで観るのにちょうどいい。場面はニューヨークに住む女流作家のアパートと、ロンドンの古本屋、したがって出てくる人物も、作家と本屋の番頭さんだ。時は1949年から69年。くわしく言えるのは原作があって、しかも実話の書簡集の形だから、最初の手紙から最後のものまで日付が入っている。だから、戦争はない。話題は本のことばかり。だが、しいて探せば、ロンドンの食料不足と、アメリカの歯の治療費がバカ高いことか。



ストーリーがなくても映画はできる

  それがなぜ本になり映画になったのか。分からない。なぜ面白いのか。分からない。作中のきつい冗談や痛烈な皮肉、ほのぼのとした家庭的なエピソードがあるからか。そういえば冒頭、番頭さんの死後に初めてロンドンを訪れることになった女流作家が、飛行機の中で英国人のビジネスマンと話す場面がある。「タクシーの運転手を信頼してはいけませんよ、3ブロック先に行くのに5マイルも走りますからね」「じゃ、ボルチモアにでも戻った方がましかしらね」といったやり取りが合って、「ところでお仕事、それともお楽しみですか」と英国ビジネスマンがきくと、アン・バンクロフトが演じる作家ヘレーン・ハンフが「やりのこしている仕事があって」と答える。あの『卒業』のロビンソン夫人で若者を魅了した名女優だ。
  一方、ロンドン育ちのアンソニー・ホプキンスが演じる古本屋の番頭は、地方に古書を買いに出かけることはあっても、ほとんどタイプを置いた机から動かない。でもホプキンスだ。語りがいい。ニューヨークでエラリー・クイーンをTV用に脚色しているハンフが、チョーサーの現代訳だとかジョン・ダンの詩集とか、あるいはピープスの日記のような希覯(きこう※編集部注:めったに見られない)書をホプキンスに探してもらう。いつか、ちょっとした心の動き、気遣いのあることを伝えるようになり、それにホプキンスが答えていく。映像が静かに、いつか二人の間に生まれた愛情を語りだしている。吹き替えは無理だ。これ、ラブ・ロマンスだったのだ。



静かな愛のある暮らし

  劇的展開はない。彼女がロンドンを訪れたときは、文通を始めてから二十年も経っている。番頭さんは病死しているし、本屋は廃業になっている。冒頭の、「やりのこしている仕事があって」とはなんだろう。二人の間の、書物を介在した世にもまれな愛の詩を歌うことだったのか。すばらしいじゃないか。しかもその詩が小説になり、ベストセラーになり、芝居になり、映画になり、日本でも「チャリング・クロス書房」というWEBサイトの古書店までできてしまった。日本語に翻訳した江藤淳さんは、病死した奥さんを追うようにして自殺してしまった。おそらく、あの翻訳は奥さんの手になるものだったろう。あれやこれや、数多くの話題を残している。
  この話、憲法の話ではない。戦争と平和の話でもない。貧富格差の話でもない。英雄も悪人も出てこない。大笑いも大泣きもない。言い争いもない。キスの場面ひとつない可愛らしいラブ・ストーリー。そうなんだ、これ庶民の、何気ない暮らしなんだ。だから心にしみる。ジョン・ダンやジョンソン博士を知らなくても気にならない。こうした、静かな愛のある暮らしがほしいや。



上質で静かなラブ・ロマンスを、名優たちが魅せてくれます。
こうした静かでつつましやかな美しい暮らしを
懐かしく感じるのは、なぜでしょうか。
やはり最近の世相のせいでしょうか。
藤岡さん、すてきな映画を紹介くださって、ありがとうございました!

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