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2011-03-09up

B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吼えてみました」

【第39回】

地デジ移行に向けた
「最終国民運動」って、
笑い話で済ませたいのだけれど

 地上デジタル放送(地デジ)に完全移行する予定の7月24日まで5カ月を切り、「完全デジタル化に向けた最終国民運動」と題した、何やら大仰な計画が立てられたそうだ。

 その5本柱とは――、1)周知・広報活動、2)芸能人ら「地デジ化応援隊」による活動、3)「日本全国地デジで元気!キャンペーン」、の3つの拡充・強化に加え、新たに、4)「地デジボランティア全国声かけ・念押し運動」と、5)「『地デジ詐欺ご用心!』運動」を始める、という内容である。項目を見ただけで妙に感心してしまった。今どき、こんな陳腐なことを考えつくセンスに。

 たとえば「地デジボランティア全国声かけ・念押し運動」では、ボーイスカウトや自治体職員、民生委員、ボランティア団体など約20万人を「地デジボランティア」に登録。地デジ未対応世帯のお年寄りらに対して「地デジのご準備お済みですよね」「『アナログ』の表示は本当に出ていませんよね」「デジサポがお手伝いしてくれますよ」などと声かけ・念押しし、相談先を記したカードや資料を配布するという。

 笑い話で済まないのは、国費を投じている事業だからである。主体の「地上デジタル放送国民運動推進本部」なる組織の本部長は、片山・総務大臣。国は大まじめでやっているようだが(だから笑えるのだが)、「いったいどんな実効性があるの?」と問いたい。それに、地デジ移行が国策とはいえ、国家総動員ばりの手法には強い違和感を禁じ得ない。7月が近づくにつれ「テレビを買い換えていないのは非国民だ」なんてプロパガンダが始まるのではないかと、本気で心配してしまう。

 そもそも、こんなことにばかり力を注いでいて、地デジ完全移行=アナログ停波という全国民に関係するプロジェクトがうまくいくのだろうか。ジャーナリストや学者、作家らは3月4日、「地上アナログ放送の終了延期=地デジ難民のゼロ化」の要求書を発表した。その翌日、発起人の一人である砂川浩慶・立教大准教授の講演を聞き、7月にアナログ放送を停めるのは無理だし、停めてはいけない、という思いを改めて強くした。

 総務省の調査によると、地デジ対応受信機の普及率は、昨年9月現在で90.3%にも達している。しかし、この調査、80歳以上だけの世帯(全国で約250万)を除外しているうえ、固定電話のみを対象に実施し、最初にかけた段階で9割以上に断られているといった具合で、とても実態を正しく映しているとは言えないそうだ。また、NHKは「地デジ放送受信機の普及台数が昨年末に1億台を超えた」と発表したが、これにはテレビだけでなく、チューナー内蔵の録画機やケーブルテレビの受信装置が含まれ、しかも同じ世帯で多重カウントされている。こうしたデータが都合良く使われ、「あとちょっと」と「最終国民運動」の根拠になっている。

 総務省が最大270万世帯と見込む経済的弱者への地デジ化支援の遅れも目立つという。生活保護や身障者の世帯などに簡易チューナーを配布してアンテナ工事をするのだが、昨年9月までに申請があった97万件のうち、完了したのは55万件。砂川さんは「自発的な申請を待っているだけで、期限を切った目標がない」と批判した。アナログ放送終了延期の要求書は、テレビを「生活に必要な情報を広く伝える重要なライフライン」と位置づけ、災害などの情報が地デジに対応できない人たちへ行き渡らない危険を挙げて「人びとの生命や安全までもが脅かされる」と主張している。犠牲になるのは、低所得者や高齢者、障害者なのだ。

 で、砂川さんたちの取材では、総務省調査と同時期の地デジ対応世帯の割合は7割台前半。その後、エコポイント特需でテレビが相当売れたとはいえ、完全移行する7月24日時点の普及世帯の割合は9割前後にとどまるとみている。「未対応は1割」といっても全国で見れば500万世帯だから、バカにならない数字である。

 「冷静なデータに基づいて計画が立てられているわけではなく、間違いなく破綻する。国による『人災』であり、迷惑を被るのは一般市民です」と砂川さんは強調した。地デジ対応テレビが減れば受信料やCMの収入が落ち込むNHK・民放を含めて、今のままでは誰も得をしない。だから、アナログ放送の終了期限を地デジの免許更新時期に合わせて2013年10月末に延期するよう提言している。全国32のテレビ放送エリアごとに国と地方自治体、放送局、ケーブルテレビ、電器店などが協議して計画を立て、各地域の実情に合わせて終了時期を決める、というものだ。

 アナログ停波は10年前に決まっていたとはいえ、地域によっては地デジ開始から4年しか経っておらず、国が対策に本腰を入れ出したのもここ2、3年である。2年延期する間にテレビの値段は下がるだろうし、「国民運動」なんかに使っている予算を振り替えて経済的弱者層への購入補助制度を導入すれば、自然と買い換えが進むとみる。アメリカやイギリスをはじめ海外では段階的な終了が常識だそうだし、空いた電波の利用法策定はこれからなので大きな支障はないという。

 それにしても、きちんと問題提起をすべき立場にありながら、このテーマについても肝心要の役割を何一つ果たしていないのは、民主党とマスコミだ。

 政権交代前、民主党内にアナログ停波の時期を「見直すべし」との声もあったそうで、砂川さんは「政治がしっかりしていれば延期は簡単にできる」と話していた。でも、庶民の生活が見えていない今の政権が、騒ぎが大きくならないと動かないことは想像に難くない。

 マスコミも、当事者のテレビ局はともかくとして、新聞にも核心を突く記事が載らない。総務省や関係団体がつくった「地上デジタル推進全国会議」に全国紙5紙のトップが参加していると聞いて、納得。系列テレビ局との関係があるし、地デジの広告は結構な収入源だし、というわけでしょうか。ここでも商売優先で、大政翼賛の片棒を担いでいるとは…。朝日新聞は「最終国民運動」のことを「戦時中を思わせるような不退転の決意が伝わってきた」(2月17日付夕刊)なんて賛美しておりました。ホント、笑い話では済まないオチです。

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「最終国民運動」のネーミングからして、
へなへなと脱力してしまいそうなのですが、
もちろん「笑い話」で済む話でもありません。
皆さんは、どう考えますか?

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どん・わんたろうさんプロフィール

どん・わんたろう約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。
派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。
「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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