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2011-08-10up

B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吼えてみました」

【第58回】

「焼肉屋が苦境」の背景にあるのは

 震災後のここ5か月、焼肉屋業界がかなりピンチらしい。3段階もの荒波に見舞われて…。

 まずは3.11後、強制停電などに起因する、なんでもかんでもの「自粛ムード」の影響をもろに受けた。3月は、年末の忘年会シーズンに匹敵する稼ぎ時である。それが、送別会や卒業パーティー、期末の打ち上げ等々が軒並み中止になるといった壊滅的な打撃を被り、業界関係者に聞いたところだと売り上げは前年同期の半分以下に激減した。

 ここまでは飲食業界に共通する事情だった。

 ところが、回復の兆しが見えてきたと思ったら、稼ぎ時のゴールデンウイークの最中に「ユッケ食中毒」が勃発する。焼肉に罪はないのに客足が落ち、売り上げもまた2~3割規模で減少してしまった。

 で、それが回復しかけてきたところへ、今度は「セシウム汚染牛」が直撃した。夏場にスタミナをと、焼肉の売り上げが増えるシーズンのはずなのに、またしても震災後の水準近くへ逆戻りしてしまった。

 最近、土曜の夕方に東京都内の人気焼肉屋へ行った。混雑している時には「2時間待ち」なんて言われることもあるのに、夜まで空席があった。まあ、個人的には、それはそれでありがたいのだが…。お店によって売り上げや客足の減少幅には差異があるだろうが、傾向はおおむね同じようだ。そして、回復する見通しがなかなか立たないことも。もちろん、こうした「放射能被害」は補償の対象にはならない。

 焼肉屋業界というと、朝鮮半島を想起して必ずしも同情的にならない向きがあるかもしれない。でも、業界の裾野は広い。たとえば、ビール、ジュース、焼酎、日本酒と、国内の飲料メーカーにとっても良い顧客である。1兆円産業とも言われる売り上げが減れば、結局、国内の所得に跳ね返り、巡り巡って私たちの生活にも影響してくる。決して他人事ではない。

 友だちが少なく、かと言って1人焼肉をするほどの勇気もない私は、焼肉屋に行く機会は多くない。でも、このところは奮発してでも、ちょっと意識して飲み会の会場に選んでいる。

 関連する業界に知り合いがいるからという理由もあるが、何より、こういうきっかけで、おいしい焼肉が食べられなくなったら嫌だから。それだけである。一般人には、せいぜいそのくらいしかできないし、やりたい人が、できることをするしかない。「マガジン9」なので、あえて理屈を付ければ、結果的に日本の食文化が失われることになりかねないし。

 焼肉屋の側も、肉の産地を表示するとか、安心して食べに来てもらうための対策は必要だろう。と思っていたら、「福島産の肉は使っていません」なんて張り紙をしている店があった。風評被害が風評被害を増幅してしまっている。もはや一業界の努力でどうにかなる範疇を超えている気がする。

 それにしても、焼肉屋業界のこの5か月間の「負の連鎖」を見てくると、私たちがいかに風評に弱いか、踊らされているか、考えさせられる。ちょっとしたきっかけで、過剰なまでの自己防衛に走っているもんね。あとで振り返れば「そこまでするほどのことじゃなかったのに」と思うのだけれど、その最中は冷静になることを忘れている。

 場合によっては、権力側のプロパガンダや宣伝に簡単に乗せられかねないということだから、ちょっと怖いと思う。自省したい。独裁者が出てくる時って、こんな雰囲気を利用するのかな? いかん、「マガジン9」っぽくなってしまった。

 ただ、なんでそこまで自己防衛に走るのかを突き詰めていくと、庶民だけの責任ではないのも確かだ。震災や原発事故の後、本当に必要な時に、正確な情報がきちんと出されていない。政府やマスコミに対するそんな不信感が、背景にある。

 地震発生直後の津波情報に始まり、メルトダウンしていた福島第一原発の実態、放射性物質の飛散状況などなど、何が起きようとも庶民は「安全だから大丈夫」と伝えられるだけだった。しかし、やがて明らかになる真相は、いつもその情報以上に深刻で、わかった時には手遅れになりかねなかった。

 自分の身は自分で守るしかない、そのためには政府やマスコミの情報を鵜呑みにしてはいけない、必要以上に過剰に自己防衛した方が良い――。振り返ると、それが震災後5か月間で得た教訓だったのではないか。

 いつも言われているが、まずは私たちが情報を的確に判断する能力を磨くということなのだろう。と同時に、庶民の側からどうすれば政府やマスコミに、真に役に立つ正確な情報を出させることができるのか、これからは、その術も探っていきたい。おしどりマコ・ケンさんの行動が手本になる。少なくとも、あきらめてはいけないのだと思う。

 最後はやっぱり「マガジン9」っぽくなってしまったが、お盆休みには焼肉で英気を養いながら、しっかり考えることにしたい。

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「風評」に踊らされてはいけないと思う一方で、
それって「風評」ではなくて「実害」なのでは? と疑問を抱くケースもしばしば。
何が本当に危険で、何が「風評」なのか。
情報を自ら手に入れ、それを読み解いて判断する力が、
以前にも増して問われています。

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どん・わんたろうさんプロフィール

どん・わんたろう約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。
派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。
「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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