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この人に聞きたい
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高橋和也さんに聞いた
憲法が、とても身近で大事なものになった。
〜映画『日本の青空』に主演して〜
戦後に作成された日本国憲法の「お手本」となったのは、
民間の日本人研究グループが提出した憲法草案だった――。
日本国憲法の成立過程を、今までとは異なった角度から描いた映画『日本の青空』。
主役の憲法学者の鈴木安蔵役を演じた俳優・高橋和也さんに、
映画への思い、そして憲法への思いを聞きました。
高橋和也さん
たかはし・かずや
1969年生まれ、東京都出身。1988年「男闘呼組」としてデビュー。
93年に解散後は、音楽活動を続けつつ、TV、舞台、映画など俳優として幅広く活躍。
映画代表作に「ロックよ静かに流れよ」(88)、「八つ墓村」(96)、「マルタイの女」(97)、「Hush!」(02)など。その他最近の出演作にTV「純情きらり」(06/NHK)、「風林火山」(07/NHK)、舞台「獅童流・森の石松」(06)などがある。
押し付けではなかった日本国憲法
編集部  現在、日本各地で上映が行われている映画『日本の青空』では、これまでときに「GHQによる押しつけ憲法」だともいわれてきた日本国憲法の、それとはまったく異なる形での成立過程が描かれています。
 戦後、民間の研究者らによるグループ「憲法研究会」が独自の憲法草案を作成、その内容が、GHQの民政委員らが作成する憲法草案にも大きな影響を与えていく。そしてそれをもとに、GHQと日本政府の要人とが激しい議論を繰り返しながら、現在の日本国憲法をつくり上げていく――という、これまであまり語られることのなかった「真実」が、いきいきと描かれていました。
 高橋さんは映画の主役であり、「憲法研究会」のメンバーである憲法学者、鈴木安蔵役を演じられたわけですが、最初にこの映画の話を聞いたときはどう思われましたか。
高橋  お話をいただいたのは昨年の秋なんですが、まずこういう人たちがつくった憲法草案があって、その内容が今の日本国憲法にも取り入れられている、ということ自体が、自分がこれまで教わってきたこととぜんぜん違うのでびっくりしましたね。もちろん歴史的な事実というのは、いろんな意味で表に出てこない、闇に隠れた部分があるんだとは思うんですけど、「この憲法はアメリカの押しつけだ」って、一国の首相がはっきりと言っているわけですから。
 
高橋和也さんが演じた鈴木安蔵は、在野の憲法学者として
独学で植木枝盛らの研究を続けていたが、治安維持法で逮捕される。
編集部  鈴木安蔵という役についてはどんな印象を受けられましたか。在野の憲法学者で、戦後「憲法研究会」の中心的存在となる人物ですが。
高橋  まず、自分にこんなすごい人物が演じられるんだろうかという不安はすごくありました。監督にお会いして、いろいろとつぶさに人物像を教えていただいて、それでようやく少しずつ映画の中に入っていくことができた、という感じでした。
 それと同時に、鈴木安蔵という人の人生に、素直に感動もしましたね。マルクス主義の研究グループに属していたために、治安維持法違反の第一号事件で投獄されて、獄中で独学で憲法を勉強されて。もちろん支えてくれる家族や仲間はいただろうけれど、定職にもずっと就けなくて、戦後にようやく大学に職を得たのは47歳のときだったといいますから、その家族も相当な苦労をなさってますよね。それでも、本当の民主主義とはいかなるものか、それを実現するためには何が必要なのかという信念を決して曲げなかった。口で言うのは簡単なんですけど、そこまで太い幹を持って、信念で生きることが自分はできるだろうかと。それは、この映画を通じて今もずっと僕が感じていることです。
編集部  役作りについても、いろいろと悩まれた部分があったのでは?
高橋  俳優というのはいろんなアプローチでその人物を造形するわけです。もちろん外的な要素や台詞で表現する部分もあるけれど、僕なんかはそれだけではどうしても不安で。フィルムに映し出されている、見られているという緊張感の中で、その人物を演じるための「核」のようなものが欲しくなるんです。そして、その「核」を手に入れるには、ひたすら役の人物のことを考え続けるしかないんですよね(笑)。
 そもそも、能力という点でいえば、僕みたいな人間が鈴木安蔵のような知者を演じるというのは、果てしない剣が峰、エベレストに登るような感覚です。ひたすら頂上を目指して苦しい坂道を登っているという感じ。しかも、どこまで行っても「演じきった」という実感はないんですね。監督をはじめ、周りのスタッフも素晴らしい方ばっかりだったので、彼らにも助けられながら演じたという感じでした。
 ただ、最初は「すごい人だな」という感じだったのが、だんだん演技が深まっていく中で、その役をひとりの人間として見られるようになっていく。たとえば夫婦でいるとき、子どもの前にいるとき、どんな男だったんだろうと考えるようになるんです。そうすると、自分も同じように家族とともに生きているひとりの人間として、共感するというか、鈴木安蔵という人間がとても愛しくなってくるんですよね。
編集部  たしかに、見ている立場としても、憲法成立のドラマを目の当たりにすることで、憲法って人間がつくったんだな、と改めて思う部分がありました。「難しくて近寄りがたいもの」ではなくて、自分と同じ人間がつくり上げたものなんだということで、憲法に対する親しみみたいなものが沸いてきた気がします。
高橋  そうですよね。僕が今回、憲法を改めて読み直してみて感じたのが「すごく具体的だな」ということなんです。難しそうな文体とか独特の法律用語とかに惑わされがちだけど、安蔵さんたちが憲法草案づくりをやるシーンを見てみても、「こういう場合はどうしよう」「こういう問題が出てこないようにこういうことを決めておこう」というふうに、いろんなことをすごく具体的に定義していると感じたんですね。
 9条にしても、抽象的なことではなくて、「軍事力を持たない」ということをはっきりと、具体的に謳っている。それはつまり、戦争が終わった直後に、その痛みをまだ抱えている、もう本当に戦争はしたくないという人たちが、「ここだけは譲っちゃいけない」という思いでつくったからだと思うんです。だから説得力がある。ただの文字じゃない、そのときの彼らの切実な願いそのものなんだな、と感じたんですね。
ひとりの役者として、そして一市民として
編集部  ところで、この映画に出演される前、憲法、とくに9条や平和といったことについては、どんな考えをお持ちでしたか。
高橋  今って、自分の考えというものがなかなかまとまりづらい時代だと思うんですよ。今日得た情報には次の日には否定されたりもする情報氾濫社会で、もちろんその中で「自分がこう思う」ということはおぼろげにはあるんだけれども、それを明確に声を大にして言えるところまでにはなかなかたどりつけない、というか。
 僕はこれまで、歌を書いたりもしてきましたし、その時々に、たとえば地球温暖化の問題とかをテーマにしたこともありました。でも、むしろ若いころのほうが一直線に「これはおかしいんじゃないか」と言えていた気がするんですね。年齢を重ねる中で、自分とまったく反対側の意見を知ることもあるし、そうするとなかなか「自分の意見はこうだ」とは言いづらくなってきて。
編集部  情報があふれかえっているために、かえって自分の意見というものを持ちにくい、と。
高橋  ただ、特に自分の子どもが生まれてからは、どういうふうにこれからこの国が動いていくのかということについてはすごく考えるようになりました。だって、たとえば法律が変わったり、それこそ9条が改正されたりしてしまったら、その後何を叫んだって遅い、どうにもならなくなってしまうわけでしょう。そういうことって恐ろしいな、と思うようになったんですよね。

編集部  この映画に出られて、鈴木安蔵の役を演じられたことで、そういった思いに何か変化はあったのでしょうか。
高橋  まず、憲法というのはこの国に生きるすべての人の立脚点なんだな、と強く感じました。僕たちが民主主義だとか何だとか、今当たり前のように口にしていることは、実はこの憲法ができるまでなかったも同然だったわけで。いわば憲法は、戦後この国の民主主義をつくる、そのための礎になってくれた先人たちの、血がにじむような努力のたまものであり財産なんですよね。
 そのあたりの考え方は本当に変わりましたし、やはり、絶対にこの憲法は変えちゃいけない、戦争はしたくないと明確に思うようになりました。僕は運動家でも何でもないし、たとえば護憲派だとか左翼だとか、そんなふうにひとくくりにされても困るけれど、ひとりの役者として、そして一市民として、切にそう思います。

たくさんの人たちの思いから、この映画は生まれた
編集部  それにしても、憲法の成り立ちとか歴史とか、そういったことについて、私たちは本当に何も知らないな、と感じます。学校でもきちんと学んだ記憶がないし。
高橋  そうなんですよね。僕自身も今回、38歳まで自分たちの国の憲法がどうやってできたかということについて知らなかったわけで、それはとても怖いことだと思うし驚きでもありました。
 その意味でも、この映画は本当にうってつけだと思うんですよね。これだけ憲法についてわかりやすくつくられた映画というのは画期的だと思うので。

 
GHQの民政局スタッフと日本政府側のスタッフとが、
熱い議論を重ね草案を作り上げた。中央は、白州次郎役の宍戸開。
編集部  まずは「知る」ところから始めたいですよね。完成した映画をごらんになって、いかがでしたか。
高橋  やっぱり感慨深いものがありましたね。もちろん俳優として、自分の演技に目がいってしまう部分があるんですけど、それよりもまず観客として映画の中に入れたので、よかったと思います。
 それもやはり、監督の力量かなと思います。数々の名監督について学ばれた監督ですから、映画というものをよくご存じですし、ああいう、オーソドックスだけどしっかりした、大地に根の張った演出をできる方は少ないですから、そういう監督と一緒に仕事をさせていただけたというのは、俳優としては大きな喜びです。

編集部  全体的に、とても丁寧につくられているなという印象を受けました。
高橋  監督がおっしゃるんですよ。映画監督というのは、次を撮れるかどうかもわからないような不安定な職業で、家族にも迷惑をかけている。だからこそ、限られたこの機会に誠心誠意つくらなきゃいけないんだ、と。だから、撮影もじっくり時間をかけて準備をして、役者とスタッフ、監督、すべての空気が一つになったところでやっと本番が始まる、という感じで。1日に撮影するのはだいたい1〜2シーンだけでしたね。
編集部  現場の熱気もすごかったとか。
高橋  ええ。皆さん、「大事な映画をつくってるんだ」という思いは無意識にあったんじゃないでしょうか。もちろん、「僕らが平和憲法を守るんだ」なんてことは誰も言わないですけど、黙々と仕事をしている中で、「みんなでいいものにしよう」という思いはすごくありましたよね。

編集部  製作にあたっては、たくさんの人たちが「製作委員会」として、資金面からも協力されたと聞いています。
高橋  僕自身も、ホームページなどを通じてたくさん応援のメッセージをいただいているんですが、それを拝見して「これだけ全国の方々が応援してくださっているんだ」と、すごく心強く思いました。大きな映画会社が宣伝費をかけてつくる映画とは違いますから、本当に見てくださった方の口コミが命ですよね。そのたくさんの思いがこの映画を成功に導いてくれると思うし、それによって何かが少しでも変わっていってくれれば、と思います。

編集部  映画をごらんになる方へメッセージをお願いします。
高橋  今、この憲法は国益に沿ってないというような風潮がありますよね。僕たち一般の庶民というのは、知らされていないことがあまりにも多いから、ちょっとした情報の操作でなんとなく「そうなのかな」と思わされてしまう危険性があると思うんです。その流れに、この映画で杭をさしたい、「ちょっと待て、違うんだよ」と言いたい。「近隣諸国が核実験をしたから、軍備を増強しているから、だから日本も核武装しなきゃいけない」とか理論ずくめで言われるとたじたじになってしまうけれど、そこで流されちゃいけないものがここにあるんだと思うんです。
 一部の専門家たちは「憲法があればすべてが解決すると思ったら大間違いだ」っていうけど、この憲法があるからこそこれまで日本は他国と戦ったりしないでここまで来られたわけですよね。この映画を通じて、僕らの持っているこの憲法はすごい宝なんだ、これは、何よりも守り通さなくてはならない財産なんだということを、ぜひ皆さんに知っていただきたい。そう思っています。
高橋和也さんが舞台挨拶で、
「僕には4人の男の子がいますが、この子たちが将来、徴兵制にとられたり、
戦争に巻き込まれたりということは、あってはいけないことだと思います」と
語った言葉が印象的でした。
是非、みなさん「日本の青空」を見に行きましょう。
  
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